第22話 おもい
夜八時過ぎに、椎名からメッセージを受信。
『ビデオ通話しながら一緒に勉強しない?』
今まで、こんな誘いをしてきたことはない。これもまた、何かしらの心境の変化だろうか。
期末テストは終わっているが、もう勉強しなくて良いわけでもない。丁度良いといえば、丁度良い誘いだ。
返信する代わりに、椎名に電話を掛ける。椎名はすぐに応答し、スマホの画面にもこもこしたパジャマ姿の椎名が映った。パジャマはピンク系で、フリルもあしらわれている。
なお、俺は無難にジャージ姿である。
「……椎名って、意外と乙女なパジャマ着るんだな。ジャージとか着てそうなのに」
『べ、別にいいでしょ! あたしだって可愛い服も嫌いじゃないし……っ』
椎名が若干頬を赤らめている。見られて恥ずかしいのなら、ビデオ通話などやめておけば良いのに。
「普段の性格を考えなければ、すごく似合うと思う。可愛い」
『そう、かな? 変じゃない?』
「変ではある」
『変って言うな! バカ! もういい! ちょっと着替えてから掛け直す!』
「そのままでいいよ。男子的には嬉しい姿だ。そのままでいてくれ」
『……そう思うなら、変とか言うな』
「悪い悪い。椎名相手だとつい本音が出ちゃって」
『やっぱり着替える!』
「待て待て。本当にそのままがいいんだって。けど、どうしても恥ずかしいならパジャマを脱ぐだけにしてくれよ」
『あたしに下着姿でいろって!?』
「そういうこと。全裸でもいいよ?」
『いいよ? じゃないし! 脱ぐわけないでしょ! バカ!』
「ダメかー。残念」
時雨先生だったら、流れのままに脱ぎ始めるかもしれない。でも、こうしてごく当たり前の恥じらいを見せてくれるのも、なかなかぐっと来る。
『……あたし、偽装でも変態が彼氏君とか嫌だから』
「それ、地球上の全ての男子が彼氏君になれなくなっちゃう発言」
『男子ってどんだけ煩悩まみれなの!?』
「除夜の鐘じゃ、とても払いきれないくらい」
『……ホント、バカ』
「バカはバカなりに楽しいもんだよ。っていうか、勉強するんだろ? そのまま格好で良いから、始めよう」
『……その前に一つ』
「ん?」
『十二月二十四日日曜日、空けといてよね』
「……ああ、うん。わかった」
本音を言えば、その日は時雨先生とずっと一緒に過ごしたかった。
でも、ここでそれを断ると、椎名にいらぬ疑いを持たれてしまう。断るわけにはいかない……。
「けど、俺でいいのか?」
『夜明と過ごすしかないでしょ。あたしたち、カップルとして過ごすんだから』
「そうだな。……ま、そういうことなら、二人で目一杯楽しもう」
『……ホテルとか行くつもりないから、そういう期待はしないでよね』
聞こえるか聞こえないかくらいの声量で、椎名が俯きながら言った。
「……そんなの、全く期待してなかったよ。そういう関係じゃないだろ」
『……うん。そうだね。変なこと言った』
「俺たちは高校生なんだし、ホテルには行かないし、夜は普通に帰るよ」
『……夜は、こんな感じで通話しながら過ごそうよ』
「そこまでした方がいいかね?」
『した方がいいとかじゃなくて……その方が楽しそうだから』
「……了解」
せめて夜だけでも時雨先生と会ったり、電話したりしたかった。それも叶いそうにないか……。
俺が優先したいのは時雨先生なのに、俺たちの関係を隠すために、最優先にできないのが辛い。
浮気しているわけではないのだけど、まるっきり浮気男の思考をしている気がする。困ったものだ。
『ごめん。なんか、ただの偽装カップルなのに、重いかな……』
「ちょっとな」
『う……っ。だ、だったら、もういいよ! 別にクリスマスだからって意識する必要ないし! 夜明は一人でエロ動画でも見て過ごせばいいんじゃない!?』
「怒るなって。俺も椎名と一緒の方が楽しい。ちょっと重いかもだけど、その重さに、俺は救われてる。偽装でも、椎名が積極的に楽しい時間を過ごそうとしてくれるから、俺も楽しい思い出をたくさん作れる。ただの偽装なのに、真剣に彼女をやってくれてありがとう」
『そ、そう思うなら……もっとあたしと過ごしたい感じを出してよ。あたしだけ空回ってるみたいじゃん……』
「ごめん。上手く伝えられなくて。でも、これだけは覚えておいてほしい。俺、椎名と過ごす時間、好きだよ」
本心ではあるのだけれど。
これ、浮気相手のご機嫌をとるダメ男の発言っぽくないか?
『……バカ』
「悪いね。椎名の機嫌を一切害さない賢い男子が良ければ、他を当たってくれ」
『……別に、そんな彼氏が欲しいわけじゃないし』
「つーか、そんな男子がいたら気をつけろ? 椎名を気分良くさせて、裏で何かあくどいこと考えてる」
『そんなの、言われなくてもわかるし』
「それは良かった」
「それじゃ、そろそろ本当に勉強を始めるぞ」
『うん……』
勉強を開始すると、言葉数は少なくなる。参考書をめくる音や、ペンを走らせる音だけが静かに響く。
俺は一人で勉強するタイプだから、他人の気配を感じながら勉強をするのは新鮮だ。
もっと集中が削がれるかと思ったが、意外とそうでもない。椎名が頑張っているところを見ると、俺も頑張ろうという気持ちになる。
元々、俺は時雨先生のためにも勉強を頑張らないといけないところだった。今後も、こうして椎名と勉強するのは良いかもしれない。
休憩を挟みつつ、二時間半ほど勉強。それから、お互いにわからないことなどを質問し合う。
もっとも、俺と椎名の得意分野はだいたい同じなので、この時間はさほど有益とも言えなかった。お互いに理系科目が得意で、文系科目はいまいちだ。
『得意分野が同じじゃ、いまいち効率よくないね』
「わからないことがあれば、宗谷か赤木さんに訊くべきだな。あっちは文系だし。四人で一緒に勉強するか?」
『それは……お邪魔しちゃうでしょ』
「かもな。けど、向こうも俺たちに訊きたいことあるんじゃない?」
『まぁ、うん……。たまには、四人でっていうのもいいかもね』
「あいつらの惚気話が炸裂しないよう、適度に注意しないとな」
『だね』
「それじゃ、もう十一時だし、俺はそろそろ寝るよ」
『あ、もう寝ちゃうの?』
「もうっていうほど早くはないだろ?」
『まぁ、そうだね』
「また明日、学校で」
『……夜はまた、一緒に勉強しようよ』
「……わかった」
『ん。それじゃ、またね』
「おう」
椎名とのビデオ通話を終了する。
軽く、溜息が漏れた。
「……偽装カップル、か。拘束時間が意外と長いな……。これじゃ、時雨先生と過ごす時間があまり取れない……」
平日の日中は、時雨先生と過ごせない。せめて、夜は電話で話したい。
「偽装カップルも、ほどほどにしないとだ……」
そう思いながら、時雨先生……菜々子さんに電話をする。すぐに応答してくれた。
「こんばんは、菜々子さん」
『こんばんは。電話、もう少し早く来ると思ってた。椎名さんと話してたかな?』
「ええ、一緒に勉強してました」
『向こうから誘われた?』
「そうですね」
『ふぅん……。そっか……』
「あ、それと……ごめんなさい。十二月二十四日は、椎名と過ごすことになりそうです」
『そっかー……。あーあ。響弥君と一緒に過ごしたかったのに……』
「ごめんなさい」
『謝らないで。響弥君も辛いの、わかってるから。それに、今は椎名さんを優先するのが正解でもある。私、二番目ポジションでも我慢する』
「……俺の一番は、いつだって菜々子さんです」
『わかってる。響弥君が高校を卒業して、何のしがらみもなくなったら……私のこと、いつも最優先にしてもらうから』
「はい」
『二人の将来のために、今は我慢』
「はい」
『大好きだよ』
「俺も、大好きです」
『……遅いけど、あと十分だけ、話してもいい?』
「はい。もちろんです」
菜々子さんとの会話を続ける。椎名と話しているときには感じられない、奥底からの気分の高揚を感じる。
やっぱり好きだ、菜々子さん。
ずっとその声を聞いていたい。もっと触れ合っていたい。
電話は、本当に十分で切り上げた。俺は学校で多少うとうとしても問題ないが、先生である菜々子さんはそうもいかない。
「おやすみなさい」
『うん。おやすみ。またね』
菜々子さんとの通話も終わる。胸は痛むけれど、それがどこか心地良かった。
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