第15話 イチャイチャ

 俺が帰宅したのは五時前で、それから椎名と一時間ほど電話で話をした。


 中身のある話ばかりではないけれど、俺がアバター配信を行う準備は着々と進んでいるという話もあった。今は椎名の妹がイラストを作成しているところだそうだ。どんなキャラになるのかは、完成してからのお楽しみ、とのこと。


 俺の意見を聞かずに進めるものではないだろ、とも思うが、俺に口を挟む権利はないようだ。


 午後六時半過ぎに、俺は家を出た。


 共働きでまだ帰宅していない両親には、友達と夕食を摂るので帰りは遅くなると連絡。返事はなかったが、問題はあるまい。父も、多少家を開けるくらいの方が高校生男子としては健全だ、などと言っている。


 俺が向かった先は、時雨先生の家。


 事前に連絡はしていない。連絡したところで、時雨先生は仕事中だ。


 俺の家から時雨先生の家までは、電車を使えば三十分、徒歩でも四十分。早く行ってもどうせ時雨先生は帰宅していないので、歩いていくことにした。


 なるべく明るい道をゆっくりと歩き、時雨先生の住む五階建てマンションに到着。


 時刻は午後七時二十分。時雨先生の部屋の位置はわかっていて、そこを見る。まだ明かりは点いていない。



「……やってることがストーカーっぽいな。服装もこんなだし……」



 なるべく顔を隠すよう、ジャケットのフードを被り、マスクもしている。不審者と思われても仕方ない。むしろ注目されてしまいそうだ。



「……少し離れていよう」



 徒歩五分のところにあるコンビニに入る。店内の暖房でほっこりしつつ、時雨先生にメッセージ。



『会いたいです。今は家の近くのコンビニにいます』



 すぐに既読がついて、まもなく返事が来た。



『私も会いたかった。来てくれてありがとう。あと十分くらいで家に着くから、もう少しだけ待ってて』



 私も会いたかった。その一言で、体中全部の細胞が歓喜に震える感覚があった。


 俺、菜々子さんのこと、好きすぎだろ。



『いつまででも待ってます』


『ありがとう』



 軽くコンビニ内を見て回り、最後に肉まんを一つ買ってその場を後にする。


 菜々子さんの自宅マンションに戻ってきたら、丁度菜々子さんも帰ってきていた。


 不審者スタイルの俺を見て、菜々子さんは一瞬警戒。しかし、すぐに俺と気付いて、フフと微笑む。



「あーやしー。襲われるかと思った」


「……ある意味、襲いに来たんですよ。なんて」


「うわ、そのために来たってこと? 私の体にしか興味ないって?」


「そんなわけないです。俺はとにかく菜々子さんに会いたかったんですよ」



 菜々子さんがにっこり微笑む。その唇に、今すぐでもキスしたい。



「私も、いい加減響弥君と二人きりで会いたかったよ。外は寒いから、早く中に入ろ」


「はい」



 早歩きで、菜々子さんの住む四○二号室に向かう。


 部屋に入り、玄関のドアを閉めたら……菜々子さんを背後からぎゅっと抱きしめようとする。しかし、その前に菜々子さんが振り返って、俺のマスクをずらし、そっとキスをしてきた。


 冬の寒気でよく冷えた唇。そのすぐ後に、温かな舌が俺の中に侵入してきた。


 一週間ぶりくらいになる、濃厚なキス。大好きな人と交わすそれは、甘美で気持ちいい。


 お互いにずっと我慢してきたものだったからか、長いキスになった。卑猥な音をたてながら、苦しくなるくらいにお互いを貪り合う。


 ようやく離れたときには、寒い室内なのに、二人とも顔が随分と上気していた。



「……好きです。菜々子さん」


「私も好きだよ」



 菜々子さんがもう一度軽いキスをしてきて、それから俺をぎゅっと抱きしめた。その華奢な体を、俺も抱きしめ返す。


 高ぶるのに、同時に落ち着きもする。ずっと抱きしめていたい。でも、できれば裸がいいかな。なんて。



「……俺、毎日菜々子さんとキスしたいし、こうやって抱きしめたいです」


「私もそう思ってるよ」



 菜々子さんの腕に力が入る。俺も力を込める。二つの体が、一つになってしまえばいいのに。


 良い雰囲気だったのだけれど、菜々子さんのお腹がきゅぅっと鳴って、少しばかり弛緩した空気になる。


 俺が笑うと、菜々子さんも笑った。



「……お仕事お疲れさまでした。お腹、空きましたよね。とりあえず肉まんでもいかがですか?」


「……食べる」


「一つだけなんですけど、全部いりますか? 半分にしますか?」


「半分ずつにしよ。晩ご飯も用意するし」


「じゃあ、そうしましょう」



 玄関で抱き合うのはやめて、廊下を抜けて生活スペースへ。


 菜々子さんが暖房を入れ、上着を脱いでいる間に、俺は肉まんを半分に割る。少し大きい方が、菜々子さん用かな。



「どうぞ」


「ありがと」


「辛子とかはどうします?」


「私は使わないでいいかな」


「わかりました」


「いただきます」


「いただきます」



 二人で肉まんを頬張る。二人で同時にニコリと微笑んだ。



「美味しいですね、肉まん」


「お腹空いてるから余計にね」



 肉まんはすぐに食べ終わる。


 菜々子さんがまたキスしてくる。


 ほんのりと肉まんの味と香りがした。



「ごちそうさま」


「それ、肉まんについてですか? キスについてですか?」


「どっちも」



 菜々子さんが微笑み、それから俺の前でカジュアルなスーツを脱ぎ始める。もう裸も見合った関係だが、着替えシーンには気恥ずかしさを感じてしまう。


 ベージュの下着、そして、服を着ているときより大きく感じられる、胸の膨らみ。滑らかな肌。


 今すぐ抱きしめたい。いや、抱きたい。


 俺の心境を察したか、菜々子さんが蠱惑的に微笑む。



「ご飯、食べてからね?」


「……はい」



 菜々子さんとやらしいことをしたくてここに来たわけじゃない。


 でも、やっぱり、したいとは思ってしまう。


 俺もまだまだ性欲を持て余す子供だ。


 ラフな部屋着に着替え終わって、菜々子さんがキッチンに立つ。



「ご飯、すぐに用意するから、少し待ってて」


「はい。あの、俺はまた冷凍食品とかでも構いませんよ?」


「インスタントものも使うけど、一品くらいは作るよ。肉野菜炒めでいい?」


「はい。……肉多めでお願いします」


「図々しい子供だこと!」


「高校生はマナーもろくに知らないものですから」



 実のところ、特に注文を付ける必要はなかった。ただ、俺があまり遠慮ばかりしているのも良くないことはわかっている。


 ただの他人同士ではないのだから、お互いに望むことを言い合えばいい。菜々子さんは以前、そう言っていた。



「俺も何か手伝いましょうか?」


「じゃあ、冷凍庫に入ってるご飯、レンチンして」


「はい」


「それが終わったら、私の肩でも揉んで」


「胸じゃダメですか?」


「エロガキ!」


「そうですよ」



 くだらないことを言い合いながら、二人の食事を用意する。


 ……幸せだなって、心から思うよ。

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