第14話 偽装
時雨先生とは、 毎晩電話をしている。
学校でもその姿を見ている。
でも、やっぱり足りないと思ってしまう。
時雨先生ともっと一緒にいたいし、時雨先生に触れたい。
別にやらしいことをしたいわけではない。もちろんできるならしたいけれど、それを求めているわけじゃない。
時雨先生と面と向かって笑いあう時間が、もっと欲しい。
それができるのはせいぜい週末だけ……。
先生と生徒の恋というのは、本当に難儀だ。
「夜明っ、今日も一緒に帰ろ?」
「……ああ、うん」
今日の放課後も、相変わらず
鞄を持って席を立ち、椎名と共に教室を出る。ちらりと視界に入った
「夜明、どうかした? なんか元気ない気がするけど」
正門を出た辺りで、椎名が尋ねてきた。
「いや……別に……」
「別に、って感じじゃないねぇ。もしかして、片想いが辛くて落ち込んでるの?」
「……うるせ。わかってるならそっとしておけ」
「あらま、本当にそういうあれなんだ。へぇ……夜明って、意外と恋に溺れるタイプだったんだ……」
「……俺も意外だよ」
俺は自分のことを、恋愛に対してドライなタイプだと思っていた。誰かを好きになったことはあるけれど、過剰に思い煩うようなことはなかった。
時雨先生を好きになって、恋人同士になって、俺は、ようやく本当に恋というものを知ったのかもしれない。
「……まぁ、あたしから言えることなんてあんまないけど。恋煩いしてる夜明も、悪くないと思うよ?」
「なんの慰めだよ……」
「慰めてるわけじゃないよ。単に、想いを募らせる夜明は、案外かっこいいかもって話」
「……そうかい。それはどうも」
「この可愛いあたしに褒められてるのに、嬉しくないの?」
「自分で可愛いって言ってるのを聞くと、ちょっとイラッとくるな」
「心が狭いなぁ。ぶっすでーす、とか言ってる方がむかつくでしょ?」
「それはそうだ」
「かぁわいい女の子に褒められたら、素直に尻尾振って喜んでればいいんだよ」
「俺に尻尾なんてねぇよ」
「あるのは貧相な棒と玉だもんね」
「貧相だと勝手に決めつけるな。見たこともないくせに」
「じゃあ、貧相じゃない証拠を見せてもらおうかしら?」
「ほぅ、その覚悟があるなら、どっか
「うわ、こっちが冗談で言ってるのに、夜明だけマジトーンだわ。怖っ」
「俺だって冗談だっつーの」
「ま、知ってるけど」
椎名がケラケラと笑う。
やれやれ。椎名と話していると、ゆっくり落ち込んでもいられない。
談笑しながら駅に向かう途中、ふと椎名が言う。
「ところでさー、優香が最近うるさいんだよね。さっさと夜明と付き合えって」
「……ああ、こっちも、宗谷が似たようなこと言ってる」
「あたしら、別にそういうのじゃないのにね」
「そうだな。恋愛するような仲じゃないよな」
「……マジトーンで言われるとちょっとイラッとくるけど、そうなんだよねー」
「なんでイラついてるんだか」
「複雑な乙女心ってやつ」
「うん? 乙女なんてどこにいるんだ? 椎名の中身は男子高校生……ぐぇ」
椎名が俺の脇腹を肘で一突き。地味に痛い。
「黙れドーテー」
ドーテーはつい先日卒業したのだが、打ち明けるわけにもいかない。
「男になら何を言っても許されると思うなよ?」
「はいはい。このご時世に大変失礼なことをしてしまいました。謹んでお詫び申し上げますぅ」
「……イラッとくる謝罪だ」
「まぁ、それはさておき。あたしたち、付き合ってることにしない? その方が周りも落ち着く気がする」
「……この流れで俺とカポーになろうとするのか」
「偽装ね、偽装。付き合ってることにはするけど、キスとかするわけじゃない。手を繋ぐくらいはしてもいいかな。それすらしないんじゃ、カップルとして認めてもらえないだろうし」
「……偽装カップル、か」
時雨先生がそれを許してくれるかどうかを別にすれば、偽装カップルは悪くない話だ。
俺と椎名が付き合っていることになれば、俺と時雨先生が付き合っていることは隠しやすくなるはず。
「どう? 何か不都合ある? 時雨先生には誤解されたくないっていうなら、偽装カップルやってるって伝えてもいいよ。先生なら、生徒の秘密くらい守ってくれるでしょ」
「……そうだな。時雨先生には伝えるとして、それで問題は起きないだろう」
「じゃ、今からあたしたちはカップルってことでいい?」
「……そうだな」
本当は、時雨先生に先に連絡したいところ。
しかし、ここで迷いを見せると何か感づかれる可能性もある。すんなりと受け入れておくべきところ……。
俺が思案していると、椎名が一度立ち止まる。俺も合わせて止まると、椎名が右手を俺に差し出してきた。
「カップルらしく、手でも繋いで帰ろうか?」
「……それは良い案だな」
抵抗はある。しかし……これも仕方ないことだ。偽装するなら、ちゃんと偽装しよう。
椎名の右手を取り、手を繋ぐ。冬の寒さのせいでその手はよく冷えている。
「……冷たい手だな」
「温めてよ、彼氏君」
「彼女ちゃんは世話が焼けるな……」
椎名の右手を、俺の両手で包み込んでやる。俺の手もそう温かいわけではないのだが、椎名よりは多少マシ。
「温かいね、彼氏君」
「あんまり変わらないだろ」
「そうでもないよ」
「そか」
「……こういうことしてると、なんか本当にカップルっぽいね」
「そう思われないといけないから、それでいいんじゃないか?」
「……そだね」
椎名がフフと綺麗に笑う。普段見ている笑顔とどこか違っているように感じられて、俺は視線を逸らした。
「……そろそろ行こう」
椎名の手を引き、二人で歩き始める。
「……今日もどっか寄ってく?」
「毎日寄り道できるほどの金はない」
「じゃあ、うち来る?」
「……は?」
「は? じゃないでしょ。カップルなんだし、お互いの家に出入りくらいするんじゃないの?」
「……カップルなら、そうかもな」
「偽装するなら、これくらいのことためらうのは変でしょ。それとも……あたしと密室で二人きりになったら、変な気分になっちゃう? 他に好きな人がいるのに? 浮気者だなぁ」
「……べ、別に、変な気分とか、ならねーし」
「じゃ、うちに来ても問題ないね」
「いや、でも……」
流石に、時雨先生になんの話も通さず椎名の家に行くのは良くない気がする。
「どうしたの? ドーテー彼氏君は怖じ気付いちゃった?」
「……うるせ。怖じ気付くだろ。ドーテーなめんな」
「あらあら。素直でお可愛いこと」
「と、とにかく、俺は今日は帰る。話をするなら電話でもビデオ通話でもすればいい」
「はいはい。仕方ないからそれで我慢してあげる。優しい彼女ちゃんに感謝しなさい」
椎名の勝ち誇った笑みが腹立たしい。
俺はもうドーテーではないし、時雨先生の家に泊まったこともあると、言ってやりたい気持ちにはなる。
絶対に、言ってはいけないのだけれど。
「ありがとううございます。理解のあるお優しい彼女様」
「もっと崇め奉るがいい」
「へいへい」
「気のない返事だこと」
俺と椎名の関係が少し変わり、手を繋いで歩くようにはなった。
しかし、根本的に大きく変わったわけではない。
俺たちはあくまで偽装のカップルで、お互いに恋愛感情を持っているわけではない。
この関係を続けていけたら、俺と時雨先生の関係を隠すのには丁度良いだろう。
椎名は俺のことをただの友達としか思っていないのだから、上手くいくのではなかろうか?
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