第13話 憎からず
* * *
俺が椎名と配信活動をする約束をしてから、三日が過ぎた。
椎名は以前よりも積極的に俺に話しかけてくるようになり、また、放課後に一緒に過ごすようにもなった。
あくまで友達としての関係を続けているのだが、周りからはそう見えないらしい。俺と椎名が付き合い始めたという認識を持たれることも多くなった。
「実際、どうなんだ? お前が付き合ってないというからにはまだ付き合ってないんだろうが、距離は縮んでるんじゃないのか?」
授業の合間の休み時間。
わざわざ俺を教室の外に誘い、冬なのに若干暑苦しい顔で尋ねてきたのは
宗谷は身長が百八十センチ半ばの大柄な男子で、野球部でも活躍中。壱ノ宮高校の野球部では坊主強制でもないのに、自ら進んで坊主頭にしている。その方が楽なのだとか。
「……俺と椎名の距離は、縮んでるって言ってもいいのかもな」
「どのくらいだ!? 付き合う一歩手前か!? あとはお前が告白するだけか!?」
「なんで俺が椎名に告白するんだよ……」
「お前だって、椎名のことは憎からず思ってるだろ!?」
「……好きか嫌いかで言えば、もちろん好きだよ」
「だったら付き合うしかないな!」
「あのなぁ……ちょっと仲がいいからって、必ずしも恋愛関係になるわけじゃないんだぞ?」
「そういうこともあるかもしれないが、お前と椎名はお似合いだ! 是非付き合うべきだと思う!」
勝手なことを言う……。
宗谷は変にひねたところのない良い男なのだが、少しお節介過剰なところもある。それが良い方に作用することももちろんあるけれど、今回は余計なお世話だ。
俺は、時雨先生と付き合っているのだから。
それを伝えることができれば、宗谷も変にお節介を焼くこともなかっただろう。
「……俺と椎名、そんなにお似合いか?」
「お似合いだ! 二人でいるときなんかもすごく楽しそうじゃないか!」
「……まぁ、楽しいのは確かだ」
「これはもう、付き合うしかないな!」
宗谷のまっすぐな瞳が気持ち悪い。時雨先生の瞳ならいつまでも見つめていたいのだが、宗谷の瞳は潰してしまいたくなる。
それはさておき、椎名とはただの友達だ、としておくのも面倒かもしれない。いつまでも暑苦しく説得されたくはない。
「……今すぐ答えは出せない。でも、ちゃんと考えてみる。宗谷は余計なことしないで、もう少し待っててくれ」
「……わかった。まぁ、答えはわかり切っているが、即座に行動に移せるわけではないからな」
「宗谷もなかなか動かなかったもんなぁ……」
「あのときは世話になった……」
宗谷と赤木さんが晴れて恋人同士になれたのは、俺が色々とサポートしてやったおかげと言って過言ではない。二人で話すきっかけを与えてやったり、赤木さんの好みについて探りをいれたり……。
俺がいなくても、もしかしたら二人は付き合い始めていたのかもしれない。そうだとしても、それはもっと先の話になっただろう。高三の終わりとかくらいに。
「男子二人でこそこそと、こんなところで何してるの? もうすぐ授業始まるよ?」
その声を聞いた途端、心臓が大きく跳ねた。体温も上がり、思考もまとまらなくなる。
声の方に視線を向ければ、階段を上りきった時雨先生の姿があった。軽やかな微笑みが今日も本当に綺麗だ……。
「あ、すみません、時雨先生! ちょっと大事な話がありまして!」
宗谷が応えると、時雨先生が意味深な笑みを浮かべる。
「大事な話……? え? 二人ってもしかして付き合ってたの……? あらあらまあまあ」
「ち、違います! 俺が付き合ってるのは
「おいこら。誰がインテリ崩れ男子だ」
「あははっ。インテリ崩れ男子……っ。ちょっとわかる。何かに挫折して少し謙虚になったインテリ風男子って感じ」
「……時雨先生からすると、俺ってそんな印象ですか……?」
俺、あなたの恋人ですよね? 恋人の評価、厳しすぎません?
若干熱が冷めて、時雨先生をジト目で見てしまう。時雨先生は笑って受け流すばかりだ。
「まぁまぁ、き……夜明君はとってもかっこいい男の子だと思ってるよ? 将来有望!」
「将来有望って、つまり今はまだ大したことないってことですよね?」
「……お姉さん、君のような勘の鋭い子供は嫌いだよ」
……マンガのセリフを真似しているだけなのはわかっているが、時雨先生に嫌いと言われると辛いものがあるな。
「インテリ崩れには、勘の鋭さくらいしか取り柄がないものでして。っていうか、本当にもう教室入らないとですね」
「うん。早く戻って。授業が始まるよ!」
時雨先生に追い立てられて、俺と宗谷は教室に向かって早歩き。
俺たちは一年B組のクラスに入り、先生は一年C組に向かう。
別れ際、最後に時雨先生の方を見たら、一瞬だけ目があった。
たったそれだけのことだけれど、時雨先生が俺の姿を目で追っていたのだと思えて、嬉しく感じてしまった。
……今すぐ時雨先生を抱きしめて、好きだって叫びたくなる。
その気持ちはぐっとこらえて、俺は自分の席についた。
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