第12話 椎名歌穂

 * * *


 椎名歌穂しいなかほは夜明との通話を終えた後、スマホをベッドに置いた。



「あー……楽しかった。やっぱり夜明と話すのは楽しいな。もっと話してたかったかも」



 放課後もたくさん話して、先ほども話をした。それでも足りないと思ってしまうことを、歌穂は少し不思議に感じた。



「……もともと夜明と話すのは好きだけど、ちょっとしゃべりすぎかな? 今までは、学校で少し話すだけで満足だったのに……」



 友達である赤木優香あかぎゆうかの彼氏の友達。そんな縁で話をするようになり、特段親しいわけでも、特別な感情を寄せる相手でもなかった。


 それが、夜明の好きな人について聞いたり、配信のことを打ち明けたりしているうちに、今までとは距離感が変わってきた。


 なんとなく親しい友達から、仲良くなりたい友達になったくらいの変化はある。



「……一緒に活動するの、楽しみだな。夜明と組んだら、本当に人気配信者になれちゃったりして。お金も稼げちゃう? なんてね。別に人気者になりたいわけじゃないから、のんびりやっていこう」



 配信活動を始めて、まだ二ヶ月少々。あえて自分を見に来てくれる固定客は十人前後で、人気者にも、収益化にも遠い。


 なんとなく楽しげにトークをするだけなので、この結果は仕方ない。それでも、『あなたの配信を見ていると元気になる』などと言われることはあって、歌穂は配信を始めて良かったと感じている。


 配信者としての上昇志向があるわけではない。自分にも何かできることがある

と感じたいだけ。


 人気が出てしまうと色々と気遣うことが増えそうなので、むしろ避けたいかもしれない。



「……人気者云々より、やっぱり、夜明と一緒に何かするのが楽しみかな。夜明、どんな話をするんだろ?」



 歌穂は夜明のことをあまり知らない。知っているのは、会話のノリが合うことや、さりげなく人をサポートするのが得意なこと。


 優香と宗谷亮介が付き合い始めたのも、夜明が適度に二人をサポートしていたからだ。



「……夜明のことは、これから色々知っていけばいいや。それより、時雨先生狙いとか、夜明も若いなぁ」



 このご時世、先生と生徒の恋愛なんて御法度だ。当人同士がどれだけ真剣に恋をしていても、周りはそれを許してくれない。


 もし二人が付き合い始めて、それが世間に露呈すれば、ニュースで事件として取り上げられる可能性すらある。


 まっとうな精神を持つ大人であれば、生徒と付き合おうなんて思うはずがない。



「……でも、世の中それでも浮気とか不倫はなくならないもんね。燃え上がっちゃったら、リスクを冒してでも先生と生徒が付き合うことなんてあるのかな?」



 歌穂は夜明と時雨先生が付き合い始める未来を想像する。


 それはそれで面白いと思いながら……なんとなく、もやっとした感情も抱いた。



「……夜明が先生と付き合い始めたら、あたしと気軽に話せなくなるのかな。一緒に活動するのも支障が出そう……。二人は付き合うのは、あたしとしては避けたいことかも」



 歌穂はうーんと唸る。


 夜明はただの友達で、誰に恋していようが構わない。自分にその好意が向いていないことも、むしろ好都合。


 

「……好都合、だよね?」



 歌穂は胸を焦がすような強烈な恋心を知らない。恋愛のことばかり考えている人のことも、理解できない。


 親しい異性とは、恋人同士になるより、友達として仲良くしたいと思う。その方が絶対楽しいとも思っている。恋愛にまつわるいざこざにわずらわされるよりは、ただただ楽しい関係を築きたい。


 そう思っているはずなのに……歌穂は、夜明の気持ちが自分に向いていないことに、少しだけ引っかかりを感じてしまった。



「……あたし、夜明の気持ちなんて気にしてるの? 何か血迷った? んー……そんなことはない、はず。別に、夜明とキスしたいとか思ってないし」



 嫌ではない、かもしれない。でも、積極的にしたいわけでもない。


 これは、恋心とは呼べない感情。そのはず。



「……まぁいいや。恋に悩むとか、あたしらしくない。さっさと寝よ……」



 歌穂は明かりを消して、ベッドに入る。


 夜明とのおしゃべりの余韻か、まだ気分は高揚していて、すぐには寝付けそうにない。



「……遠足前の子供みたい。でも、悪くないかな……」



 明日とか、未来のこととかが楽しみなのは、悪い気分ではなかった。

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