第9話 誘い

「……誰にも言わないでほしいんだけど」



 椎名の頬が少し赤い。緊張しているらしい。



「ああ、うん」


「誰かに言ったら、夜明が時雨先生をストーキーングしてるって言いふらす」


「ねつ造した情報を流すな。……で、なんだ?」


「……あたし、実はアバター系の配信者やってんだよね」


「……へぇ? そうなのか? 知らなかった」



 椎名の顔がさらに赤くなる。椎名としては、恋だとか愛だとかより、恥じらいを感じる内容らしい。



「誰にも言ってないし、全然有名でもないから、知らないのも当然だよ」


「それで、どうしてその話を俺に?」


「……誰かに話したかった。一人でやってても楽しいんだけど、ネット上の繋がりじゃなくて、話せる相手がいてくれたら良いなって思ってた。だから、話した」


「……なんで、俺?」


「夜明なら、変にバカにしてくることも、無闇に他人に漏らすこともないと思って」


赤木あかぎさんじゃダメだった?」


「……あたしが気兼ねなくあたしのノリで話せるの、夜明だけだよ」


「まぁ、そうかもな」



 赤木さんは純情乙女という感じがある。俺と椎名の間では普通の会話でも、赤木さんには刺激が強すぎるかもしれない。おっぱいがどうとか言い始めたら、きっと赤木さんは卒倒する。それは言い過ぎか。



「……俺で良ければ、話し相手くらいにはなれる」


「……ついでに、一緒に配信やらない?」


「え。そ、それは流石にハードルが高い……」


「心配しなくても、あたしを見に来る視聴者なんてせいぜい十人とか二十人程度。世間がイメージする大人気配信とは違う。良く言えばアットホームな感じで、なんとなく楽しげに話すだけで十分」


「……そういうの、男が入らない方がいいんじゃない?」


「それは多少あるかも。でも、男が入っちゃダメってことはないよ。アイドル系の配信じゃないんだから」


「うーん……」


「……一度でいいから、やってみない?」



 椎名が救いを求めるような視線を寄越す。


 いつも快活な子にこんな目をされれば……男は頷くしかない。



「……わかった。まずは、一回な」



 俺がそう言うと、椎名がぱっと明るい笑顔を見せた。急に満開の桜を見たような気分だ。



「ありがとう! 流石夜明! 先生に手を出すだけのことはある!」


「待てコラ! 俺は片想いしてるだけで、手を出しちゃいない!」



 本当は手を出してしまっているのだけれど。付き合っているのだけれど。


 それは、誰にも言えない秘密。



「じゃ、早速アバターとか用意するね! っていっても、イラスト一枚用意するだけだけど! 3Dで自在に動く奴とかじゃないから、それは期待しないで!」


「3Dとか期待しないけど、それ、誰が用意するんだ?」


「あたしの妹」


「へぇ……。イラスト、上手いの?」


「中学生なりにね。プロ級は期待しないで」


「プロ級だったら相応のお金払わなきゃだし、素人のイラストで十分だ」


「ん。話がわかる奴で良かった。

 まぁ、正直、単に配信やってることを話したいっていう気持ちもあったけど、夜明とやるともっと盛り上がる気がしてたんだよね。あたしら、結構ノリが合うじゃん?」


「……かもしれん」



 俺は、椎名と話していると楽しい。でも、他人から見てどうなのかはわからない。身内で勝手に盛り上がっているだけと思われる気もする。



「夜明はどんなアバターがいいかな? やっぱり美少女?」


「なんで俺が美少女なんだよ。声は男のままだろ?」


「そうだけど、中身男でガワだけ美少女ってのも萌えるじゃん?」


「……それは俺にはわかりかねる」


「逆に考えて。外見が美少年で、中身が女だったら萌えるでしょ?」


「それもわかりかねる!」


「えー? なんで? 夜明ならわかるはずだよ?」


「なんで俺ならわかるんだ。……アバターのことはよくわからんけど、美少女はなし!」


「仕方ない。夜明を女装させるだけで満足するか……」


「その満足の仕方はおかしいよな!?」


「女装してくれたら、あたしの下着、貸してあげる」


「いらん!」



 断言しながら微妙に惜しいと思っている俺、どうかしている。


 椎名はやたらと高揚した様子で、今後の配信について語る。


 その姿を見ていると、なるほど恋よりもこういうものに惹かれる子なのだなとわかる。


 恋よりも優先すべきものがあって、椎名の姿はキラキラと輝いている。


 羨ましいな。こんな風にキラキラと輝ける場所があって。


 俺には大した特技もなく、時雨先生と付き合えたのも、たまたま失恋の現場に居合わせたからというだけ。


 俺が、俺自身の何かで、時雨先生の気持ちを引き寄せられたら嬉しい。


 椎名と配信活動でも始めれば、俺はその何かを見つけられるだろうか? ……あまり期待することじゃないかな。でも、新しいことを始めるのは、きっと価値がある。



「……夜明のアバター、おっぱいの小さい美少女にして、女装男子のアバターです、って言い張ったら全て丸く収まらない?」


「丸く収めるな。普通に男子のアバターにしろよ」


「えー? 普通じゃつまんないってー」


「……もう、好きにしろよ。リーダーは椎名だ」


「夜明ならそう言ってくれると信じてた!」


「はいはい。……それで、俺はいつからやらされるんだ?」


「んー、冬休み辺りが丁度いいかな? それまで他の人の配信見て、なんとなくノリとか掴んでおいてよ」


「……椎名の配信を見ればいいのかな?」


「……それは、まぁ、そう、かも。だいぶ恥ずかしいけど……。覚悟ができたら色々教える……」


「わかった」



 なんにせよ、椎名はとても楽しそうだ。


 友達が楽しめるのなら、多少妙なことでも、受け入れてやろうじゃないか。


 これも紳士の嗜みだよ。


 楽しげな椎名を見ながら、この場に時雨先生もいて、一緒に盛り上がれたら良かったのにな、なんて思っていた。

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