第8話 ファミレス

 俺と椎名は、学校の最寄り駅近くにあるファミレスに入った。全国展開されたチェーン店で、特にムードがあるわけじゃないのが、俺たちにはお似合いだった。



「ごめん、ちょっと先にトイレ行かせて」


「あ、うん。わかった」



 テーブルを確保した後、俺は一旦トイレへ。そして、スマホを取り出し、迷いつつも時雨先生にメッセージを残す。



『たぶん見てないと思いますけど、連絡だけ入れておきます。俺は今、椎名っていう女子と一緒にカフェに来ています。詳しいことはまた後で話しますが、椎名は俺を完全に友達としか見ていません。変な意味はないので安心してください』



 時雨先生はまだ勤務中。当然、既読にもならない。そもそも、こんなメッセージを残し、他の誰かに見られては大変だ。それでも、何の断りもなく女子と二人でいるのはよくない気がした。



「……了承を得たかったけど、仕方ない。今夜にでも、こういう時の対応を話そう」



 連絡の後、ついでに小用も済ませ、椎名のところに戻る。



「何? 先生に浮気の言い訳でもしてきたの?」



 一瞬、ギクリとしてしまった。しかし、どうにかいつも通りに笑って肩をすくめる。



「だったらいいんだけどな。残念ながら、俺と先生はそんな良い関係じゃない」


「本当かなー? 実はこっそり付き合ってるんじゃないの?」


「そんなわけないだろ? 先生と生徒だぞ? 付き合えるわけない。俺が一方的に好きなだけ」


「夜明は、それでいいの? 片思いで終わらせるつもり?」


「……当然だろ。このご時世、先生と生徒の恋愛なんて許されるわけがない。付き合えたとしても、それが世間にバレたら先生の立場が危うい。まともな大人ならそんなリスクは冒さないんだから、俺が先生と付き合える可能性はゼロだ」


「そんな物わかりのいいことを言ってたらいかんよ。若さが足りない。もっと若者らしく、無鉄砲なことをしたらどうなの?」


「……椎名は傍観者だから好き勝手言えるよな。本当に好きだっていうなら、相手に余計なリスクなんて負わせないだろ」



 しれっとこんなことも言ってみる。



「……むぅ。つまんないなぁ。せめてもっと葛藤しててくれないと、傍観者としてつまらないよ? 先生と付き合いたい! でもそれが実現しても先生に迷惑がかかる! どうしよう! みたいになってほしいなぁ」


「俺は椎名を楽しませるために先生を好きになったわけじゃないんだよ」


「それもそうだ」



 ニハハ、と椎名が愉快そうに笑う。無責任に俺を焚きつけるつもりはないようだが、俺を玩具にしている感じは否めない。



「……俺の叶わない恋より、椎名の方はどうなんだ? 好きな人、いないのか?」


「いないなぁ。あたし、そもそも恋愛感情が希薄なんだよね。恋い焦がれる感じなんて、今まで経験したことない」


「乙女らしからぬ発言だ」


「乙女だからって全員が恋に生きてるわけじゃないの。ま、あたしはそのうち、そこそこ気に入った人となんとなく恋愛っぽいことをして、結婚とかをしていくんじゃないかなー?」


「それでいいのか? 椎名の人生」


「どうなんだろう? 激しい恋なんて知らないから、真剣な恋愛結婚の価値がよくわからないんだよね。自分が軽く手放そうとしてるものが、本当は手放しちゃいけないものなのか、そうでもないのか、判断できないんだ」


「……そっか。一度も美味いケーキを食べたことがなければ、そのケーキに価値があるのかないのか、判断のしようがないって感じか」


「そんな感じー」



 恋を知らない乙女、椎名は、のんきにメニュー表を眺める。


 こいつが誰かと恋に落ちることがあれば、どんな表情を見せるのだろう?


 あまり女子という感じがしないが、椎名も乙女の顔をするのだろうか?


 それは……きっと可愛いのだろうな。



「ねぇねぇ、あたしは奢ってもらう前提でここに来たけど、夜明もそのつもりだよね?」



 ……椎名が可愛らしい猫なで声で、とても可愛くないことを言い出した。



「……は? なんで彼女でもない相手に奢るんだよ。椎名は俺をなんだと思ってんだ?」


「女の奴隷」


「そんなこと思ってる相手に奢るなんて、俺は絶対しない」


「ごめんごめん。今のは冗談。女の子のために頑張ってくれる、素敵な王子様だって思ってるよ?」


「うるせぇ。自分の飲み食いしたもんは自分で払え」


「ちっ。合法的に女子高生に奢れるのは今だけだってわかってんの? 将来後悔しても遅いからね?」


「後悔なんてしねーよ」



 椎名は本気で機嫌を悪くしているわけではなく、すぐにいつも通りの明るさを取り戻す。


 それから、椎名は二人分のドリンクバーと、ポテトを一皿注文。程なくして注文の品も届き、それぞれで飲み物も確保。



「ポテトはあたしからの奢りだよ。お食べ」


「……割り勘だろ、この場合」


「そう? じゃ、そういうことで」



 二人でポテトを食べ進めていると、椎名が少しだけ真面目な雰囲気を出す。



「……それでさ、実はちょっと、相談……みたいなことあるんだけど」


「……え? 椎名が、俺に?」


「……うん。そう」


「……恋愛相談じゃ、なさそうだな」


「うん。全然違う」


「女子なのに、恋愛絡みじゃない相談とは……」


「女子だからって恋愛ばっかしてるわけじゃないって言ってるでしょ」


「じゃあ、何の相談?」



 椎名は、ためらいがちに口を開く。

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