第4話 未来

 その後、泣きやんだ菜々子さんと一緒にシャワーを浴びた。


 浴室は少し寒かったので二人でくっつき、バカみたいにはしゃぎながらお互いの体を洗った。


 危うい雰囲気だった菜々子さんも、落ち着いてきたのか、学校で見る明るさを取り戻しつつあったように思う。


 恋人同士なんて肩書きだけのものかもしれないけれど、本当に恋人同士になれたような、楽しい時間だった。


 そして、やっぱりというか、菜々子さんは綺麗だった。ベッドで散々貪ったものだったけれど、シャワーを浴びているときはまた違った趣があって、見とれてしまった。



「男の子って、本当に女の人の裸が好きだよね。どうして?」


「俺にもわかりません。遺伝子に刻まれた衝動なので、もはや人類の理解が及ばないことなんです」



 そんな会話をして、菜々子さんは呆れていた。


 シャワーを浴び終わって、就寝の準備をして、夜二時過ぎ。


 俺たちは、抱き合って眠りについた。


 菜々子さんの温もりが愛おしくて、本物の恋人になりたいと、強く思った。


 翌日、日曜日。


 俺が目を覚ましたとき、菜々子さんは半身を起こした状態で頭を抱えていた。まるで二日酔いにでもなったかのようだが、昨日はお酒を飲んでいなかったはず。


 まだ服を着ていないので、露わになっている白い背中は、とても綺麗だった。



「……菜々子さん?」



 声をかけると、菜々子さんは深い溜息をついた。



「……あ、あのさぁ、私たち……昨日……その……しちゃった、よね?」


「……しましたね。記憶、ないんですか? 酔ってはいなかったと思いますけど」


「……酔ってなかったし、記憶はばっちりある。全部ある」


「でしょうね」


「……響弥君って、何歳だっけ?」


「十六です」


「……二年くらい、さば読んでない?」


「正真正銘、十六歳ですね」


「……マジ、かぁ……うぁああああ……やらかしたぁ……っ。じ、自分の生徒に手を出すって……っ。しかも、相手は十六って……っ」



 一晩ゆっくり寝て、だいぶ精神的に安定してきたらしい。


 菜々子さんが冷静にそういうことを考えられるようになって、少し安心。その反面、別れを切り出されるのではないかと不安にもなった。


 俺も体を起こし、菜々子さんの右手を握る。


 

「……その、俺、このことは誰にも言いません」


「……うん。ありがとう……」


「俺が未成年で、俺とこういうことをして、菜々子さんの立場がまずくなってるのは、わかっています。それでも、俺、菜々子さんと恋人でいたいです……」



 本当に冷静な大人だったら、ここでこの関係を終わりにするのだろう。


 昨夜のことは酷く落ち込んだときの過ちでしかないから、全て忘れてほしいと言うのだろう。


 だけど。



「……正直言うと、私もそうだよ。私、もう響弥君のこと、結構好き。年下で、まだまだ子供だってわかっているけど、昨日は支えてもらったのも事実……。バカになった私を受け止めてくれて、頼もしい部分があるって、思ってる……」


「……それなら、このまま恋人でも、いいですか?」


「……いいっていうか、私、もう、響弥君がいないとダメだ……。響弥君がいなくなったら、またおかしくなる……」



 それは、俺に依存し始めているということか。


 健全ではないとわかっていても、嬉しくなってしまう。十六歳のガキが、二十三歳の女性を支えられるなんて。



「……俺、菜々子さんの側にいますよ」


「ありがとう……。でも、ごめんね。私は誰かに支えてもらってないと、生きていけないの。私はそういう弱い人間……。響弥君が私から離れたいなら、代わりの人を用意して……」


「滅茶苦茶なことを言いますね」


「うん……。クズなこと言ってる自覚もある。でも、それが私だよ。しっかりしてない。一人で生きていけない。根っから明るい人間でもない。いつでも笑っていられるわけじゃない。失恋なんかで小学生みたいに酷く傷ついちゃう。自棄になってバカなこともする。恋人と別れたその日に別の男と寝る。たくさん、泣く」


「もう、知ってます。でも、好きです」



 むしろ、弱いところもある人だから、好き。


 そう思ってしまう俺は、やはり歪んでいるのだろうか。



「面倒臭い女でごめん……。こんな私でも一緒にいてくれるなら、私、響弥君のこと、大切にする」


「俺も、菜々子さんを大切にします」


「うん……」



 菜々子さんの背後に回り、背中からそっと抱きしめる。


 肌を重ねあって感じる体温は、心底心地良い。冬の朝の冷えた空気のおかげで、その体温は一層愛おしく感じられる。



「……響弥君。もし……私たちのことが周りにバレてしまったら。全部、私が悪かったって言うから。私が響弥君の未熟さにつけ込んで、悪い道に進ませたって言うから。そのときは、もう、私のこと、見捨てていいから……」


「……嫌です。見捨てません。何が起きても、俺は菜々子さんを好きになって、自分から菜々子さんを求めたって、言います」


「……ダメだよ、そんなの。こんなの、全部大人の責任なんだから……」


「ここは、菜々子さんになんと言われても譲りません」


「……バカ。本当にバカ。……だけど、嬉しい。好きだよ」


「俺も好きです」


「うん……」



 菜々子さんはまた泣いた。ガラス細工のような背中を、俺はずっと抱きしめ続けた。


 その後、俺たちは一日中、菜々子さんの部屋でまったり過ごした。


 抱き合ったり、動画を見たり、イチャイチャしたり。


 外に出て何かしたい気持ちもあったけれど、やはり、先生と生徒という関係もあり、控えることにした。冷静になれた菜々子さんは、それくらいの分別がついた。


 幸せな時間はあっという間に過ぎて、午後六時を過ぎた。


 俺としては夕食もまた一緒に摂りたい気分だったけれど、菜々子さんはそれを許さなかった。



「まだ高校生なんだから、そろそろ家に帰りなさい」



 菜々子さんが寂しげだったから、俺は身勝手に嬉しく感じてしまった。


 帰り際、玄関前で抱き合って、菜々子さんに囁く。



「俺、菜々子さんのこと、好きです。俺は本気です」


「……うん。嬉しい」



 キスをしてから、俺は菜々子さんの家を後にした。


 夜の空気は冷たいけれど、俺の火照りはなかなか冷めない。



「……夢でも見てたような気がする。けど、夢じゃないよな」



 俺は、菜々子さんと付き合うことになった。


 嘘みたいな、本当の話。



「……誰にもバレちゃいけない恋だ。気を付けないと」



 誰かにバレれば、俺たちの関係は終わる。菜々子さんは教師を続けられなくなるだろうし、それ以上の罰を受ける可能性さえある。


 俺も、何かしらの報いを受けることだろう。



「二人で幸せに、なりたいなぁ……」



 もしかしたら、それは叶わないことなのかもしれない。


 破滅に続く道を歩いているのかもしれない。


 いずれ、別れるべきが来るのかもしれない。


 それでも、今は。


 菜々子さんとの幸せな未来を、思い描いていたい。



「……そのために何ができるのか。ちゃんと考えないとな……」



 俺にできることはなんだろう?


 あれこれと思案を巡らせながら、俺は夜道を歩き続けた。

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