第3話 バカ

「……それは、どういう誘いですか?」



 菜々子さんを抱きしめ返しながら、問う。



「高校生ならわかるよね?」


「……勘違いでないのなら」


「この状況で勘違いするところ、ある?」


「ない、です」


「なら、そういうことだよ」


「……はい」


「ベッド、行こ」


「……はい。あ、でも、こういうのって、シャワーとか……」


「面倒臭いから、いい」


「……わかりました」



 こういうところも、適当というか、雑というか。


 これが、俺の今の立ち位置だ。


 菜々子さんは俺から離れて、さっさと服を脱いでいく。カーディガン、プリーツスカート、ストッキング、ブラウス……それらを脱ぎ去って、菜々子さんは水色の可愛らしい下着姿になった。


 女性の下着姿を、生で初めて見てしまった。



「……綺麗ですね」



 胸と局部以外、全てが露わになった扇情的な姿。滑らかな肌も、スレンダーな体つきも、豊かな胸元も、素晴らしい。その姿に欲情して、同時に感動もする。



「褒めてくれてありがとう」



 菜々子さんは特に恥じらう様子もない。ウブさがないのは男子的に少々物足りない部分があるものの、上手く導いてくれそうな安心感がある。



「響弥君も早く脱ぎなよ。あ、それとも、脱がしてほしい?」


「……あ、そ、自分で、脱ぎます……」



 服を脱ぐのに作法はあるのだろうか? そんなしょうもないことを考えつつ、いつも通りに乱雑に服を脱ぐ。


 パンツ一枚の、なんとも情けない姿になって。


 俺の隠しようもない欲望の盛り上がりに、菜々子先生がクスクスと笑う。



「下着姿見ただけでそんな風になるんだね。可愛い」


「……可愛くないですよ」


「その反応も、可愛い」



 菜々子さんが再び俺に抱きついてくる。今度は肌が大きく触れあって、余計に興奮してしまう。


 さらには、菜々子さんの下腹部が俺の欲望を圧迫するのものだから、理性がどんどん失われてしまう。



「菜々子さん、俺、どうかなりそうです」


「好きにしていいよ。私たち、恋人同士なんだから」



 俺の理性は、そこで切れている。


 菜々子さんの下着を乱雑にはぎ取って、その裸身の美しさにまた感動して、興奮して、無闇に貪った。


 愛とか恋とかはどこかに置き忘れて、俺は自分の欲望を菜々子さんにぶつけた。


 菜々子さんはそれを咎めることもなく、どこか愉快そうに俺の暴走を受け止めていた。


 菜々子さんにはどこか冷めたところもあって、避妊はちゃんとしていたのは、良かったと思う。



「自分の人生なんてどうでもいい気分だけど、子供を巻き込むわけにはいかないから」



 そんなことを、言っていた気がする。


 そして、零時近くなり、たぎりすぎた欲望を全部吐き出して、ようやく冷静さを取り戻した。



「……ごめんなさい、菜々子さん。俺、身勝手なことをしてしまって……」



 ベッドで抱き合いながら、菜々子さんに謝罪をした。



「別にいいよ。予想してたことだし、それに……今夜は、それで良かったんだよ」


「それで良かった……? どういうことですか?」


「……言葉にするのは難しいけど、自分を壊したかった、かな。辛いときには、ただ優しくされるより、獣みたいな時間を過ごす方が心地良かったりするんだよ」


「……よくわかりません」


「そうだね。よくわかんないね」



 傷ついた女性の気持ちは、俺にはわからない。


 菜々子さんも、俺に共感は求めていないらしい。


 悔しい。体は結ばれても、心が通っていない。


 ……当然といえば当然なのだけれど。



「菜々子さん」


「ん」


「俺には菜々子さんの全部はわかりません。でも、菜々子さんを幸せにしたいっていう気持ちは、本物です」


「……そう。じゃあ、死ぬときは一緒ね?」



 菜々子さんが俺の背中に爪を立て、削る。


 少し痛い。でも、菜々子さんの痛みを分かちあえたようで、嬉しくもある。



「死ぬときは、一緒です。そして、生きるのも、一緒です」


 菜々子さんからは、破滅願望のようなものを感じる。


 そんなこと、させたくない。


 菜々子さんには幸せになってほしい。


 ……そう思うなら、そもそも体の関係など持つべきではなかったのだろうけれど。


 俺は、矛盾したことをしている。


 やっぱり、俺はガキだな。


 先のことも考えず、ただ衝動で動いているだけ……。



「……ありがとう。響弥君。一緒にこんなバカなことをしてくれるだけでも、私、救われてるよ……」



 菜々子さんが鼻をすすり始める。どうやら泣いているらしい。


 震える背中を、俺は強く抱きしめた。



「俺、ずっと菜々子さんと一緒です」



 子供なりにかっこつけて、そんな言葉を繰り返した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る