ガンファイト2


時間を少し遡る。


 尾行対策を行いながら走行するザック車の後ろを一台のバンが走っていた。

 バンを運転する高瀬初(はじめ)に、四人の少女。

 助手席に座ったキリエ・ノイアは、ポーチから一〇センチ程の大きさの紙を一枚取り出す。人型に切られた紙は式神で、次いでナイフを抜くとキリエは、刃を自身の左手中指の腹にそっと乗せた。

刃を引いて薄く皮膚を裂くと血が滲み出して来る。玉になり、やがて垂れ始めた血にキリエは、出血が始まると式神に染み込ませるようにして式神で血を拭う。


「お願い」


 拭き取ったことで一旦は見えなくなったが直ぐにまた出血する。キリエは後部座席に向かうと切った中指を手当てをしてもらう為に見せる。

 後部座席にはリレーサ・アリッドとエリシー・ケース、シーナ・フィボスが座っている。その中で自身に差し出された指にシーナは治癒魔法を掛ける。


「<ライトヒール>」

「ありがと」


 傷は浅く直ぐに治った。

 キリエは血の染み込んだ式神を手の上に載せると式神を操作する。下から風を当てられてかのように起き上がって来る式神に、式神は手の上に立つと浮き上がった。

キリエは、ラジコンを操作するかのように式神を空中で上下左右と動かすと操作感を確認する。

 それを終えるとキリエは今度は左手で左目を右手で右耳を覆う。

 現在使用している式神にはカメラとマイクの機能があり、キリエは式神が見ている光景や拾った音を聞くことが出来る。


「これ何本?」


 リレーサは式神に向かって指で数字を作る。


「四本」

「じゃあこれは?」

「一本」


 映像の確認が終われば次は音声の確認だ。


「これ聞こえる?」


 式神にも視覚はある。リレーサはマガジンを抜いたハンドガンを式神の背後にやるとそれを聞かせる。


「布教しないで」


 心地の良い金属音にそれはスライドを引く音だ。

 キリエが目と耳を覆ったのは刺激を遮断し、式神から送られてくる映像や音声に集中する為だ。

キリエは式神が正常に動作していることを確認すると、初に視線を向ける。


「ちゃんと使える」

「了解。赤信号で止まった時に貼り付けてくれ」

「了解」


 一定の距離を保って追跡していた初は、赤信号で止まったザックの運転する車に一○メートル付近まで接近すると、キリエが窓から式神を捨てる。

自重で落下していく式神に、式神が地面に触れる寸前でキリエは操作を開始した。

 バックミラーやサイドミラーに目をやり追っている存在が居ないかを確認するザックだが、車の底までは目をやることは出来ない。

 キリエは式神を操作し地面スレスレを飛行させるとザックの車の底に式神を取り付かせる。


 張り付けた式神には追跡機能も備わっている。

 青になり直進するザックの車に、初は曲がるとこで警戒されない距離へと離脱する。

そうしてバンは自分達が追跡者だと気取られることなくザックを追う。


 工業地帯に入ったザックの車にバンも工業地帯に入る。そして、止まった車にバンも止まる。

 移動しなくなった式神にキリエは耳を覆い式神からの音に集中する。


「ここみたいだね」


 止まったエンジン音にドアが開く音。車の底に忍ばせている式神に、目も覆い式神からの映像にも集中すると車から降りたザックが廃工場へと入って行くのが見える。


「ここから七○メートル先にある廃工場」


 言ったキリエにそれが合図となる。

 今居るのは工業地帯で、ザックの車が工業地帯に入った時から全員がここだと思っていた。


「じゃ、配置に着く」

「私も」


 リレーサとエリシーは手にしている銃に視線を落とす。

 暗い車内に黒い銃は闇に溶け込んでおり視認するのは難しい。

 見えないチャージングハンドルなどに、しかし、体が一連の工程を覚えているリレーサとエリシーは慣れた手つきで銃に弾を装弾すると、指で薬室に触れる。

弾が入っていなければ薬室は空だが、指先に伝わる円い感触にそれは弾がちゃんと装弾されている証拠だ。


「配置に着いたら教えてくれ」

「敵の情報は追って伝えるから」

「「了解」」


 言った初とキリエに、ハンドガンも同様に弾を装弾しチャンバーチェックを行ったリレーサとエリシーは返事をすると、バックドアを開けバンから降りる。

走って行くリレーサとエリシー。キリエは式神を通気口から廃工場内に侵入させると内部の様子を覗く。


『配置に着いたよ』

『こっちも』

「初さん、二人とも配置に着いたようです」


 リレーサとエリシーから来た伝言魔法に、それを受け取ったシーナは二人が配置に着いたことを初に伝えた。


「了解。どうだ?」

「……」


 準備が出来たリレーサとエリシーに、初は覗き見をするキリエに尋ねる。


「ザックの他に五人居て、今ザックがその内の一人に鞄を渡した。」


 初は指揮官だ。


「よし、作戦開始だ。伝えてくれ」

「了解。〈メッセージ〉二人とも作戦開始だよ」


 現行犯に初が言うと、キリエはリレーサとエリシーに伝言魔法で伝える。


『で、誰を撃っちゃいけないの?』


 今回の作戦ではザックとスパイの一人を生け捕りにする事になっている。

作戦開始の言葉と一緒に伝える部屋の間取りや、敵の人数や武器、配置に、キリエはブリーフケースを受け取った人物の服装を伝える。


「茶色の革ジャンにハンチング帽とジーパンの男。そいつだけブリーフケース持ってるから一目でわかると思う」

『了解』

「準備は良い?」


 建物の外にブレーカーは無い。突入の準備をするリレーサに、キリエは式神を建物内にあるブレーカーまで移動さると訪ねた。


----------


 銃のセイフティを解除してリレーサは、コンクリートの壁に右手を当てると答える。


「何時でも良いよ」

『スリーカウントでいくよ』

「了解!」

『スリー、ツー』


 下がっていくカウントにキリエが『ワン』と言った瞬間リレーサは魔法を発動する。


「〈ヒートチャージ〉」


 ブレーカーを落としたキリエに、リレーサが使用したのは爆破魔法だ。

 ドンという大きな音に、壁には余裕で突入出来そうな穴が開く。


「な、なんだ!」


 聞こえてきたのは困惑の声が一つだけ。

 爆発の音で他の声はかき消されたという訳でもない。流石と言うべきか、当たり前と言うべきか、敵国での工作活動には常に死の危険が付きまとう。その為、スパイとして送り出されるのは相当な練度に者達だけだ。


 真っ暗になった部屋に、開いた穴に差す月明り。

 動揺しているのはザック一人だけで、全員が一瞬にして戦闘モードに入った。

 開いた穴に銃口を向ける戦闘員に、逃走を始めるベイパー。踵を返し走り出したベイパーに、その背中を見てワンテンポ遅れてザックも踵を返して走り出す


ドドドドドン。


 こっちに向いて来る四つの銃口。

 すぐさま展開すること敵に、リレーサは正面に居た一人を倒すと一歩左に動く。


パパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパ


 一つ銃口を潰したが、まだ三つ銃口は残っている。

 撃ったのだ。当然相手も撃ち返してくる。

一声に火を噴いた三つの銃にブレーカーが落ち真っ暗になった室内はマズルフラッシュによって明るく照らされる。


 ガトリングガンでも撃っているかのような弾幕に、一瞬前一歩左に動いていなければリレーサはもうこの世にはいなかっただろう。


 壁に身をやることで弾幕を逃れたリレーサだが、何もリレーサは弾を避ける為に一歩左に動いた訳ではない。

これは言わば廊下側と室内側の銃撃戦だ。爆破魔法によって開いた穴が扉であり、扉を通してでしか相手に弾を届けることは出来ない。

 右に居る敵に、リレーサが左に動いたのは対角になることで射線を通す為だ。


ドドドドドドン。

パパパパパパパパパン。パパパパパパパパパン。


 銃口が三つから二つになり撃ち止めた敵。

 敵はあと左に二人残っている。

 カッティングパイをして慎重に倒すという手もなくはないが、お互いに居ると分かっている状態。敵はこちらを目視してから撃ってくるのではなく、来ると感じたら撃ってくる。もし、その時射線に入ってしまえば即あの世行き。

魔法はまだ放てるリレーサは、別の個所に穴をもう一つ開けそこから倒そうとする。 


パン。


 その時だ、壁に身を寄せていたリレーサは嫌な衝撃を感じる。

 それはコンクリートの壁を金属バットで思いっきり叩いたような衝撃。


パパパン。


 衝撃は一度だけではなく、二度三度と間隔を開けずに連続的に襲って来た衝撃は振動に代わっていた。

コンクリートの壁をドリルで削っているような振動にリレーサは直感する。

 壁抜きしようとしてる。

 命が掛かっているのだ。壁から銃口を出すといった間抜けはしていない。

 敵は銃声の位置や射線の通し方から位置を把握すると、リレーサが居るであろう場所を壁越しに撃つ。


 リレーサの血は一瞬で沸騰した。

 死の恐怖で固まる体に、脳が必死に動けと命令を出す。リレーサは地面に倒れ込むことで壁から離れる。と、同時に敵の射線の下に行く。

 そして仰向けに倒れたリレーサは、ならばこっちもと、壁に向かって銃をぶっ放した。


パパパパパパパパパパパパパパパパパパパパ

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドン。


 残っている弾を全て壁に向かってぶっ放す。

 弾切れになり撃たなくなったから撃ち止めたリレーサに、敵の銃声は聞こえない。

 手応えはあった。

 だがあれで二人倒せたのか、それとも一人だけなのか考えようとした脳にそんな時間は与えられなかった。答えは向こうからやって来た。

 弾が切れるのを待っていた敵が穴から顔を覗かせる。

 弾切れになっていた銃に、こちらに向く銃口。敵は勝ちを、リレーサは負けを確信する状況。

 死の恐怖は襲ってはこなかった。否、襲って来ていたのかもしれない。だが知覚する暇がなかった。


パン、パン、パン、パン、パン、パン。


 気が付けばライフルから反射的に離れた手は、ハンドガンを掴むとセイフティを解除し相手に向かって引き金を引いていた。

 敵の体が崩れていき握られていた銃が地面に落ちる。

 脅威は排除した。弛緩していく体に、しかし、今居るのは戦場だ。リレーサはハンドガンのリロードをすると銃を指向したまま立ち上がる。

 周囲を警戒し居ない敵にライフルに持ち替えるとそのままライフルのリロードを行う。

 コンクリートの壁には、リレーサが爆破魔法で開けた穴とは別に大小サイズの異なる二種類の穴が開いていた。

 弾は入り口が小さく、出口が大きくなる。小さい穴はリレーサが開けた穴、大きい穴は敵が開けた穴だ。

 敵の銃はサブマシンガンで使用する弾は拳銃弾。拳銃弾でコンクリートの壁を抜くのは難しく、おかげで弾は直ぐには貫通しなかった。

もし敵の銃が貫通力の高いライフル弾を撃つ物であればリレーサはお亡くなりになっていただろう。

 また、抜けている所を見るに、あの時倒れ込むことで射線から外れていなければお亡くなりになっていただろう。


ドン。


 倒れている敵の頭に死亡確認で一発撃つ。壁抜きをしてきた敵はまだ生きているかもしれない。


「うっ、う〈……」


 苦痛にうめく声に、慎重に中に入ると、うめき声を出していたのは壁抜きをしてこようとした敵だった。

壁抜きは威力が減衰する。被弾したが即死はしなかった敵。生きているが倒れている敵に、今立っていのは自分だ。


「ふー。危なかった」


ドン。


 死にそうになったリレーサは無造作に倒れている敵の頭にアサルトライフルを向けると引き金を引く。コンクリートに反響した銃声が心臓に響き、光ったマズルフラッシュに敵の命の火は消える。


----------


爆発前。


 廃工場付近の建物の屋上。

 車から降りたエリシーは、廃工場が見渡せる狙撃場所に着くとバイポットを展開し、セイフティを解除する。


 エリシーに与えられた仕事は二つ。一つは逃げるベイパーを狙撃して止めること。

 スコープを覗き、引き金に指を掛ける。始まったカウントダウンに、カウントがゼロになると同時に響いたドンという爆発音に続く銃声。

 廃工場から飛び出して来た男に、エリシーはゆっくりと息を吐く。そして、息止めをすると引き金を落とすように引いた。


バシュン。


 約五〇メートルの距離に、狙ったのは男の腹部。動いているとはいえ五〇メートル程の距離であれば弾は引き金を引いた瞬間着弾する。

走っていたベイパーは、まるで何かに躓いたようにその場に倒れる。

 ドン。ドン。ドン。と間隔を開け響く銃声。エリシーはその銃声の意味を知っている。


「〈メッセージ〉リレーサこっちは終わったから確保よろしく」

『了解。丁度今終わったから行くね』


----------


 死亡確認を終えたリレーサは、エリシーからの報告にベイパーが走って行った方向に向かう。

 ベイパーが走って行った方向は記憶している。


 開けっ放しにされた扉に、その数メートル先には逃げて行ったベイパーが倒れていた。近くには銃と鞄が投げ出されている。

 リレーサは素早く落ちている銃を蹴とばす。

 死が差し迫った状況、撃たれ立てないにしても這って逃げるなり、銃に手を伸ばすなりしそうなものだが、水たまりのようになっている血に這って逃げようとした跡はなく、男は撃たれ場所から動いていなかった。


「〈メッセージ〉エリシー、エリシーが撃った奴死んでるんじゃないの?」

『急所は外したし、撃ってそんなに経ってないんだから生きてるでしょ』

『確認したんですか?』


 リレーサがメッセージでエリシーと話していると、それを聞いていたシーナが話しに入って来る。


「確認ってさ、頭撃てばいい?」

『それをすれば生きてても死ぬじゃないですか』

「え、撃っちゃダメ?」

『駄目です』

「でも私、脈とかとる嫌だよ。死んだふりしてるかもしれないし」


 リレーサはエリシーの銃の腕を知っている。彼女が生きていると言っているのだから男は生きているのだろう。

 生きているが動かない男にリレーサが警戒するのは、男は死んだふりをしており、生きているかの確認で近づいた際に攻撃されることだ。

 撃たれた傷を押さえているのか、押さえたふりをしているのか。どちらにせよ体の下に隠れて見えない手にリレーサの確認したくない度はマックスになっていた。


『なら足を撃ってみて下さい』

「良いの」

『はい、今向かっているので。ですが撃つのはライフルじゃなく拳銃で、足も内腿はダメですよ。死なれたら困るので』


 今回の任務は生きたまま捕まえることで、死なれては情報が聞き出せない。


「頭は?」

『色々と訊くことを聞いた後です』


 冗談で聞いたリレーサにシーナからさらっと怖い答えが返ってくる。

 リレーサはライフルからハンドガンに持ち帰る。


「じゃ撃つから早く来てね」


----------


 逃げ出したザックは車で逃げようとしていた。

 エリシーに与えられたもう一つはザックを狙撃して逃がさないこと。

 廃工場から飛び出して来たザックはドアの開錠をしようとする。何時もは一発で入るが、急いでいるときに限って鍵が上手く挿さらない。


 ドアと格闘するザックの姿に、それはエリシーにとって撃ってくださいと言っているようなものだ。

エリシーはザックの足に照準を合わせると引き金を引く。


バシュン。


 途端に転倒したザックに、それをスコープ越し確認したエリシーはキリエにメッセージで伝える。


「<メッセージ>キリエ、ザックは車の所に居るから」


----------


式神でブレーカーを落とした後。


 キリエは最後の仕事に取り掛かる準備をしていた。


「じゃあ私も行って来る」


 目と耳から手を放したキリエは手袋をすると、銃に弾を装弾しチャンバーチェックを行うとドアを開けバンから降りる。

 キリエの最終の仕事はザックを確保することだ。

 エリシーから伝えられた場所に向かうと地面に横向きに倒れたザックが居た。撃たれた足を抑えるザック。

明らかに抵抗出来ないザックにキリエは銃を向けると命令する。


「うつ伏せになって両手は頭の後ろで組んで」

「出来ないのは見たら分かるだろ」


圧迫止血をするザックに、しかし、そんなのは関係ない。


「組んだら治療してあげる」


 うつ伏せになり血で赤くなった手を頭の後ろで組んだザックに、圧迫止血が解かれ足は血を流し始める。


「変なことしたら撃つから」


キリエはゆっくりと近寄ると手錠でザックを拘束する。

 ザックの足に止血帯を巻くと数分もしない内にバンが向かって来る。

 バックドアが開くと降りて来たシーナがザックに治癒魔法を掛ける。


「<ホーリーヒール>」


 塞がっていく銃創に出血が止まる。死んでいなければ外傷は治癒魔法で治すことが出来る。その為、相手を撃って止めることへのハードルは低い。

 操作して自身の所まで戻って来させた式神に、キリエは片方の手袋を取ると魔法を発動する。


「<フレイム>」


指先にともったライターのような火にキリエは式神を近づけると、役目を終えた式神を焼く。

 バンの後部座席は改造されており、座席は進行方向に向かってではなく、側面に向かい合うようにして付いている。

 椅子に座るリレーサ達に、床にはベイパーがうつ伏せで寝かせられている。もう一人分あるスペースにキリエはザックを寝かせると乗助手席に向かった。


 全員が乗ったことを確認すると初はバンを発進させた。同時に、レンガ程の大きさの携帯電話を手に取ると電話を掛ける。


「ターゲット二名確保。任務完了」

『分かった。清掃班を向かわすから場所を教えてくれ』


 訊いてくるのは女性の声。場所を伝えると初は電話を切り帰路に着く。

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