ガンゲーム1


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新暦一一三年 五月七日 七時○○分

帝都 ブレイズロック基地

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 ルーム6の基地は帝国に複数配置されている。帝国の首都である帝都にも当然配置されており、帝都にある基地はブレイズロックという帝都の中では田舎とされる地区に配置されていた。


 ブレイズロック基地の寮。

 七時と決まっている朝食の時間に初はスーツに着替えるとキッチンに向かう。

 部屋を出るとキッチンは直ぐで、聞こえてきたテレビの音に聞きながら作っていたのだろう。キッチンにはエプロン姿のシーナが居た。

 寮の食事は彼女が作ってくれている。


 配膳をするシーナに、テーブルには一人二枚のトーストにスクランブルエッグ、カリカリに焼かれたベーコンにフルーツとヨーグルト、コーンスープが並んでおり、飲み物にはコーヒーに牛乳、オレンジジュースが用意されていた。


「おはよう」

「おはようございます」


 キッチンの窓から見える晴れた空。

 初とシーナ以外はまだ起きて来ていないキッチンに、初が挨拶をすると気付いたシーナは顔を上げる。

 青空のような碧眼に、ほんのりと浮かべられた表情は優しげで、親しみやすさが感じられる。

短く切られた青髪に彼女が短髪にしているのは、お洒落ではなくここがそういう所だからだ。

 軍隊などでは女性は髪を短くするように言われる。ルーム6のような戦闘を主とするとことは特にで、理由は色々とあるがよく言われるのは長いと格闘のとき引っ張られたりするからだ。

規則で短くした髪に、それでも切れと言わる寸前のラインまで伸ばしてあるのは年頃の女子だからだろう。

しかし、シャツにカーゴパンツという組み合わせは男が選びそうな服装で女子っぽくはない。


「おはよう」


 どたどたといった足音にシャツにカーゴパンツや、シャツにジーパンとい言ったシーナと似たような恰好をしたリレーサ達が降りて来る。

その恰好が戦闘や訓練をする上でやりやすい恰好なのだ。

 寮では現在六人が生活している。


「誰かイヴァを起こしに行ってくれませんか?」


 現在キッチンに居るのは五人で。まだ降りて来ていない一人にシーナはまるで母親のように言う。


「起こして来る」


 寮は三階建てであり、一階が共有スペースと男性フロア、二階から上が女性フロアとなっている。

 そう言うと階段を上って行ったのはキリエだ。

 イヴァ・クロフトはブレイズロック基地の武器の管理責任者だ。

 現場には出ない人間だが、だからと言って早く寝られる訳ではない。銃が持ち出されている以上帰ってくるのを待たなければならず、リレーサ達は帰って来れば仕事終了だが、イヴァの仕事はリレーサ達が帰って来てから始まる。


「いただきます」


 寝ぼけ眼を擦りながら降りて来たイヴァに、全員が揃うと初達は手を合わせる。

 昨日あんなことがあったというのに美味しそうに食べる彼女達に、昨日のことが原因で食欲がないなんてことはない。

 実際シーナの作る物は何だって美味しい。


「初さんニュース報道されていませんでしたよ」

「そうか」


 七時にニュースは六時のニュースから七時のニュースになっていた。

 殺人事件は報道される。しかし、報道されていないという事は昨日の作戦は綺麗に隠蔽されたということだ。

 教えてくれたシーナに、横から聞いていたリレーサの頭には疑問点が浮かんでいた。


「ニュースってなんのニュース」

「昨日あんたが死にかけたアレよ」

「ああ、私が神回避からの神エイム極めたアレね」


 昨日の今日だ。昨日一番危険な思いをしたあんたが忘れてどうするの、とばかりに言ったエリシーに、リレーサも忘れていた訳ではない。疑問が解決したリレーサはまるでゲームの好プレイのように言う。


「それでは今日何するの?」


 尋ねたエリシーに、何が指すのはどういう訓練をするかだ。


「神エイムが出来たのはレトランジション出来たおかげだから、トランジョンの練習をしようかなーって思ってる」


 口に入っていた物を飲み込むとリレーサは答えた。

 昨日、弾切れになったアサルトライフルに、敵にサブマシンガンを向けられた時リレーサは死んだかと思った。あの時咄嗟にハンドガンが抜けたのは、トランジションの訓練を行っていたからだ。そして、それを体が覚えていたからだ。

 リレーサは日頃の訓練のおかげで今こうやって朝食を食べることが出来ている。

 トランジションの練習をやるのは、命を救ってくれた技術をもっと体に覚えさせる為だ。


「中? それとも外?」


 再度エリシーは尋ねる。中が指すのは室内射撃場で、外が指すのは屋外射撃場だ。

 室内射撃場は基地の中にあり、屋外射撃場はここから車で二○分程行った所にある。

 屋内射撃場と屋外射撃場の一番の違いはレンジの長さだ。室内射撃場は土地や防弾や防音などの関係からレンジの長さが限られている。一方屋外射撃場はレンジの長さが限られていない

 アサルトのリレーサとは違い、エリシーの役職はスナイパーだ。

 アサルトは交戦距離が短い為、短いレンジでもいいが、スナイパーは長い距離を狙う。中か外かを尋ねたのはエリシーの訓練メニューに関わるからだ。


「中でしようかな」

「なら私も中でしよ」

「ということでイヴァちゃん、私のライフルとハンドガン用意しといて」

「イヴァちゃんって言うな」


 向けられた視線に、起きて来たばかりのイヴァは不機嫌そうに言った。

 リレーサは親しみを込めてイヴァをちゃん付けで呼んでいる。が、イヴァがそれを嫌がるのは彼女がドワーフだからだ。

 リレーサとイヴァは同年代だが、人間のリレーサとドワーフのイヴァでは身長差が十センチ単位である。当然小さいのはイヴァの方だ。

小柄なイヴァをちゃん付けして呼ぶリレーサに、イヴァはそれが年下扱いされているようで好きではない。


「じゃあ何て呼べばいいの?」

「普通に名前」

「だからイヴァちゃんって名前で呼んでるよ」

「言い方が悪かった。普通に名前だけ」

「えー、可愛くないじゃん」


 リレーサとイヴァのそれは何度も耳にしたやり取りで、笑顔の溢れる食卓は日常と小さな幸せで溢れ出ていた。


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同日 八時三〇分

帝都 SMA3の本部

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 初は朝食を食べ終えるとシルバーレーンへと向かった。

 シルバーレーンは、国会議事堂や内閣府、外務省、国防総省などが集まる官庁街で、その近くには帝城もある。帝国の歴史や政治に関連する重要なエリアだ。

 シルバーレーンにはSMA3の本部もあり、初が向かうのはそこだ。


 建物に入ると向かったのはルーム6の室長室。

 扉を開け中に入ると革張りの椅子に座ったスーツ姿の女性が居る。

 アイナ・カイレスはルーム6の室長だ。昔は最前線で戦っていた、その為短くしていた金髪も、デスクワークするようになった今では前線から離れた期間の長さを物語るように腰の辺りまで伸びている。

「おはよう」出迎える声にそれは昨夜電話で聞いた声だ。


 昨日の任務は、ザックが帝国の機密情報を連邦のスパイに渡そうとしているからそれを阻止し、二人を捕まえろと言うものだった。

 初は昨日の報告を済ませるとアイナに尋ねる。


「どうして議員はスパイに情報を渡していたんだ?」


 ザックが連邦のスパイに情報を渡していたのは今回が初めてではない。調べた結果ザックは何十回も情報を渡していたことが分かっている。

上手にやっており尻尾すら見せなかったザックに、今回情報を渡していたことが分かったのはザックが機密の中に機密に触れようとしたからだ。


「最初はした汚職をネタに脅されて、そこからは情報を流したことをネタに脅されたんだと」


 汚職を働いていたザックにそれを知ったベイパーは接触すると要求をした。汚職のことを公表されたくなければ帝国の情報を持って来いと。要求された情報はザック程の地位の人間であれば簡単にかつ、ザックだとバレることなく入手できる情報だった。

その情報を持って来れば汚職のことは公表しないと約束したベイパーに、ザックは情報を持って行ってしまった。

 約束通りベイパーはザックの汚職を公表しなかった。ただ、ベイパーが簡単に手に入る情報を要求したのはザックが連邦のスパイに情報を渡したという事実が欲しかったからだ。

 入手が難しい情報であればザックは汚職が公表されることを悟り、自ら告白していたかもしれない。しかし、簡単な情報であれば自己保身の為に渡す。

 帝国では汚職の刑罰は懲役や罰金だ。対して、スパイ行為の刑罰は死刑。

 汚職を自ら告白していれば懲役か罰金で済んだが、情報を渡してしまった以上事が露見すればザックは死刑になる。

 そこからは入手が困難な情報ばかりを要求するベイパーに、生殺与奪の権を握られたザックはそれに応じるしかなかった。

 最初は小さな犯罪に手を染めさせて、その既成事実を使ってより大きな犯罪をさせる。反社のやり方だ。


「シェリーが殴ったら一発で答えたそうだ」


 シェリー・パークはアイナの秘書だ。

 SMA3の本部には一部の者しか知らない秘密の入り口がある。そこに昨夜捕まえたザックとベイパーを連行して来た初に、二人を待っていたのがシェリーだ。

そして、ここには居ないシェリーに、シェリーは今二人の尋問を行っている。

 パンチ一発で、といった感じアイナは言うが、シェリーは素手で人を殺せるタイプの人間なのだ。

それがナックルガードをして放たれる。そのパンチの威力は絶大だろう。

 初には、二発目を振るおうと拳を振りかぶったシェリーにザックが必死に分かった、話す、と静止を掛ける姿が容易に想像出来てしまう。


 机に置いていたタバコの箱に、アイナは一本取り出すと一緒に置いてあったジッポライターで火をつける。

昨夜キリエが式神を燃やしたように火をつける魔法は存在する。が、アイナは毎回ライターで火をつける。

 執務室には二つの文書が置かれている。一つがシェリーのザックの尋問の報告書で、一つが初の昨日の任務の報告書。

 紫煙を吐き出したアイナは視線を二つの文書に落とすと、その琥珀色の目を細める。

 目に留まるのは昨夜の廃工場でのザックとベイパーのやり取りだ。

 ベイパーはまだ自身の身分や、目的を話してはいない。が、分からなくても見る人が見れば分かるというものがあるように、二つの報告書によって裏付けされた内容に、アイナにはベイパー身分や、目的が分かる。

 ベイパーは恐らく連邦国家安全保障局、Federal Security Service略称FSSの人間。そしてベイパーの目的はあれについての情報だろう。

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