立入禁止とオウム返し
書き直したい部分があり、月曜日は投稿をお休みさせていただきました。申し訳ございません。
改めて、よろしくお願いいたします。
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「第四階層にライラが行きたいって言い出した訳じゃないなら教えられないな」
教卓にもたれて紅茶を飲むガイン先生。紫髪の魔族はさも当たり前と表現せんばかりの顔で喋り、私は数秒固まった。
今日も私と先生しかいない教室。この階層にかかった魔術は快晴を作り、開けられた窓から風が吹き込んだ。この風が魔術で生まれたものかどうかは、まだ私には分からない。
宙で揺らめくのは私の紫の炎。〈第四階層に行くには?〉の問い。
ガイン先生がふっと吐いた息は火文字を消して、私の目元を熱が撫でた。
「どうして急に第四階層の話を始めたのか……想像するにユニくんかな。あの子は探求心があるだろうから」
困った風に先生は肩を竦める。優雅にカップを回した手は穏やかなもので、頬の上がった口元からは鋭い犬歯の先が見て取れた。
「ま、ユニくんはまだ
〈行けない側?〉
温めた指先で綴った火文字。ガイン先生は細めた目を軽く動かし、愛想よく微笑んだ。
「第四階層に行けるのは、
風が吹く。
カーテンが広がる。
気づけば私は首を傾げており、ガイン先生は肩を揺らした。
捨てるように宙へ放たれたカップは、赤と青の炎に包まれて消えてしまった。
「他の子はまだ孵化させてないから行けない。言ったでしょ? 第四階層は
〈それは 屁理屈では〉
「そんなまさか。正当な意見だよ。卵の
指先の熱量が上がり、目の下が痙攣する。今頃野心のクラスでは、ユニが机を蹴り飛ばしているのではなかろうか。あの鋭いピンヒールで。
〈私は行ける?〉
「そうだね。でもライラにウェストポーチから出てもらわないと行けないよ。君だけの意思では許可できない」
〈パラスを引きずり出せと?〉
「そんな力づくはやめて。ライラが行ってもいいって気分だったら行けるって話なんだから。ライラが行きたくないなら行けないよ」
ガイン先生が深い紫の瞳を細める。私の腕には鳥肌が立ち、ウェストポーチから軽く火の粉がこぼれていた。
先生は、分かって言っている。暗に分からせようとしている。私の意思だけでは動けない。ライラの意思を最優先し、紫の魔人が「したい」と示したことしかできないと。
そこでは私の意見も意思も優先されない。私は
決定権があるのは、
私が文字を考える間に、ガイン先生は言葉を被せてきた。
「名無しちゃんとライラはセットなんだ。仲良くしてね」
机の縁に先生が指先を起き、前傾になったせいで紫の毛先が落ちてくる。
見上げた先で笑っているのは……確かに、魔族だった。
***
【 納得できない 】
〈わかってる〉
昼休み、食堂に行く道中でユニに捕まった。人の首根っこを掴んで気色悪い声を出す男は満面の笑みだ。言葉も声質も表情も合っていないのだからガタガタである。
私は指先から強めの火を出してユニの喉を狙ったが、彼が築いた水の壁に相殺された。真っ白な水蒸気を上げる私達に近づく生徒など皆無だ。
ユニは私を引きずり歩き、霧が立ち込める林に足を踏み込む。すると、前後不覚にさせる霧は渦を巻き、操る術者の元へ道を作った。
ピンヒールは青々とした芝生も枯れた地面も踏み潰し、灰色の人外、ノアの前に辿り着く。
【 第四階層にはイグニしか行けないとか言われるんだけど 】
「だからってそんな手荒に引きずってくるな」
明らかに溜息をついたノアは掌から砂を生み、ユニに向かって鋭く放つ。ユニは水の壁で砂を泥に変え、地面に泥山が出来上がった。
ノアは相変わらず呆れたような顔をし、鱗の両手を組んでいた。
「俺も第四階層には興味があったが、ヨドも同じことを言って教えなかった。
【 その言葉を律儀に守ってたのか、いい子ちゃん 】
「それ以外にどうしろって言うんだ。アデルも第四階層より上については答えないんだから」
【 ここにいるじゃん、今の時点で唯一いける
ユニが私の後ろ襟を引いて示す。あまり好き勝手される義理はないのだが、今回の内容に関しては私も気になるところなので抵抗を我慢しておいた。お昼ご飯を掴み損ねた手はモーニングスターを握り、脱力して揺れている。
ノアの赤い瞳と視線が合った私は、指先に熱を溜めた。
〈ライラが行きたいと思うか 今は分からない〉
【 行きたいと思わせなよ 】
私の目が自然とユニを見上げる。隈のある目元で焦点を合わせると、指は勝手に意思を綴った。
〈何に焦ってるの〉
【 ……は 】
〈いつものユニの冷静さがない 君は周りを一歩下がって見てる人だ〉
ぎこちない火の文字をなんとか書き切り、自然と深い息を吐いてしまう。
私の襟を掴むユニは微かに揺れると、首にある渦の痣を撫でる仕草をした。
声の負荷が変わるかと一応身構える。しかしユニの表情からはそういった感情が汲み取れなかったので、私がモーニングスターを振り上げることはなかった。
青みがかった白い瞳は自身のウェストポーチを確認し、水が踊る。
〈フィロルドが 孵りそうなんだ〉
緩やかな線で描かれた文字は、温度を感じさせないものだった。
その言葉は、パンデモニウムでならば喜ばれることなのに。
ユニの顔は全く明るくない。火傷の頬は固くなり、守るべき卵が孵らないことを望む目をしていた。
〈ライラを見て思った コイツらが生まれるのは ゲネシスにとって良いことじゃない〉
〈くわしく〉
ユニがよくする返しを綴る。白銀の少年は口を結ぶと、ノアの方へ目を向けた。
灰色の人外は指を振り、前置きなく地面が盛り上がる。形を変えた二ヶ所の地面は、まるでスツールのようだ。その一つにユニは私を座らせ、自分も腰を下ろしていた。
それぞれが三角形の頂点の位置に落ち着いた所を見計らって、砂が宙を舞う。
〈ユニの意見には同意する ライラが起きたことによって教師達にも拍車がかかってるが パンデモニウムの最優先事項はパラスだ〉
自然と疑問を浮かべてしまった私は、宙にゆっくりと火を描く。ぎこちない速度をノアは待ってくれた。ユニも急かすことはなく、私は指先を爆発させない。
〈それは 最初からでは?〉
ノアは軽く首を横に振り、砂が私の炎を包みながら返事をくれた。
〈最も崇拝され 最も大切にされるのがパラス だけど俺達ゲネシスもそうかと言われたら おそらく違うよ〉
〈守護者だからかな〉
〈それもあるだろうけど〉
赤い瞳はユニを確認する素振りを見せる。一人口元を手で覆っている白銀は、指先で火傷の頬を撫でていた。
感情を隠した白い瞳は、水に言葉を乗せている。
〈根本から パンデモニウムって場所は疑問だらけだ わざわざ違う世界から 色々な生徒を集める意味が分からない なんで第一や第二階層からゲネシスになり得る魔族を探そうとせず 時間と労力と金を使って 俺達みたいな存在をパンデモニウムに馴染ませようとするの〉
水の輪郭が震えている。私はユニで視線を固定し、彼に火を向けた。
〈それ バルバノット先生に聞いた?〉
〈聞いたけど それが習わしだとしか言わない〉
習わし。
私達は第十三期生。ならば憤怒の
顔も名前も知らない先輩達は、私達と同じように
ならばその先輩達は、
いや、そもそも
生まれて育って死んでいく。崇高な神様らしくない、そこだけ聞けば生き物らしい生態をしていると思うのだが。
一人考えを巡らせていると、砂がユニと私の前で形を取った。
〈フィオネは浮遊する時間が伸びた メルも食べる量が増えてる ユニも自分で気づいてるだろうが 一般生徒への八つ当たりが酷い〉
〈こっちの気も知らないで道を開ける負け犬に何しようが俺の勝手だと思う〉
〈だからって 今までは保健室が溢れるほどの動きはしてなかっただろ もっと周りを見て制御してたはずだ〉
砂の言葉に水が荒れる。ユニは鋭く指を振ったが、ノアの砂は勢いのある波すら食ってしまった。
重たい泥は浮き続け、暗い色で問いかける。
〈バルバノットに何を言われてる ユニ〉
微かに見開かれた、青みがかった白い瞳。きっと反射的に私の方へ向いた目は、いつもレースのカーテンを引いたように内情を読ませないのだ。
今も読ませないまま、分からないまま、ただただユニは私を見る。
だから私は火で綴ろう。不慣れながらも、問いかけよう。
〈自分を見失っちゃ ダメだよ〉
おそらく、ライラが孵化する前の私は、今のユニ達のようだったのだろう。
ライラをいつも頭の隅に置き、何か考える時はライラや
魔術が上手く使えるようになればいいのか。多くを罰すればいいのか。ライラの為にパンデモニウムを整えていたらいいのか。どうすれば、私はライラに相応しい
感情を読ませない白の瞳を見返した。
どれだけ彼の声が強かろうと、どれだけ周りを威嚇し、俯瞰しようと。
ユニだって、まだ子どもだ。
暴力だけの世界で、生き残る為に大人になろうとした、子どもなんだ。
〈無理やり大人にならなくていいよ〉
ユニの両目が、揺れる。
かと思えば、時間をかけて目元から力を抜き、白銀の少年は顎を引いた。
歪んだ火傷の頬は、いつも通り、気味の悪い声を吐いている。
【 ……真似っ子好きかよ オウムちゃん 】
……オウムってなんだ。
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