声質と失敗
【 俺、舎弟とか部下とか持ちたくない派の人間なんだよね 】
ユニ・ベドムに対する解像度がまだ低いのだが、彼が適度に自己本位で、結構自分勝手であることは知っているつもりである。
【 引きつれた奴の数で強さを示そうとするの、あれって馬鹿に見えない? 周りを他人で固めてどうするんだか。その中にはいつか刺してやろうって敵意を潜めてる奴が混ざってるかもしれないのにさ 】
彼の世界は
【 一人がいいよ。誰も周りにいさせない。ただ自分の強さだけを信じて、ムカつく奴は捻り潰して、近づかない奴は放っておいたらいい 】
暴力が支配した世界とはどういったものか。そこでは「成長する」のではなく「生き残る」と表現された。ユニの声は彼にとって最大の矛であり、最高の盾なのだろう。
火傷の痕を顔に抱えた少年は、痙攣しながら倒れる魔物の上に座っていた。羽も爪もある、一見すれば強そうな魔物である。
【 体はどれだけ鍛えられても、精神の強さはその者自体の素質だよ。だから残念。俺はお前達を側近になんてしないのでしたー 】
ユニの周りに倒れている魔物は目測だけでも十を越えている。道のど真ん中に出来上がった死屍累々の光景はアンバランスにアンバランスが掛け合わされてメチャクチャだ。
少年は銀の前髪を軽く息で吹き上げ、つまらなさそうに頬杖をつく。組まれた足は軽く揺れ、ピンヒールの踵が椅子となっている魔物の腹部を蹴っていた。
ユニが喋るごとに、道行く魔物も頭を下げていた魔物も倒れていく。中には踏ん張って耐え凌ぐ者や立ち止まって頭を下げ続ける者もいるが、ユニの眼中にはないようだ。
青みがかった白い瞳がこちらを向く。湊は肺の奥からため息を吐き出し、メルは折れそうなほど爪を噛んでいた。かく言う私は外していた耳栓を付け直す。
【 やっほー、三人お揃いじゃん。どしたの? 】
耳栓を突き抜けて鼓膜を揺らす声なんて潰れてしまえ。
私は曲がりそうになる背中を意地で伸ばし、寮生活によって慣れてきたユニの声を耐え忍ぶ。近づいて行ったのは湊で、彼がユニに何か言った後、銀髪少年は魔物から飛び降りた。
ユニが私に近づいてくる。湊が私に向かって謝罪のジェスチャーをする。片手を手刀の形で上げ、軽く目を伏せて。
【 湊がペア変わってくれるって! やったねイグニ、それじゃあ買い物行こうか! 】
満面の笑みでユニが私の頭を掴む。
目を見開いた自覚がある私は、謝罪のジェスチャーを続ける湊にモーニングスターを叩きこみたかった。
覚えたてのごめんなさいをここで使うな、純真箱入り少年。
***
駄々を捏ねるメルは湊が連れて行き、私は逆方向へユニに引きずられる。最悪だ。コイツの声は耳栓なんて関係なく侵入してくる。なんなら耳栓のおかげでユニの声だけがダイレクトに入ってくる。最悪。最低。帰ったら湊は殴らなければいけない。
しかし、あの緑眼が考えたことも分からなくはない。
あのまま四人で長く一緒にいるよりもさっさとペアになってその場を去るのが最善手。しかしメルとユニは一緒に行動なんてしないだろうから、このまま放置すれば娯楽エリアが血に染まる。
そうなった場合、ユニがペアになりたがっていた私と行動できるようにするのが有効手段。湊の思考は分かる。だが釈然としない。本当に釈然としない。強制的に生贄にされる気分はこんな感じだろうか。知りたくなかった。
【 イグニは課題用の武器買った? って、その様子じゃまだか。俺もなんだよね~、何買おっかな~ 】
襟を持たれて引きずられていた状況をどうにか脱し、ユニの左隣に並ぶ。すれ違う魔物が時々倒れるのは心地よくない光景だ。
こんな言葉の散弾銃、やはり罰するが正解だよな。
【 そもそもイグニは武器いるの? すでに持ってるよね。あ、でも魔術下手くそだから何かいるか。今のイグニって物理解決の暴君だけど、魔術が合わさると
悪かったな物理解決の魔術下手くそで。
返事の代わりにモーニングスターを振り切り、ユニの後頭部を殴打できないかと試みる。銀髪は容易くしゃがんで避けるのだから頂けない結果だ。
お返しと言わんばかりに、しゃがんだユニが地面すれすれの左回し蹴りを放ったので、私は軽くジャンプして躱す。嫌な縄跳びだな。足跳びか。
着地と一緒に膝を曲げ、重力に従ってモーニングスターを叩き落とす。ユニの脳天を狙った鈍器は上着の裾すら殴らず、彼は一歩を踏み出して立ち上がった。
左足を軸に回転したユニはボールを蹴るようなフォームで私の顔面を狙う。
私は足に力を込めて地面を蹴り、膝を抱えてユニの足を飛び越える。真上ではなく前方に跳ぶことを意識したので、頑張ればユニの顔面を殴れる気がした。
口元潰れて喋れなくなればいいよ。
振りをつけて重たいモーニングスターをしならせる。私とすれ違う形になっていたユニの口角は始終上がっており、最小限の動作で顔を横にずらした。顔ではなく鎖骨の間を狙うべきだった。
足を伸ばして着地した私はブーツで何歩か前に進む。ユニは蹴りの勢いでくるりと回り、元の進行方向へ戻っていた。
……やっぱり、まだ私にはユニを罰せるだけの力はないか。
【 そんなに怒らなくてもいいじゃーん。事実だし 】
〈好きで魔術が使えないわけではないです オンオフは少し出来るようになりましたし〉
【 それ、走れる人間に「掴まり立ちは出来るようになりました」って報告してるのと一緒じゃない? 】
畜生返す言葉もない。
倒したホワイトボードをユニの喉目掛けて振ったが【 はいはい怒らないでね赤ちゃん 】とボードを奪われる始末だ。眉間にぎりぎりと皺を寄せた自覚がある。
【
頭に乗せられたホワイトボードを奪取し、どうして魔術が発展しなかったのか一応考えてみる。私の独断と偏見であって事実は知らないが。
〈魔術もまた 言葉と同じく目に見えないからではないですか〉
【 気になる答えだね。詳しく 】
〈魔術は魔力の流れや過程が分からず 確認できるのは現象の結果だけ 火が付いた 水が湧いた 土が盛り上がった その過程や術式を知るのは使っている本人だけです〉
私はそこまで見せて一度ホワイトボードを綺麗にする。火で文字が書ければこの過程もいらないんだよな。コミュニケーションにもっとスムーズさが欲しい。
〈言葉も同じです その言葉を吐くに至った過程や思考を知っているのは使っている本人だけ だからこそすれ違いが起こり 分かり合えない部分が増えて争いの火種になる〉
また文字を消す。私が書くのを待つユニは無言のまま、真顔である。
〈もしかしたら言葉を封じる前の
だから全てを夢物語にしたのだ。キラキラ輝くおとぎ話。そうしてしまえば、魔術を使えるかもしれないなんて希望を誰も抱かないから。
夢は夢。娯楽は娯楽。それで終わる。埋めたものを掘り起こされる心配はない。
〈私の見解は以上です〉
書き終わったところでユニは黙り続ける。恐らく今の状況はバルバノット先生が望んだものなのだろうが、人の中身を見透かすような目は居心地が悪い。
ユニの青みがかった白い目は感情を読むのが難しい。私の世界にはなかった色というのもあるかもしれないが、彼の瞳には薄いヴェールでもかけられている空気感があった。
こちらのことは腹の底まで探ろうとするが、ユニのことについては隠し通すような感覚。狡くて嫌な色だ。
【 目に見えないから強いのか、強いものは目に見えないのか 】
呟いたユニは前に視線を移動させる。首の渦の痣に触れる予兆はなく、彼のピンヒールが石畳を的確に踏んだ。
今なら聞けるかな。
私はペンを持って書きかけた。〈その声も魔術ですか〉と。
しかし、聞いてはいけないと頭の奥で警鐘が鳴ったから。
問うのをやめた。
ユニという少年に対し、踏み込むのは危険過ぎる。
一歩踏み込むだけで地雷を踏むかもしれない。相手はこちらの領地を踏み荒らしてくるが、私も対等にしていいなんて許可は貰っていない。
【 聞かないんだ 】
前置きなくユニが口角を上げる。こちらを見下ろす彼の目は、ペアのくじ引きで引いた宝石――濁った白に見えた。
【 俺のこと 】
指が示した首の痣。醜く渦を巻いた黒が彼の声と関係していることは大いに予想できるが、そこには爆弾が眠っている気がしてならないのだ。
〈聞いて答えてくれるんですか〉
【 さぁ? 試してみれば? 】
私は意識的に瞬きし、ユニの双眼を凝視する。濁り湯を溜めたような白。弓なりに上がった口角。人懐っこそうに下がった目元。それらは、ユニ・ベドムを理解するには上辺すぎる。
〈爆弾を殴る趣味はありません〉
【 へぇ 】
火傷の痕を銀の毛先が撫でる。柔和なユニの目元にも銀色がかかり、彼の顔に軽く影を落とした。
【 賢い赤ちゃんだ 】
誰が赤ちゃんだ声帯圧制者。
眉間に皺を寄せて不服を示す。ユニはケラケラ笑いながら人の眉間を押したので軽く痛みを覚えた。
〈無駄口叩くのやめませんか 課題をさっさと終わらせて寮に帰りましょう〉
【 そう言われてもなー、俺武器も魔具も興味ないんだよねー 】
ピンヒールが石畳を蹴る。ユニの両手が上着のポケットに入る。
人の動作を見るのはコミュニケーションを見逃さない為に。心掛けて見るようにしてきたが、パンデモニウムに来てからは見る前に聞こえてきたのであまり役立っていない。
でも、ユニの動作だけは見ておこうと頭が選択する。揺らめく水のように掴みどころがないくせに、気を抜けば氷を踏み抜いた感覚に陥らせてくるのだから。
【 イグニは俺に合う武器なんだと思う? 魔具に関しては水の魔力よりこの声に合ったのがいいんだけど 】
相談のような雑談をされても。
コイツに何を持たせたって悪い方面にしか作用しない気がする。
私はそこで、一つの看板を見てしまう。音響関連のグッズを販売しているらしく、ショーウィンドウにはスピーカーやマイクっぽいものが置かれていた。
そういった音響関連の物は
かつては歌というものが存在したらしい。音階に乗せて言葉を発するとか。聞いたことないけど。
あれは、ユニが持つと駄目だろうな。
見なかったことにして顔を前に向けると、急に銀髪が視界に入る。反射的に足を止めると、満面の笑みを浮かべたユニに斜め前から覗き込まれていた。
……しまった。
ユニの手が伸びて私の頭を真上から掴む。無理やり回転させてくる強さはこちらの抵抗を無視し、私の視界には再び音響関連グッズが入った。
……。
首の痛みに耐えかねて、体も店の方に向ける。力の抜けたユニの手は私のポニーテールを掴んだ。
【 いいチョイスだと思う。いい子だね~、イグニ 】
ポニーテールが手綱の如く揺らされる。
さっさと進めと表現されている気がする。
ショートブーツが死ぬほど重い。踵が地面に刺さっているのではないかと錯覚する。それほどまでに行きたくない。
【 行くよ 】
髪を引かれて問答無用で歩かされる。
……私、災害ほう助の罪とかで罰せられないだろうか。
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