守護者対面編
駄々と集会
「はいはい今日は喜ばしい
絶対に嫌なことが起こると分かり切っている現場に誰が行きたがるのか。
先日、野心・軽蔑・愛執・悪食・虚栄・憤怒、全ての
はいそうですかで終わればいいものを「だから
向かっているのは学園の中で唯一浮いている建物。校舎の上空にある円形の建造物で、窓の数的には三階建てだと思われる。建物が浮いているのは天気と同じく
私は腕と足を鎖で雁字搦めにされた状態で地上の校舎を運ばれる。どうやって空中にある校舎へ移動するのかも説明されてないんですけど。説明書、説明書をください。
暴れる私を片手で抑え込むガイン先生は、重厚な扉の前で手をかざし、開錠された部屋に入る。地上の校舎の中では一番高い場所にある部屋だ。中には石の台座がある。
ガイン先生はウェストポーチからライラを出し、胸の前で拘束された私の手に無理やり持たせた。その流れで背中を押され、転びかけた私は台座にライラを乗せる。
「飛ぶよ」
え。
驚く間もなく足が浮き、浮遊感に襲われ、すぐに着地する。
突然の出来事に慌てる心臓を落ち着かせたくて、私は周囲に視線を走らせた。
部屋が、変わってる。
ライラを象徴するような濃い紫色の絨毯が敷かれ、鏡やチェストなどの小物が置かれた部屋だ。なにここ。
ガイン先生は結った毛先を払い、一つだけある扉に触れた。
「さぁ行くよ、名無しちゃん」
嫌だよ歩けないし。
鎖に巻かれ、台座とライラのおかげでなんとか立っている私を見たガイン先生は、今日もゲラゲラと笑っていた。
***
私とガイン先生が開いた扉は、この建物唯一の「玄関」なのだという。
この校舎は
と、いうことは。
「集会終わったら名無しちゃんはこっちにお引越しってわけ。よかったね!
今の部屋で十分だし、説明が足りてないし、取り敢えず一度口を閉じて欲しい。
私の肺がザラザラと粒だった感情で荒れ、喉が痛くなってくる。眉間から額にかけて頭痛も広がり、目つきが悪くなっている自信があった。
ガイン先生は鎖を回収し、私はライラを抱き締める。
腕を掴まれた状態で向かったのは「集会室」とプレートがかかった部屋だ。
扉が開かれる。
そこには既に、四人の
銀髪火傷少年・ユニと桃色好意少女・フィオネはともかく、もう二人の姿に私は少々驚くのだ。
一人は食堂で満漢全席を空にしていた眼鏡少女。彼女が悪食に選ばれたのは、なんとなく納得できた。
眼鏡と重たい前髪の奥から赤茶色の瞳が見える。かと思えば、鋭くとがった歯をチラつかせながら笑われた。ぬめりを帯びた視線に鳥肌が立つ。
……食堂で感じていた視線はこの子だったか。
私は刺激しないように目を動かし、銀色の尻尾に意識を向けた。
灰色の肌に捩じれた二本角。今日も布のマスクで鼻から首まで覆った、親切な人外。
ノアは私を見ると、いつも通り目元を下げてくれた。
……虚栄のアデル、
ユニは濃紺、フィオネは金、眼鏡の子は朱色、ノアは深紅。
私は赤紫のライラを撫で、ガイン先生に勧められた席に腰掛ける。右隣がユニ、左隣がノアだ。
ユニの反対側の席は開いており、おそらくそこが軽蔑の席。その隣はフィオネ、眼鏡っ子と続き、ノアに戻ってきた。
背後で鎖の音がする。私はドッと寒気を感じたが、それより早く足と上半身が椅子に固定された。
両足は完全に椅子の足に巻きつき、上半身は鳩尾と背もたれが一緒にされる。この担任が冗談で拘束するとか発言するはずがなかった。すると言ったらするのだ、この魔族は。
「俺達が最後かと思ったけど、まだ軽蔑組が来てないの?」
「そうだな。それよりお前は
「この子ちょ~っと集会には不向きな性格してるから! 逃げないように捕縛!」
ガイン先生に溜息を吐いたのは、ユニの後ろに立っている教師だ。全身が黒く光沢のある素材でできており、目の部分だけ薄青でアーモンド形になっている。絵物語に出るヒーロースーツがガイン先生と同じ教師服を着ているようなちぐはぐさだ。
声的に男性だと思うのだが、口がないので喋るタイミングが分からない。シュシュさんと同類だな。襟や袖口のラインの色は
私はユニがどんな顔をしているか見たくないので、なんとなくフィオネの方を見る。浅く椅子に腰掛けた少女は前のめりで両目を輝かせていた。
今にも喋り出しそうだが、やんわりと少女の肩に手が乗る。足首まである金髪を緩く編んだ、女性に見える教師だ。白い肌は輝いており、睫毛や瞳も全て金色。黒い服がこれほど似合わない人は他にいないのではなかろうか、というのが感想だ。
耳だと思われる部分に羽根がある教師は、唇に人差し指を当てる。フィオネは素直に頷き、満面の笑みで足を揺らしていた。
眼鏡少女の後ろに立っているのは小さな丸だった。大きな蜜柑を思わせるそれは体格に合っていない服をずるずると引きずり、時々体を伸ばす仕草をしている。スライム、という奴だろうか。
スライムの教師に眼鏡少女は一切視線を向けず、爪を噛んでいた。今日も細く折れそうな体躯だが、あのお腹には想像を絶する量の食べ物が入ると知っている。
私は流れでノアに顔を向けた。視線が合った爬虫類の目には、少し心配そうな色が浮かぶ。
おそらく私の拘束に対してだと考え、平気だと伝える為にゆっくり瞬きをしておいた。
ノアは狼の尾を自分の足に巻きつけて深く椅子に座り直す。尻尾があったら座りにくかったりするのかな。
ノアの後ろには彼以上に巨大な蛇が首を伸ばしていた。白い鱗に赤い瞳。羽織るタイプの服を巻き込みながら体を丸め、部屋を静観している。
どこも担任の圧が強くないか。
野心のクラスは全身黒いプレートアーマーの異形。
愛執のクラスは女神か天使の化身。
悪食のクラスは蜜柑を彷彿とさせるスライム。
虚栄のクラスは白い鱗の大蛇。
それぞれ種族が違うのだろう。魔族のガイン先生がまだマシに見える。初対面でスライムやら天使やらが現れていたら私はもっとパンデモニウムの理解に苦しんでいたと思うから。
ガイン先生は私のお団子を撫でる。今日はお団子ハーフアップに簪スタイルだ。モーニングスターを没収されることは最初から分かっていたのだから、簪くらいは許して欲しい。
誰も喋らず待機している室内。この静けさのまま終わってくれるなら私のフラストレーションも溜まらないと思うんだけどな。
しかしここはパンデモニウム。
私の常識は非常識。
最後の
全身に包帯やガーゼをつけ、松葉杖をついている重傷者。黒い散切りの短髪で、顔も八割が包帯を巻いた男子生徒。片腕で抱えた深緑の卵が落ちないか不安になる体勢だ。
彼の後ろから入ってきたのは真っ黒な肌に灰色の包帯を巻きつけた異形。長いコートの裾からは包帯の端が飾りかスカートのように揺らめいて、足は無さそうだ。
「すまない、遅れてしまったさね。ゆっくりゆっくり来てしまったさね」
喋ったのは担任の方。どこかこもって輪郭の取りづらい声に私の眉は痙攣し、ガイン先生に肩を揉まれた。落ち着こうねって言われている気がする。
重傷の
包帯と前髪の隙間から見えた両目は濁りの無い緑色をしている。
「さて、それじゃあ揃ったね!」
音頭を取ったのはガイン先生。私は部屋の中央に視線を向け、痛む胃と頭でどうにかなりそうだ。
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