15.親密度が上がって良かったけど

 次の日の放課後、ノエルはユリウスの研究室に向かっていた。


(昨日、勝手に帰っちゃったから、ちょっと気まずい)


 行かないでおこうかとも考えたが、明日以降がまた気まずくなる。仕方なく、ノエルは研究室のドアを開けた。


「こんにちは。ユリウス先生、今日は何か、やることありますか?」


 いっそ先に声を掛けてしまおうと、言いながら姿を探す。

 いつもの椅子に腰を掛けていたのは、マリアだった。


「ノエル、お邪魔しています」

「マリアがユリウス先生の研究室に来るなんて、珍しいね」

「うん、講義の後、声を掛けてもらってね。ここに来るように言われたの」


 マリアが心なしか緊張しているように見える。


「そうなんだ。特別授業かな?」

「わからない。ノエル、隣に座ってて」


 促されて、とりあえず座る。

 ソワソワしているマリアを眺めながら、考えを巡らした。


(もしかして、昨日あんなこと言ったからかな?)


 昨日のユリウスとの話を思い出し、ノエルは立ち上がった。


「やっぱり、私は……」

「やぁ、マリア。よく来たね」


 ユリウスが書斎から顔を出した。ノエルを一瞥すると、マリアの向かいに腰掛ける。


「ノエル、座らないの?」


 ユリウスはノエルに目もくれず、マリアに向き合っている。


「いえ、今日は寮に帰ります」


 荷物を持ち挙げ、出口に向かう。


「そう、わかった」


 ユリウスからは、それ以上の言葉はなかった。

 寮に繋がる渡り廊下を歩きながら、考えを巡らす。


(マリアと仲良くする気になったのかな? どういう心境の変化だろう。マリアに中和術を仕込んでくれるとか? でも闇魔術師のユリウスじゃ、光魔術の中和術は教えられないし……)


 ノエルは思考を放棄した。


「何でもいいや。マリアとユリウスの親密度が上がってくれれば、友情エンドの保険になる」


 呟いた言葉は、まるで自分に言い聞かせているようだった。



 それからも、学内でマリアとユリウスが一緒にいる姿を何度か目にした。

 講義のあとや、放課後に二人で楽しそうに話をしている。

 一度は一緒に昼食をとっている姿を目撃して、マリアを誘うのを断念した。

 

(突然、マリアに興味を持ったのかな。私の話が功を奏したってことか?)


 不思議なのは、時々そこにアイザックが混じっていることだ。アイザックは談話というより、真剣にユリウスの話を聞いているように見えた。


(アイザックルートのユリウスは、二人が『呪い』を調べている時にアドバイスをくれるんだよね。解呪についても協力してくれる。今は、そんな感じなのかな)


 だったら、邪魔はできない。ノエルは意識してユリウスを避けるようにした。



 放課後、ユリウスの研究室に行かなくなると、時間ができた。その分、クラブ室に通うようになった。

 

「ここの所、毎日クラブに顔を出すね。ユリウス先生は、いいの?」


 ロキに声を掛けられて、気まずい気持ちになる。


(クラブを立ち上げてから、あんまり来てないからなぁ)


「最近、あまりやることがないから、行っていないんです」

「だったら、調べ物を手伝ってくれないか?」


 レイリーがノエルに茶を出しながら、声を掛けた。


「レイリー、そういうのは私がやりますから」


 慌てて立ち上がる。

 貴族の御令嬢に茶を淹れさせるなど、平民の立場では、あってはならない。


「いいんだ。私がやりたくてやっているんだから。美味しいお茶を自分で淹れられたら、好きな時に楽しめるだろ」

「レイリーなら、好きな時に淹れてもらえるでしょう」


 ノエルは、溜息交じりに返事した。

 使用人を何時に叩き起こして茶を淹れさせても良い立場の人だ。


「本当は違うんだよ、ノエル。レイリーはリアムに美味しいお茶を淹れてあげたくて、練習しているんだよ」


 訳知り顔のロキが、ニシシと笑う。


「別に、それが目的ではなくて! ついでにリアムにも美味しいお茶が出せるだろうとは、思うけど」


 取り繕うレイリーの頬が赤い。


(レイリーのツンデレ激可愛い。照れる顔とかマジ尊い)


 レイリーに見惚れながら、耳を赤くしているウィリアムを視界の端に発見する。何食わぬ顔で本に目を落としている姿がまた、可愛い。


(マリアがアイザックルートで良かった。ウィリアムルートだったら、こんな風に照れ合う二人の姿は見られなかった)


 ノエルまでニヤニヤが止まらなくなる。

 レイリーが淹れてくれた紅茶を一口、含んだ。


「美味しいです。これならきっと、ウィリアム様も気に入ってくれますよ」


 レイリーを見上げる。

 さっきより頬を染めて、レイリーが目を逸らした。


「だから、そうではなくて……」

「ノエル、悪いが図書室で本を借りてきてくれないかな」


 言葉を失ったレイリーの助け舟は、ウィリアムが出した。

 差し出されたメモを受け取る。


「わかりました。冊数が多いから時間がかかるかもしれませんねぇ。ゆっくりじっくり探してきますね」

「だったら、俺も行く。重い本をノエルに持たせるわけにはいかないからね」


 ノエルの意図を察して、ロキが立ち上がった。


「待て、図書室なら私も一緒に……」

「ダメだよ。俺がノエルと図書室に行きたいんだから。二人はゆっくりイチャイチャしててよね」

 

 ロキがぴしゃりと断って、ノエルの手を引きクラブ室を出た。

 ちらりと覗いた二人の顔は、赤くなっていた。


(さすが乙女ゲの世界。恋の要素は、どこにでも落ちているな)


 主人公以外でも、恋愛しているキャラはいる。特にウィリアムとレイリーは、どのルートでもラブラブだ。ウィリアムルートを選ばない限り、二人は必ず結ばれる。


(推しのレイリーの照れ顔尊い。また是非ウィリアムをいじろう)


 決意と共に拳を固めた。


「ノエルが来てくれるようになって良かったよ。最近、アイザックとマリアも来ないから、俺、居心地悪かったんだよね」

「ああ、それは辛かったですね」


 あの空気の中に一人で混じるのは、ノエルでもしんどい。


「ねぇ、敬語やめない? 俺たち同級生なんだし、学院内では身分も関係ない。俺もっと、ノエルと仲良くなりたいんだ」


 無垢な笑顔を向けられて、思わず目を眇めた。


(ロキの素直な笑顔は、お姉さんには眩しいよ)


 ノエルの年齢は十六歳だが、中身は二十四歳だ。実際、光っていないのに眩しさを感じる。


「わかりま……、わかった。じゃぁ、お言葉に甘えるね」

 

 ロキが嬉しそうに頷いて、ノエルの手を引く。


「手を繋がなくても、歩けるよ?」

「繋いじゃ、ダメ?」


 小首を傾げられて、ダメと言えなくなる。


「ノエルの手は小さくて包み込めちゃうから、握っていたくなるんだ」


 そういえば最初に会った時にも、ロキには手を引かれていた。

 返事がないのを肯定と取ったのか、ロキはノエルの手を握ったまま歩き出した。


(ま、いっか)


 図書室へ向かう角を曲がると、中庭を挟んだ向こう側の廊下にユリウスの姿を見付けた。こちらに背を向けて立っている。

 反射的に足を止めた。


(まずい、最近、研究室に行ってないから、顔を合わせずらい)


 気が付いたロキが、ノエルの視線の先を追った。


「ユリウス先生とマリアだ。珍しい組み合わせだね」


 ロキに言われてよく見ると、ユリウスに隠れていたマリアの姿が見えた。


「早く、行こうか」


 ノエルはコソコソと歩き出した。

 ユリウスの視線がこちらに向いて、ぎくりとする。


「そうだね、早く行こう。ノエルと二人でゆっくり調べ物がしたいからさ」


 ロキがノエルの手を放して、腰を抱いた。驚いて見上げると、反対の手で手を握られた。体がやけに密着している。


(なんだ、なんだ、なんだ⁉)


 ノエルたちを眺めていたユリウスが、マリアの肩を抱いた。そのまま反対方向へ歩いて行ってしまった。


(ユリウスとマリアは順調に仲良くなっているみたいだな)


 去っていくユリウスを確認して、ロキが体を離した。


「やっぱり歩きづらいから、手を繋いでいこうか」


 さっきと同じようにノエルの手を握る。自然と、ロキの手を握り返した。


「そんな顔、するくらいなら、はっきり聞いた方が良いと思うよ」

「え?」


 ロキを見上げる。少し寂しそうな笑みを向けられた。


「何でもない。俺はノエルが毎日クラブ室に来てくれた方が良いから、今のままでもいいけどね」


 ロキがノエルの手を引いて歩き出す。

 ロキの言葉に答えることも、手を振り解くこともできずに、ノエルは廊下を歩いていた。

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