14.ユリウスと喧嘩しました

 ウィリアムたちとの話し合いから二日後。

 ノエルはユリウスの研究室に来ていた。

 ユリウスの言付けで、放課後は毎日通っている。更に週に一日、終日を研究室に宛てる日がある。今日がまさに、その日だ。

 とはいえ、やることは特にない。

 ユリウスには好きに過ごしていいといわれている。

 ノエルは魔法史の本を読みながら、チラチラとユリウスを窺った。


「なぁに、どうしたの?」


 ニコニコしながら問い掛けるユリウスは、ノエルの隣に座って、本を読むノエルを観察していた。


「……先生は、何をしているのでしょうか?」

「ノエルの観察」


 当然のように言い切られてしまった。 

 ユリウスは魔力観測ができる。闇魔術師の能力だ。

 ノエルの何かを、まじまじと見ているのだろう。


(何を見ているか知らないが、居心地悪いし、気持ち悪い)


 無視できる視線でもないので、仕方なく話しかけることにした。


「クラブの件ですが、顧問に就くと言い出したのは意外でした。ユリウス先生はそういう面倒な仕事は、やりたがらないと思いましたけど」

「だって、その方が動きやすいでしょ。僕は教師だから顧問の立場でしか関われないけど、一番無難な形だと思うよ」


 ノエルの諦めで発足が決まったクラブは、「史跡調査クラブ」と相成った。

 呪いの解明には魔法を知るところからと、ユリウスはメンバーに魔法史の勉強を提案した。

 あまりにも真面な提案に驚いたのは、ノエルだけではなかった。


(誰にとっての無難、なんだろう。動きやすいっていうのは、私だろうか。ユリウスだろうか)


 先日の一件で、ユリウスがノエルに執着しているのは、よくわかった。


(モブに執着とか非常事態だ。何としてもマリアに興味を持ってもらわないと)


 と焦る一方で、一つ疑問がある。

 ユリウスが本当に『呪い』に興味があるのか、ってことだ。


 この国において、呪いを個人で研究する者は少ない。

 呪いは人々にとって忌みであり、声に出すことも憚られる、というのが一般的な認識だ。基本的に教会管理の案件である。


(暗黙の了解で国民が呪いを忌諱するよう仕向けているのも教会なんだけど、それは今は良いとして)


 もし、ユリウスが呪いに興味を持つとしたら、きっかけは主人公マリアだ。ゲームの中では、呪いを解き明かしたい主人公に対してユリウスの方から協力を持ちかける。


『僕が助けてあげる。だから君は、僕のものになってよ』


 といった具合で、マリアに迫る、はずなのだが。

 本に隠れながら、もう一度ユリウスを窺う。


(マリアとの親密度が上がるにつれ、ユリウスは呪いの解析に、どんどん積極的になっていくんだけど。親密度、そんなに高そうに見えないんだよなぁ)


 仲が悪そうには見えないが、教師と生徒以上ではない。といか、ノエルを間に挟んで会話している感さえある。

 何よりの危惧は、マリアがアイザックルートにいるのに、ユリウスが現時点で呪いの解明に乗り気である事実だ。


(アイザックルートのユリウスは心強い協力者。だけど、親密度を上げないと協力してくれないはずなんだよなぁ)


 この展開はもう、シナリオから外れている。


(そもそもクラブ自体が、シナリオにはない設定だよ。次の展開読めな過ぎて泣きたい。本当にちゃんとエンディングに辿り着けるのかな)


 シナリオの細かい展開がズレたり新規イベントが発生するのは、ノエルが生きている以上、仕方がないと割り切った。

 原作者的に不安だし悔しいし泣きたくなるけど、仕方ない。


(大事なのは、世界が破滅しないエンディングを迎えること。そこに尽力するしかない)


 幸いなことに、世界観や人物設定には破綻がない。大枠が盤石なら、細かな部分は自ら体を張ってシナリオを修正していけばいい。


(まずはユリウスとマリアの親密度を上げる。ゲームならゲージでバロメーター確認できるけど、現実にはそんなもの、存在しないからね)


 すぃ、とユリウスの手がノエルの胸に伸びた。


「ひぃ! 何するんですか。変態ですか」


 体を仰け反らせると、ユリウスがずぃっと迫ってきた。


「君の中の魔石を確認しているんだよ。強く生きたいんでしょ? それとも、ノエルは僕にいじめられたいのかな。ほらほら、痛くしないから、じっとして」


 背中に手を回されて、動きを封じられる。

 仕方なく、ユリウスの手が胸に乗るのを渋々我慢する。


「ふぅん、うまく馴染んでいるみたいだ。魔力の核と融合しかかっている。これなら死ぬことはないよ。良かったね」

「それって、どういう状況ですか? 取り出したりは、できないんですか?」

「取り出すつもりは最初からないよ。メリットがない。それより意外なのは、魔石が君にとって良い方向に作用しているって事実かな。大変興味深いね」

「良い方向ですか。具体的には、どんな風に?」


 ユリウスがノエルの手を取る。

 手のひらに魔法属性が表示された。


「相変わらず闇属性特化だけど、他の属性の適性値も上がっている。つまりは、魔力量が増えたってこと。一番意外なのは、光属性の適性値が桁上がりなんだよね」


 確かに、闇属性には至らないが、他の五属性の中で光属性が一番値が高い。


「まるで魔石が君を守っているみたいだね」


 ユリウスが独り言のように呟く。


(魔石は本来、ストーリーに深く関わらないし、世界観の補助程度に作った設定だから、詳細を詰めてはいないんだよね。多分、ユリウスの方が私より詳しいだろうな)


 魔石だけではない。

 ふわっと作った設定に関しては、この国で生きている人たちのほうがノエルよりずっと詳しいだろう。原作者とはいえ、世界の総てを詳細に設定し把握している訳ではない。


(私は、原作者だけど、神様ではない。この世界が現実である以上、知らないことがあるのは当たり前だ)


「ねぇねぇノエル、闇属性と光属性、やっぱり両方伸ばしてみようよ。同等に使いこなせたら便利だと思わない?」

「無理ですよ。そんな魔術師、この国にはいないでしょう?」


 実際は、いないわけではない。

 だが、その事実は秘されている設定なので、ノエルの口から言う訳にはいかない。


「本当に、いないと思う?」


 ユリウスがノエルの瞳を覗き込む。

 悪戯を仕掛ける目を、顔を背けて振り切った。


「私は、知りません」

「本当に?」


 詮索の目が追ってくる。


(この人は、私から何を聞き出したいんだろう)


 ただ、ふざけているだけなのだろうとは思う。ユリウスはこのゲームの攻略対象キャラであって、ナビゲーターでも何でもない。


(ユリウスがことは、知っている。でも、それをノエルが知っていちゃ、いけないんだよ)


 目を背け続けるノエルに飽きたのか、ユリウスが顔を離した。


「闇魔法と光魔法、両方使いこなせば中和術が使えるようになるのになぁ」


 魅力をプレゼンしています的な顔をするユリウスに、げっそりする。


「だからそれは、禁忌の術式ですよね。絶対嫌ですってば。仮に挑戦するにしても、私には無理ですよ。そんな才能はありません」


 この国でも、成し得た術師は古代神話以外で一人しかいない。それくらいレア魔法なのだ。モブのノエルに使いこなせるわけがない。

 それに、ノエルの魔力や適性が稀有な状態になっているのは、あくまで魔石の影響だろう。ノエル自身の天性ではない。


「魔法原理と術式を知っているだけで、魔法が使えるのに?」

「だから、イメージに自信があるだけです」

「イメージだけじゃ魔法は使えないよ。それに、知っていると出来るはイコールじゃない。君はそれを才能だとは思わないの?」


 ユリウスの言いたいことはわかる。公式を知っているから問題を総て解ける訳じゃない。努力も鍛錬も慣れも必要だ。

 ユリウスの言う通り、もっと自信を持つべきなのかもしれない。


(私が自在に魔法を使えるのは、神様が言った転生特典なんじゃないかな)


 どんな特典とも言っていなかったが、これくらいしか思いつかない。

 だとしたら原作者無双的に魔法が使えるのかもしれないが、調子に乗る気にはなれない。


(時間をかけた努力の裏付けがない能力なんて、すぐに破綻する)


 色んな意味で貧乏性な自分は、そう考えてしまう。


「療養中は本を読んで魔法の練習もしていました。そのお陰じゃないでしょうか」


 胸の内を総て吐露する訳もいかない。

 ぶっきらぼうな言い方になってしまった。


「自ら努力をして、更に継続できるのは、それだけで才能だよ。そういう君にだからこそ、お勧めしてるんだけどね」

「私じゃなくても。中和術を覚えるのは、私じゃなくても、良いですよね。光魔術師のマリアならきっと習得できるはずです」

 

 物語が問題なく進めば、マリアはイベントで自然と中和術を習得する。


(私が覚える必要はない。マリアが使えれば問題ないのだから)


「僕はノエルに話しているんだよ。マリアの話はしていない」


 真っ直ぐに見詰められて、思わず顔を背けた。


(その目は、狡い。期待されていると勘違いしてしまう。それは本来、マリアに向けられるべき期待だ)


 モブのノエルが何をしようと世界の滅亡は止められない。モブにできることは、主人公のサポート、裏方に徹することだ。


(いやいや、期待ってなんだ。そもそもユリウスに期待されても嬉しくない)


 毎日のように構われているから、感覚がおかしくなっているらしい。

 ノエルは、自分の頬をパンと叩いた。


「先生の期待は、マリアに伝えるべきです。光魔法なら、合法的に中和術が使えます。禁忌に触れる事態にはなりません」

「どうしてノエルは、マリアに拘るの? 僕とマリアをそんなに仲良くさせたい?」


 痛いところを指摘されて、言葉に詰まる。


「マリアには、才能があるから。伸びる可能性がある生徒を伸ばすべきかなって、思うというか」

「才能ならノエルにも十分あるよ。前から言っているよね? 君は直観力があるし、頭の回転も速い。知識欲も高い。伸びしろがあるんだよ。自分を卑下しすぎるのは、かえって失礼な行為だよ」


 至極真っ当なことを言われて、何も反論できなくなった。


「ノエルは、何がしたいの?」


 したいことなら、決まっている。この世界を滅亡から救いたい。その為にシナリオに沿った展開を補助する。それがノエルがこの世界ですべきこと、だ。

 自分が作った世界を守るために、今はマリアとユリウスの親密度を上げておきたい。


(でもそんなこと、言えない。ユリウスが何をどこまで知っているか知らない。だからこそ、下手なことは言えないんだ)


 言訳が見つからず黙り込む。

 ユリウスが小さく息を吐いた。ノエルの頭を、さらりと撫でた。


「僕は君と出会ったばかりだ。無理に何でも話してもらおうとは、思わない。ただ、もう少し自分に自信を持った方が良いと、そう思っただけだよ」


 ユリウスの手がノエルから離れる。そのまま奥の書斎に入ってしまった。

 安心したが、なんだか、不安になった。


(いつも鬱陶しいくらい粘着質だから、引かれると、なんか調子狂うな)


 まるで興味が失せたといわれたようで、少しだけ悲しくなる。


(いや、悲しくなる必要はないだろう。私への興味が削がれればマリアに目が向くだろうし、それが一番だ)


「そういえば今日はまだ、魔力を貰っていない」


 毎日交わされるお決まりのキスは気が重かった。ないなら、それに越したことはない。けれど、寂しい気持ちになるのはどうしてだろう。


(恋愛経験少なすぎて、わからない。ていうか、そもそも恋愛も何も関係ない口移しなんだよな、アレは)


「今日は、帰ろう」


 魔法史の本を持って、ノエルは研究室を出た。







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