4.頭突きしたら溺愛された

 悪い人でないことは、自分が一番よく知っている。

 自分が作ったキャラなのだから、当然だ。

 しかしそれは、相手が主人公の場合であって、モブ相手ではない。だからユリウスを一概に信用するのは危険ではあると思う。


 咳払いして、気を取り直す。


(飲まれちゃダメだ。とりあえず、さっきの出来事キスは忘れよう)


「えっと、あの。聞いてもいいですか?」


 以前、壁際に追いやられた状態のまま問う。


「何?」


 ユリウスもまた、追い込んだ状態のまま、普通に返事する。


「何故、私の体に魔石が入り込んでしまったのでしょうか?」

「何かの、どさくさだろうね。魔石は、ノエルが欲しいといったから、僕があげたんだ」


(どさくさって。つまり、わからないってことか) 


 ユリウスのいうノエルは、自分が入り込む前のノエルだろう。

 欲しいと言われてすぐに与えられる代物でもないはずなのだが。


「何故に、魔石を欲しがったのでしょう?」

「何故だと思う?」


 質問に質問で返された。面倒くさい。


「魔石で少しでも魔力を戻して、『呪い』に備えたかったから? そもそもノエルは、本当に呪いで死んだのですか?」

「どうして、そう思うの?」


 ぐぬぬ、と口を噤んだ。


 この世界にはびこる『呪い』は精神操作と魔力封印を併せた闇魔法だ。大昔、強力な闇魔術師が残した負の遺産で、呪いに罹る人間も無作為なため病のような扱いをされている。

 もしノエルが『呪い』で死んだなら、精神操作で自殺したか、魔力量が尽きて魔力の核が砕けたかの、どちらかだ。


(核は砕けていない。飛び降り自殺はユリウスに助けられて無事だ。つまり、呪いの被害者じゃないってことなんだけど)


 この世界で『呪い』は現時点で解明されていない。それは主人公たちが、これから始めなければならない物語だ。

 ここで、話すわけにはいかない。


「魔石の影響って可能性も、あるかな、と。ノエルもやっぱり、魔力量が多かったんですか?」

「いいや、全然。属性は土と風だったし、今の君とはまるで別人だったよ」


 ぴくり、と眉が上がった。

 考えてみれば、ノエルはモブだ。そもそも設定的に魔力量が多い訳がない。


「だとしたら、魔石が死因である可能性が高いですね」


(ということは、呪いと関係ない自殺かもしれないってこと? でも、この体に『呪い』の異物感はない。どういうこと……?)


 『呪い』の正体は魔術だ。罹っていれば、魔力がある人間なら誰でもわかる。


「ノエルは魔石のリスクについて、知っていたんですか?」

「さぁ? 僕は話していないけど」


 目線を上げる。

 ユリウスは、変わらぬ表情でノエルを眺めている。


「魔力を吸われるリスクとか、魔獣化のリスクとか、話していないんですか?」

「魔獣化したら責任もって殺してあげようと思って、闇魔術の魔獣化で待機していたんだけどね。そのお陰で、君を助けてあげられた訳だけど」


(そりゃぁ、話していないって言ってんのか? 責任取る場所、間違ってんだろ)


 ユリウスの言い方は、ノエルを助ける気はなかったが、今の自分を助ける気はあった、とも聞こえる。


「ノエルと、仲が良かったんですか?」

「いいや。魔石が欲しいと言って来た、一度きりしか会っていないよ。どんな子かも知らない」


 さっきからユリウスは、質問されるのを楽しんでいるように見える。


(つまりは、なんだ。知らないノエルが魔石で死んでも、どうでもよかったと。ユリウスは何故か私が転生してくるのを知っていた。ノエルより次の魂の方に興味があった、だから見殺しにした、ということか)


 考え込んで瞑っていた目を、ゆっくり開く。


「ユリウスさん」

「なぁに?」


 近づいた顔に思いっきり頭突きをかました。

 形の良い鼻から、たらりと、鼻血が流れる。


「弱き者の痛みを思い知れ! この残念イケメンが!」


 確かに、ユリウスは変わり者ポジションのキャラだ。魔術にしか興味がないので「変人魔術師」と陰で噂されている人物だ。

 それでも、恋心が芽生えると命懸けで助けてくれたり尽くしてくれるキャラだし、何より賢さと優しさはちゃんと設定に組み込んだ。


(仮にも乙女ゲームの攻略対象キャラなら、乙女を大事に扱えよ。原作者お母さんはそんな風に育てた覚えありません!)


 鼻息荒く、ユリウスを見下す。

 ユリウスは血が流れる顔に手を添えて、呆然としていた。


「ノエル、血が出た」

「そうだな、痛みを噛み締めろ」


 冷たく言い放つ。

 お仕置きの気持ちが籠った頭突きなので、労う気はない。


「血が出たよ! ノエル~」


 ユリウスが歓喜の表情で抱き付いてきた。


「えぇ⁉」


 慌てて体を離そうとしても、腕が絡まるように背中に回って逃げられない。


(何、この人! M要素なんか入れてないのに!)


 気持ちはドン引いているのに、体の密着度が半端ない。


「僕が血を流すなんて、何年振りだろう? 子供の頃以来かもしれない。ごめん、ノエル、僕は君を舐めて掛かっていたかもしれない。思っていたより、ずっと逞しいんだね」

 

 顔を擦り付けてくるので、血が付きそうになる。何とか押し返す。


「謝るなら、ノエルに謝ってくださいよ」


 ノエルの死因が魔石だったら、ユリウスが殺したようなものだ。


(でも、それ以前に私は、シナリオの中でノエルを『呪い』で殺している)


 ユリウスのことは責められない。殺意でなくても、殺すつもりで書いている時点で、自分の方が慈悲がない。


「いいや、今のノエルは、君だよ。ここで生きると決めたなら、自分がノエルだと自覚しなきゃいけない。でないと、周囲は騙せない」


 ユリウスがノエルの鼻を摘まんだ。

 

「ユリウスさん、神様に会いましたか?」

「? 神様って、精霊国神話の? それとも、女神フレイヤの話? 死なないと会うのは難しいんじゃない?」

「いや、今ので大体わかりました」


 どうやら、自分の身の上を話したのは、あの小さい爺さんではないらしい。だが、ユリウスに『この世界を救う英雄が現れる』と話した誰かがいる。もう一人、ノエルの事情を知る人物がいるということだ。


(ユリウスの口を割らせるのが早いか、探し出すのが早いか)


 ちらりとユリウスの鼻を見やる。イケメンの顔に似つかわしくない血の汚れ具合だ。

 ノエルは手を翳し、治癒魔法をかけた。


「ノエル=ワーグナーとしての自覚を持って、生きてみます」


 今は素直に言うことを聞いておこうと思った。


(あとはまぁ、ちょっとは悪かったなと思わないこともない)


「習う前から魔法が使えるの? 光魔法の治癒術は、それなりに難易度が高いんだけど」


 探るような好奇の目が迫る。


「魔法原理と術式は頭に入ってます。あとはイメージで何とかなります。小説家は妄想スペック高いんですよ」


 ユリウスの目が嬉しそうに笑んだ。


「君を助けて良かった。これで当面、面白い生活ができそうだ。今日から君は僕のものだよ、ノエル」


 胸に抱きかかえられて、大きな不安が広がった。

 この先、変人魔術師のモルモットになる未来が、ちらちらと見えて、溜息しか出なかった。









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お楽しみいただけましたら、♡や★していただけると嬉しいです。

次話も楽しんでいただけますように。

お読みいただき、ありがとうございました。        (霞花怜)

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