3.変人魔術師ユリウス=リリー=ローズブレイドの詰問

 目を開けると、最初にいた寮の部屋に戻っていた。

 椅子に腰掛けたユリウスが、こっちを眺めていた。


「じゃぁ、話を始めよう。早速だけど、君は誰だい?」

 

 ユリウスの目が細まり笑みを消した。探るような鋭い眼だ。

 その目を無視して、姿見に駆け寄った。


(ノエル=ワーグナーなんて登場人物、私は作ってない。でも、神様はモブっていった。つまり、物語に関わりが、多少なりともあるモブってことだ)


 物語に関わりがない人物はモブですらない。


「この……」


 鏡に映った自分を上から下まで、まじまじと確認する。


(『呪い』のせいでバルコニーから落下して死ぬマリアの友人だ。序盤で死ぬから、名前も何も考えなかった、捨てキャラだ)


 乙女ゲーム『フレイヤの剣と聖魔術師』は、主人公の友人が自殺するところから物語が始まる。友人の死をきっかけに『呪い』の解明をしながら、主人公が攻略対象と仲を深める。というのが、前半のストーリーだ。


(この娘が生きていたら、物語が動かない。そもそも『呪い』を受けて生きていること自体、この世界では、異端者扱い!)


 『呪い』は千年以上前からこの国に存在する高度魔術で、魔族が残した負の遺産と言われている。現在も明確な解呪法はなく、病のような扱いをされている。『呪い』を受けて生きている者はいない。


(その設定をぶった切ったってことは、この娘、いや、ノエルは、『呪い』の初の生還者ってことになってしまう)


 鏡の前に崩れ落ちる。

 詰んだ、と思った。


(立て直させるための転生先の体が、生きてちゃいけない人間て、どういうこと? 原作者でもどうにもできないよ。文章書き換えるだけじゃ、解決しないんだぞ)


 改めて、あの小さい爺さんに怒りが湧いた。


「あのさぁ、僕のこと完全に忘れているみたいだけど、大丈夫?」


 つんつん、と肩を突かれて、振り返る。

 顎を掴み上げられ、無理やり上向かされた。


「僕は、君は誰だと、聞いたんだよ?」


 迫力のある笑顔が迫る。美しすぎる顔は凄まれると怖い。


「わた、私は、えぇっと」

「僕は君がノエルではない、別の誰かだと、知っている。けど、それ以上は知らない」


(何で、ただの攻略対象でしかないユリウスが、そんなこと知っている訳⁉)


 神様とやらは、何も言っていなかった。

 一体どんな手違いがあって、世界が滅亡しかけているのか。キャラたちがどういう状況にあるのか、見当もつかない。


「返答次第では、君をこのままには出来ない。考えて、言葉を選ぶといい」


 ごくり、と息を飲んだ。


(ユリウスは、表面上は温厚なキャラ。普段も何を考えているかわからない、ミステリアスキャラだけど、いざという時には一番頼りになるチート設定)


 つまり、敵に回すと怖いキャラだ。

 今まさに、ユリウスが敵の立ち位置で目の前にいる。


(まだ、異世界に来て一日も経っていないのに、命の危機を二回も感じる羽目になるなんて)


 現状に絶望して、涙目になる。


「私は、物書きをしていた凡庸な一般人で、一度死んだようなのですが。色々あってこの娘の体に魂だけ蘇った、ようです」


 自分でもまだ信じ切れていない、聞いたばかりの事実を説明する。

 ユリウスが、ぱちくり、と瞬きした。


「ふぅん、凡庸ねぇ。君は、この世界を『呪い』から救う英雄、なんじゃないの?」


 ユリウスの手が緩み、ようやく解放された。

 納得いかないのか、ユリウスがじろじろと観察している。ユリウスがノエルの胸の辺りで目を止め、じっと見詰めた。


「あの……、ユリウス、さんは、その話、誰から聞いたんですか?」


 ユリウスが、にやり、と口端を上げた。 


「内緒。良い子にしていたら、そのうち教えてあげるよ」


 ノエルの胸にぴたりと手をあてる。驚いて身を引くと、ユリウスが付いてくる。更に逃げたら、壁際に追い詰められた。


「それより、君の体の中に魔石が取り込まれているみたいなんだけど、今はそっちを気に掛けたほうが良いんじゃないかな」


 ユリウスがノエルの手を取った。ノエルの手のひらに、文字が浮かび上がる。


(これ、魔法属性だ。そういえば、手のひらで確認できる設定だった)


「属性も、前とは違っているね。とっても希少な全属性適応者だよ。中でも、闇属性特化、僕と同じだ」


 この世界の魔法は、火・水・風・土・光・闇の六属性だ。

 全属性適応者は滅多にいない。


(闇……。なんてマイナーな。世界を救えというのなら光属性特化にしてほしかった)

 

「魔石の影響が大きいんだろうけど。今の君は、凡庸な体ではないと思うよ」

「魔石……」


 確か、魔族由来の魔法道具だ。使い道は色々あるが、魔力を補ったり吸わせたり、魔獣化できたりする。ただし、魔獣化すると人には戻れない。弱い術師が無理に使うと魔石に飲まれて死んだりする。


(良い想像が、一つも浮かばねぇ)


「私、死ぬんでしょうか?」


 三度目の命の危機に、顔が俯く。


(異世界転生ってもっと楽しいものじゃないの? 使命感持てって言われても、貧弱物書きに何ができるっていうのさ)


 今、この場を乗り切る術すら浮かばない。

 頭の上で、ユリウスが吹き出した。


「どうして、そんなに悲観的なの? 悪くない条件が揃っていると思うけど?」


 どこが? と思う。

 前の世界の死を乗り越えて、モブの『呪い』を回避したのに、魔石の影響で死ぬかもしれない。仮にそれを乗り越えても、ユリウスに消される危険性だって、まだ残っている。

 破滅する世界を救いに来たはずなのに、ここで死んだら本当に何をしに来たのか、わからない。


(そうだ、ここで私が死んだら、自分が書いた世界が破滅するかもしれないんだ。そんなのは、作家として我慢ならない)


 顔を上げ、ユリウスに向き合う。


「死なないために、この世界で強く生きるために、出来ることってありますか」


 ユリウスが表情を変えて、微笑んだ。


「勿論、あるよ」


 ユリウスがノエルに唇を重ねる。小さく開いた口から、何かが流れ込んで来た。


「ふぁ……」


 唇を押しあてられて、息が止まる。

 胸の辺りが熱くなっていく。体の内側から圧が掛かって、何かが飛び出しそうだった。思わずユリウスの腕を強く掴む。


 やけに明るかった室内が、暗くなった。


(私の体が、光っていたのか?)


 唇が離れて、目を開ける。ユリウスの目に愉悦が滲んでいた。


「君、美味しいね」


 ぺろりと、舌舐めずりするユリウスを見て、今起きたことを把握した。


(キ、キスされた。会ったばかりの人に、しかも突然)


 日本だったら、犯罪だ。


(顔が良いからって、何やっても許されると思うなよ)


 抗議しようとする手を止めて、ユリウスがノエルの胸に手をあてた。


「何を……」

「僕の魔力を送り込んで魔石を活性化させた。君は魔力量が多いから魔獣化はしないはずだ。あとは、君次第かな」


 ユリウスが笑む。怒る気が失せてしまった。


「強く生きたいんでしょ? できることは、何でもやらないとね」


 味方なのか敵なのか、いまいちよくわからない。

 けれど、悪い人ではないと感じた。








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お楽しみいただけましたら、♡や★していただけると嬉しいです。

次話も楽しんでいただけますように。

お読みいただき、ありがとうございました。        (霞花怜)

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