33 姉さん!
夕方18時、空港。
「あっ、母さーん! 父さーん! 志月ー! ただいま!」
姉さんが大きな声で呼びかけながら小走りでこちらへやってくる。
「あのさ、姉さん。空港なんだからあんまりはしたない事はしないで欲しいんだけど」
「……可愛い!」
「うわあ! 急に抱きつくな!」
人の話を全く聞かないで姉さんが抱きついてきた。ああ、姉さんが帰ってきたって感じがするなあ。こんな形で体験したくなかったけど。
「いやー、こうして実際に見てみると信じられない……けど、やっぱり仕草とかは志月なんだねー」
なんでこの家族みんな仕草だけで見抜いてくるんだろう、逆に怖くなってきた。俺は多分無理。
「それに、私にそっくりで可愛いねぇ」
「いや、全然そっくりじゃないから。髪型は短髪とロング、髪色は黒とブロンド、目は丸目と垂れ目で何もかも違うから」
似ているのは精々身長くらいである。さっきまでの観察眼どこ行った。
「まあ何でも良いけど。志月はどうやったって可愛いし」
「何でも良いのかよ。じゃあさっきまでのやり取りは何だったんだよ」
駄目だ、ツッコみきれない。この妙なテンションに付き合わされるのが色々と大変なんだよな……嫌いじゃないけど。
「まあ、なんだ。お疲れ姉さん。海外で1人は大変だっただろ?」
「いや全然。研究楽しかったし」
「ああそう……」
「あ、志月と会えなかったのは寂しかったよ? だから今とっても嬉しい!」
「そりゃどうも」
さっきからいちゃいちゃされるのは落ち着かないが、疲れていないようなので良しとする。ちなみに、こんなに可愛がられているのは俺が女になったからとかじゃなくて昔からである、このブラコンが。
「とりあえずどこかでご飯食べましょ。志織の好きな物で良いよ、何が食べたい?」
「ステーキ!」
「そんなにステーキ好きだったっけ?」
「いやあ、アメリカですっかりハマっちゃって」
「なるほどね」
日本居た頃はそんなに肉とか好きじゃなかった気がするけど、やっぱ長く違う環境に居ると変わる物なんだな、と思う。今の自分も、もしこのままだったら。
……いや、きっと戻れる。原因にも心当たりが出来たし、変な事を考えるのはやめよう。
「ほら、車に乗って」
「私志月の隣で!」
「俺、前席行くわ」
「駄目、こっち来なさい」
逃げようかと思ったが無理矢理引っ張られ、後席に姉さんと隣合わせで乗せられる。前は簡単に振りほどけたのになあ。悲しい。
「いやー、それにしても……ほっぺがふにふにで可愛いねえ 」
「
頬をむにゅむにゅと触られ、上手く喋れなくなる。
「あれ?」
「どうしたの?」
姉さんが何かに気づいたのか、ようやく開放される。
「……ねえ、髪ってどうやって洗ってる?」
「え、どうやってって。適当にシャンプー付けてざっと流す感じ」
そもそもこの体になってから風呂はさっさと済ませてさっさと出るようにしている。あんまり自分の体見たくないし。
「使ってるシャンプーは?」
「普通にいつもの奴」
「なるほどね。はあ……」
なんだろう。猛烈に嫌な予感がする。
「帰ったらまず志月は私と一緒に風呂入ろうね」
「はあ!? 何言ってんだ!」
「だって髪が痛みかけてるんだもん。ちゃんと洗わないと」
「だからって姉と弟が一緒に入るのは色々と問題があるだろ!」
「昔は一緒に入ってたし」
「それは子供の頃の話だろ!」
「それに、今は同性なんだし私も別に構わないし問題無くない?」
「心は今でも男だし、俺が構わなくないから問題なんだわ」
まずい。これは非常にまずい。姉さんの顔が絶対に逃さないからって顔だ。
「母さんもなんとか言ってくれよ!」
「別に良いんじゃない? まさか身内以外に頼む訳にも行かないし。どうしても嫌なら私でも良いけど」
「ぐっ……」
「父さん? 父さんは味方だよね?」
「俺は母さんの言う通りだと思うぞ。見た目ボロボロなのは良くないしな」
駄目だ、四面楚歌だ。母さんと一緒か、姉さんと一緒か。究極の二者択一。
「……分かった。姉さんと入るよ……」
「やった!」
結局高校生にもなって母子で入るより姉と一緒に入る方がまだマシと判断した。やった! という発言が気になるが。それ明らかに他意がある時の感想だろ。
「絶対変な事するなよ」
牽制の意味を込めたジト目を姉さんへ送る。
「分かってる分かってる。可愛い志月にそんな事しないって!」
わざわざ可愛いとか付けるから余計に怪しいんだぞと心の中で突っ込む。本当に大丈夫か。
◇
店に着いたので、スカートを抑えながら車を降りる。
「そういえば、服にはもう慣れたの?」
「慣れるか。今日は他に無いからスカート履いてるけど、出来れば履きたくない。なんかスースーするし未だに落ち着かない」
よくこんなもん着て平気で歩けるなと今でも思う。まあ、普通は物心付いた頃から着てると考えると慣れるのかもしれないが。少なくとも後天的に履き始めた自分にはキツい。
「まあ、そのうち慣れるから大丈夫だよ!」
「いや、慣れたくないんだけど。どっちかというと慣れたらアウトなんだけど」
慣れるという事は、それだけ長くこの体で居るという事である。そんなに元に戻れない期間が続く未来はちょっと想像したくない。
はあ、本当にいつになったら戻れるんだろうなあ。いつもと同じメニューのはずなのに、やけに量が多く感じるステーキを食べながらそう思った。
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