3章 新たな生活へ!
31 両親!
前日、明日へ向けての準備をする。
少しでも元の面影を残せるように女向けの服は全て仕舞い込み、明日着る元の頃の服を準備する。
「……男の匂いがする」
まだそんなに日数は経っていないはずなのに、男の頃の匂いが変に感じるのは割と重症だと思っている。といっても感覚はどうにも出来ないのが難儀である。
そんな事を話していると突然鍵が開く音がした。
「ただいまー、帰ったよ!」
母さんの声が聞こえる。
どうして、明日帰って来るんじゃなかったのか? 混乱して訳が分からなくなる。
「ちょっと早めに帰ってきた、志月はリビングか?」
心臓がバクバクと鳴り、何をどうすれば良いのか分からなくなる。
そんな状態でも段々と足音が近づいてきて、ドアが開き――
「あ……」
不思議そうな顔の母さんと父さんを見て頭が真っ白になった。
「あ、えっと……」
言葉が出てこない。何を話せば良いんだろう。何を言うか考えていたはずなのに、それも頭から吹っ飛んだ。俺が志月です、あなた達の息子です、と言えばいいんだろうか。
「その……俺だよ、志月……」
駄目だ、信じて貰える訳ない。急に弱気になり、涙が溢れる。そこに飛んできたのは、母さんの優しい声だった。
「なるほどね。ほら志月、顔上げて」
「え……? どうして……」
まだほとんど何も説明出来ていない。たった一言で?
「今、なんで? って思ったでしょ。まあ、確かに驚いたのは本当。でもね、困った時の言葉の詰まり方、足の縮こまり方。怯える時の声の調子、手をお腹に当てて震えさせる仕草、泣き出すまでの時間。どれもこれも志月そのものだもん」
「母さんは甘いな。俺は嘘を付いてない時の表情も見抜いたぞ?」
「……ちょっと怖い。まさかこんなあっさり信じてもらえるとは思わなかった」
「当たり前だよ。親だぞ?」
「普通はそこまでじゃないと思うけど」
「その泣き笑いは安心した、って顔ね」
ああ、信じてもらえた。普段は変わり者だけど、この2人が親で本当に良かった、と今は思う。安心で別の涙が流れてきた。
「ほら、荷物置く間にハンカチで涙拭いて。その後に話を聞くから」
「……うん」
思ったよりもぐしゃぐしゃになった顔を思いっきりハンカチで拭く。しばらくして、テーブルの向こう側に2人が座ったので、経緯を話す。
「で、何があってそんな可愛らしい姿になっちゃったの?」
「可愛い言うな。PPOを買ったのは知ってるよね?」
「ああ、楽しみにしてたフルダイブVRのゲームだな」
「うん。それで遊んだら、何故か女の子のアバターになっちゃって。バグか何かだと思ってたんだけど、ログアウトしたらそのアバターそのものの姿になってて、今に至るって感じ」
「なるほどなあ」
2人が頭を捻る。
「一応聞くけど、そういう現象の心当たりは?」
「流石に無いな。母さんは?」
「私も聞いた事無いなあ。少なくとも人間では」
「やっぱり分からないかあ……」
期待薄な事は分かっていたが、それでもショックだ。
「それにしても、可愛い女の子になったね。目が青で、髪がブロンド。日本人顔ではあるけど、ハーフみたい」
「そうだな。本当にハーフみたい……待てよ?」
急に父さんが何かを思いついたらしい。一体何だろう。
「これは与太話として聞いて欲しいんだが、この家に前住んでたのってハーフの人だったよな」
「あ、そういえばそうね。それで、兄妹のうち妹が突然この家で倒れて亡くなってしまって引っ越す事になってこの家を買ったんだったっけ」
「ちょっと待って、今聞き捨てならない話が聞こえたんだけど」
今までこの家で10年生きてきて、そんな話は初めて聞いた。縁起悪くない?
「え、じゃあ何? ここ事故物件なの?」
「事故物件では無いぞ。病死だしすぐ発見されたからな」
「そういう問題……? というかその話と、俺のこの状況と何の関係が?」
「いやこう、悪霊的な何かかなと思って」
なるほど。確かにハーフ的な見た目だし、万が一憑かれてたとしたらこうなるのは分からなくも無い。
「そういえば、この姿になってからやけにきれいな家でぶっ倒れる夢も見たっけなあ」
「じゃあやっぱ憑かれたのかもね」
「そう思って話してみた訳だ」
つまり、幽霊物件に住んだ結果取り憑かれてこの姿になったと。
「……え、どうすんのこれ?」
「除霊でも行ってみるか?」
「あ、良いねそれ。日帰りで行ける見に行きたくて気になってた神社があるの、ついでに観光して行きましょ」
「緊張感の欠片も無い……」
あんなに不安だったのはどこへやら、すっかり気が抜けてしまった。
「でも、すっかり落ち着いたみたいで良かった。大丈夫。母さんも父さんもいつだって志月の味方だから」
「そうだぞ。困ったらいつでも頼ってくれ」
「父さん……母さん……」
かなりの変わり者。けどとても優しい。だから嫌いになれない……いや、好きなんだ。今になって改めて実感する。
「それにしても、その服はどうしたの? 随分可愛らしくなっちゃって」
「流石に元の服じゃ大きくて着れないし、仮に着れても違和感凄いしで……女の子の友達に頼んで一緒に選んでもらった」
「なるほどね。電話してくれれば良かったのに」
「だって忙しかっただろ。学会やらなんやら出るって言ってたし」
「そんな事気にしなくていーの!」
「あいたっ!」
軽くデコピンをされる。
「子供より大事な物なんて無いんだから。とりあえず、しばらくは予定も全部キャンセルするから安心して」
「うん、父さんもずっとは無理だけど、出来るだけ家に居られるようにする」
「……ありがとう」
俺は本当に人に恵まれている。こんな形で実感したくは無かったけど……それでも、今は感謝したい。
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