8 好きな服を着させてください!

「ああ……尊厳が失われていく」

「今の姿なら別に全然おかしくないと思うよ?」

「だからだよ。この姿に馴染めば馴染むほど男としてのアイデンティティが消えていくんだよ」


 星奈としては今どうなのかが大切なのであって、前はどうだったのかとかはあんまり気にしないらしい。こっちはめちゃくちゃ気にするが。


「ほら、とりあえず次は洋服買おう? 私が選んであげるからさ」

「そうだな……もう俺は疲れた。頼む」


 一応女子服とはいえ気を遣ってTシャツとズボンを持ってきてくれた星奈ならそんな変なチョイスはしないだろう。そう思い試着室前で待つ。


「志月、持ってきたよ」


 そして持ってきた服のバリエーションを見て任せた事を後悔した。


「なんで女の子っぽいのばっかなの? 俺を恥ずか死させたいの?」

「だってこんなに素材が良いのに可愛い服を着ない手はないでしょ」

「この服は配慮してシンプルなTシャツとズボンとか選んでくれてたじゃん! なんでそうなるんだよ!」

「いや、それは適当に持ってきた間に合わせだし」


 なんと。配慮だと思っていたのは俺の勝手な勘違いだったらしい。裏切られた気分だ。

 

「つまりこれが星奈が俺に着せたい服のバリエーションって事か……」


 ピンクのガーリッシュなワンピース、ロング丈とショート丈のスカート、ショートパンツ等々、可愛い系が目白押しだ。


「……というか、メイド服とかどこから持ってきたんだよ。どこで着れば良いんだよこれ」

「え? 私の家」

「お前は俺をどうしたいの!?」


 いかん、本格的に心配になってきた。もしもの時は和希を頼ろう。なぜ味方から刺される事を心配しなければならないのか。いや、服に限れば敵だな、うん。今決めた。


「というか、ここのお店はそもそもこういう服しかないよ」

「マジか……男物は?」

「また胸の部分が苦しくなっても良いなら止めないけど」

「分かった。諦める」


 流石にもうあんな思いはしたくない。それに、恥ずかしがろうがなんだろうが悪目立ちしないように女子の服が必要だとは分かっている。男子の服を買ったら結局意味がない。最終的には、現実的に考えた理性が羞恥心に勝った。


「ま、とりあえずこれで1人暮らしをしていく上で最低限必要な準備とかは出来た。後はなんとか原因を探すだけだな。見つかるか分からないけど」

「そういえば志月って一応家族暮らしだよね? 今両親はどうしてるの?」

「海外に出張中。あの2人頭はだいぶネジ外れてるけど頭は良い生物学者だから結構研究とかに行くことも多いんだよな、忙しいししばらくは連絡取れない」

「……生物学者なら、今の状態聞けば何か分かるんじゃないの?」

「無理だろ。人間は専門外だし、そういうの分かるなら多分医者だ」

「でも前例は聞いたことない訳だし、性転換するような生物も居るから何か分かるかもしれないんじゃない?」

「確かに……言われて見ればそんな気もしてきたな」


 自分には無かった発想だ。昔、人体について質問した時には「人間なんて俺たちには分からん!」と断言されたからすっかり対象外に入れていたが、性転換するような生物が居る事を考えたら少しくらいは分かる可能性もある。


「今度話せたら聞いてみるかぁ」

「いつ話せそうなの?」

「今は無理なはずだから、電話出来るのが最短であと数日、こっちに来るのは夏休み終わるの間に合うか間に合わないかって所かな」

「忙しくて大変なんだね」


 ……実際はいつもニコニコしながら楽しそうに趣味としてやっているようなものなんだが、星奈には黙っておこう。



「でも、信じてもらえると良いね」

「うん? どういう事だ」

「だって、今の姿は元と全然違うし」


 言われてみればそうである。和希と星奈が速攻で受け入れてくれたからすっかり忘れていたが、普通はこんな姿になったら元と同じですなんて信用出来ない。特に身近な人間であればあるほど。急に心配になってきた。


「確かに、これじゃ信じてもらえないかもな。もし他人みたいな扱いされたら……ショックだな……」

「ああ余計な事言ってごめん! 大丈夫、私もフォローするから!」


 どうフォローするんだ。余計だと思ってるなら言わないで欲しかった。まあ、こういう事は得てして口にしてから後悔するものなのは分かるけど。


「ほら、スイーツ奢ってあげるから!」

「俺は子供か。そんなんで機嫌取るな」

「じゃあ食べない?」

「食べるに決まってるだろ」


 他人から奢られて食べるもの程美味しい物はない。2人でフードコートへ向かう。


「それにしても羨ましいなあ」

「何が?」

「見た目がさ。明るいブロンドの髪にあどけなさの残る顔、まるでお人形さんみたい」

「恥ずかしくなるからやめてくれないか」


 今の外見を褒められても全く嬉しくない。何が悲しくて可愛いって言われなきゃいけないのだ。


「それに、胸だって……これから成長しそうだし……」


 そう言って壁を見下ろす星奈。正直、これに関しては同情しなくもない。


「まあ、なんだ。小さい方が好きな人って意外と居るぞ? だからそんなに気にするなよ」

「女子にそういう事言うとか、もう少しデリカシーとか無いの?」

「お前が胸の話出してきたんだろ!?」


 なんか凄く理不尽な怒られ方をした気がする。

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