3 戦闘、トイレ!

 今、俺はめちゃくちゃトイレに行きたい。しかも、よりによって小である。

 和希と話している間は意識を会話に持っていってなんとか誤魔化す事が出来たが、和希がコンビニへ行ってしまった今、どうしようもなく行きたくなってしまっている。

 当然ながら男と女のトイレは全く違う。下手に男の意識でしようものなら大惨事になる可能性も拭えない。つまり、必然下半身を意識する必要がある。

 しかし、男子高校生にそれは刺激が強すぎる。そもそも息子が無くなっているだけでもだいぶショックなのに。しかし、一杯になった膀胱はそうして悩む時間を与えてくれない。このまま座してお漏らしを待つか、覚悟してトイレへ向かうか。

 悩んだ末に、いくらなんでもお漏らしよりマシだろうという事で意を決してトイレに入ることにした。ゆるゆるになって簡単に脱げるトランクスを下ろす。


「うわぁ……」


 実際に直視してそんな声が漏れてしまう。息子はやはり無残にも消失し、新たに一筋の割れ目が生成されている。これが自分に付いているのと思うと鳥肌が立つ。これ以上見るのも嫌なのでさっさと便座へ座り、上を向き極力目を合わせないようにした。

 堰を切ったように暖かい液体が出てくるのが分かる。周りに飛び散っていない事を祈りつつ、奇妙な感覚に耐える。

 全て出し切り、チラ見しながらトイレットペーパーで拭きトイレを流す。これほど精神的に疲れるトイレが過去にあっただろうか……


 リビングへ戻り、和希が帰ってくるのを待つ。尊厳が破壊されたという思いを抱えながらスマホを見て気を紛らわそうとするが、何も頭に入ってこない。それくらいあまりにも強烈な体験だった。

 そしてこれから毎日体験してそのうち慣れてしまうであろう事を考えると更に憂鬱だった。想像に耐えきれなくなり、机に顔を突っ伏した。


「ただいま。適当に弁当買ってきたぞ」

「ああ、お帰り。ありがとう……」

「なんか目が死んでるんだが。大丈夫か?」

「お前、女になってトイレに入った時の気持ち分かる?慰めてくれ」

「何があったのかは察した。まあ、なんだ……とにかくお疲れ様。弁当食べるか?」


 食べると返事をして弁当と箸を取り出す。和希も自分の弁当を取り出し食べ始める。昔はこうやって家で良く一緒に食べたなあ。なんか懐かしい。二人で無言で食べ進める。

 が。3分の2ほど食べ終わったところで事件が起こった。


「やばい、これ以上食べられない……」

「え、いつもだったらペロっと食べてる量じゃん」

「そうなんだけど……この体になって食べられる量も減ってるのかなあ」


 考えてみればおそらく女子中学生くらいの体である。男子高校生に比べて食べられる量が少ないのは当然かもしれない。


「じゃあ残り食べてやるよ。良いよな?」


 そんな提案をした和希につい反射的に反応してしまった。


「えっ、それ間接キス……!?」

「別に良いだろ、男同士なんだし。嫌ならやめるけど」

「あ、いや、大丈夫。何でもない」


 確かに体は女の子かもしれないが、どうせ男同士なんだから何の問題もない。考えてみれば当たり前の話だが、何故か反応してしまった。意識してるようになってしまって少し恥ずかしい。


「そういや、運営から返事とか来た?」

「あー、そういえばそうだった。ちょっと見てみる」


 メールボックスにはサービス初日にも関わらず既に返信が返ってきていた。


「返信来てた。読み上げるぞ。『プレイありがとうございます。パラレルポータルオンライン運営チームです。報告された『アバターが現実の姿と違うものになる』という現象は現在確認出来ておりません。また、お客様のバイタルデータを改めて確認しましたが、正常に反映されている事を確認しました。今後不具合がありましたら、改めてご案内を差し上げます。今後もパラレルポータルオンラインをよろしくお願いします。 パラレルポータルオンライン運営チームより』……だそうだ」

「初日からしっかり対応してるな、運営には期待が持てそうだ」

「感想はそこじゃないだろ」


 呆れながらも、内心半分くらいは同意しながら返す。


「にしても、公式は空振りか。バイタルデータまで確認してもらっても正常なんだもんなあ」

「ネットでSNSとか掲示板も見てみたけど報告はゼロ。もし本当にバグならもっと報告されてると思うんだよな」

「だなあ。となるとPPOに入った時に性転換したのは偶然で、原因は全然関係ないところだったりするんだろうか」

「そんなタイミングぴったりってある? それに、結局それはそれで原因が謎だし」


 結局、二人して頭を捻っても出てこなかった。そもそも常識の埓外すぎる出来事だし。


「あー、もう22時か。もう今日は入る時間ないな。どうする、せっかくだし泊まってくか?」

「迷惑じゃなければ良いぞ。最近泊まる事も無かったしな」

「了解、じゃあ準備するわ」


 別に家まで数分だから帰ってもらっても構わないのだが、こんな超常的な出来事が起こった後だし何かあっても嫌なので一緒に泊まってもらう事にした。


 来客用の布団が置いてある2階へ上がり、体が変わった事に気をつけながら敷布団、掛け布団と順番に1階へ持っていき、バケツリレーの要領で階段直下から和希にリビングまで運んでもらう。そして、事件はほぼ全て運び終わり残りは枕だけ、という時に起こった。

 ほぼ全て運び終わりすっかり油断した俺は、降りる途中に思いっきり踏み外して階段から落ちてしまった。思わず目を瞑り衝撃に備える……が、衝撃は来なかった。

 代わりに体が温かい腕で抱きしめられていた。


「おいおい、大丈夫か?」


 お姫様抱っこで和希に抱きとめられた。見上げた顔が近い。そして、しばらく見つめ合うと和希が目線をそらした。それを見て、何故か自分もドキドキしてしまう。

 和希が目をそらすのは分かる。中身は俺でも、外見はかなり上の部類に入る女の子なのだから。問題は俺だ、なんで男の顔を見てドキドキしてるのか。これじゃまるでBLじゃないか。別にそういう趣味はないのに。

 変な空気になってしまったので、頭から和希の姿を振り払い、床に降りてから適当に誤魔化す。


「いやあ、PPO運営が言ってた体型が違うと危ないってのはこういう事だったんだな!納得納得!」

「あ、ああ……」


 ……気まずい。その後、微妙な空気のまま二人で無言で布団を敷くのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る