2 女の子に染まりたくない!
鏡の中の女の子は間抜けに口を開けてこちらを覗きこんでいる。試しに変顔をしてみると、鏡の中の女の子も同じように変顔をする。うん、これ自分だわ。どうやっても自分だわ。
どうしてこうなった? 入る前は普通だったじゃないか。間違えたアバターが読み込まれたらリアルの体に反映されてしまうバグとか? いやいやそんなバグはありえないだろう。とにかく常識外の出来事すぎて脳がパンクしている。
下を見るとそこそこの膨らみが2つ見える。見ごたえがある部類だと思うが、自分に付いてても全く嬉しくない。下半身のズボンに手を突っ込んでみても17年一緒に過ごした息子は消失していた。
「仕方ないな……とりあえず夕飯作るか」
今の頭で何を考えても仕方ないので食事を作る為に冷蔵庫を開けた。そして思い出した。
「しまった、買い物忘れてたんだった」
当然買っていなければ冷蔵庫には何も入っていない。せいぜい飲み物くらいだ。仕方ないのでコンビニへ買いに行こうと思った所で、1つの問題に気づいた。
「……この格好じゃコンビニ行けないじゃん」
今の体は女子には到底似合わない男物の服だ。そして服のサイズも合っていない。上は首元がギリギリ肩に引っかかるくらいなので少しズレただけで胸元が見えそうになるし、下に至っては立っただけでズボンどころかパンツまで脱げそうになっている。こんな状態で外に出られる訳がない。
しかし、だからと言ってずっと断食する訳にもいかない。どうにかして食べ物を確保しないと……真っ先に思いつくのは誰かに弁当を買ってきてもらう事だが、ただでさえ広いとはいえない交流関係の中、こんな姿で信じてくれる人間が居るとは……
「あっ、和希なら」
VR内とはいえ、和希は一応この姿を目撃している。少なくとも一度も目にしていない人に頼るよりは遥かにマシだろう。唯一信じてもらえる可能性のある人物、逆に言えばここで信じてもらえなければ詰みである。一縷の望みをかけてチャットを送る。
『和希、緊急事態が起こった。俺の家に来てくれ』
『どうした? 何があったんだ?』
『ちょっと言えない。何も聞かずに頼む』
和希は家から5分くらいの所に住んでいるのでそこまで時間はかからないはずだ。そして予想通り、和希はチャットを送ってから数分で家へ着き、インターホンを鳴らした。
「おい、着いたぞ」
自分の声が女の子になってしまった今、インターホン越しに話す訳にもいかないので無言で鍵を開け、内側からドアをノックする。すぐに玄関から隠れられるリビングのドアの後ろに隠れ、合図を察した和希が後から入ってくるのを確認する。
「おい志月、来たぞ? どこに居るんだ……!?」
逃げられないように不意打ちで影から飛び出てそのまま抱き着き、リビングに引き込む。こうでもしないと今の体では多分和希を確保出来ないと思ったからだ。作戦は成功し、和希は倒れ俺は上に被さった。
「捕まえた!」
「うわっ、何だ――!?」
倒れこんだ後、見上げるような形でこちらを見た和希が、信じられない物を見るような目をしてフリーズした。
「えっと、どちら様……?」
「小学生の頃に肝試しで旧校舎に行った時漏らしただろ?」
「おいそれは黙ってろ志月……って、え?」
「そういう事だ。信じられないかもしれないが、俺が志月だ」
「……とりあえず降りてくれ」
和希の上から降り、未だに半信半疑といった様子の和希にこれまでの経緯を詳細に説明する。
PPOに入ろうと思ったら女の子のアバターになっていたこと。入る前は元の姿だったのに起きたらアバターそっくりの姿になっていた事。体が完全に女の子になっていること。
ここまで説明しても、まだ和希は疑うような目をしている。まあ、いきなり友達が女の子になりました!と聞いて素直に受け入れられる方がおかしいが。
「マジかよ……正直あんま信じられないけど、PPOでの姿もこれだったしなあ」
「まだ信じられないか?」
「小学生の頃、宝物集めてただろ。あの中で一番大切にしてたもの、答えられるか?」
それなら心当たりがある、毎日帰り道に道端や公園で珍しいものを探している思い出が蘇る。宝物と言いつつ集めてたのは珍しいゴミみたいなものだったけど、小学生にはあんなものでも宝物に見えたものだ。
「古いコーラの瓶。懐かしいな」
「正解だ。あれ知ってるのは俺と志月だけだしな……とりあえず信じるわ」
とりあえずは信じてもらえたようだ、親友との思い出に感謝。
「で、何をして欲しいんだ? 正直どこから手を付けたら分からないくらい助けが必要そうに見えるんだが」
「飯を買い忘れたからとりあえずコンビニで弁当を買ってきてくれ。この服だと外出れなくてな」
「そりゃそうだな、胸元が見えるか見えないかがギリギリすぎたり、ズボンが立ったら脱げそうになったりするから色々と風紀に関わりそうだしな。それじゃ行ってくる」
家から出ていく和希を見送る。そして、さっき話している途中から直面していた問題について考えなければならない。
……めちゃくちゃトイレに行きたい。
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