第20話 すきになってもいいの


「ディアみたいに黒瀬さんを大事にしたい気持ちは、あるの?」

「!」

 カフェオレの入ったマグカップを、百宮さんに渡した。

「あの時みたいに、想いが通じ合ってから、敵同士となったら、つらいと思うんだ。だから」


「あの……まだディアが魔王だなんて信じられてなくて」


 百宮さんが「隣の席になっただけで」と、照れてまくしたてる。

 これってもう、恋が始まったりしてない??この、落ち着きを無くす感じ、おぼえがあるなぁってチラッと凜華を見る。

「それにね、魔物はこちらの話を聞かないけど、黒瀬さんはいつだって、私の話をちゃんと聞いてくれて!」


 ハッとして百宮さんはなにかを思い出したのか、みるみる真っ赤になって、ゆでだこのようになった。なになに?


「わ……私、黒瀬さんに、ディアが大好きって、言っちゃった!!」


 赤い顔で言う。これはもう、確定で、恋する乙女の顔じゃない?!


「なに、アルの話を、黒瀬にしてるの!?」

 凜華は別の方向で驚いてた。この、にぶちん……凜華はいつもそう。白湯を、凜華の前に置いた。すると「私も今日はコーヒー飲む!甘くしてよ」と我儘姫が言うので、私はもう一度キッチンに立つ。先にいってくれたらいいのに。もう。



「あの」

 またもインスタントコーヒーを練っている間、百宮さんが言いよどんでいる。そうだよね、てれるよねえ。


「女の子を好きになっても、いいの?」


 ん?


「あの……私が、黒瀬さんを好きって感じで話が進んでるんだけど、その、女の子同士、なんだけど」

 話を聞いていた凜華が、私をじっと見る。

「どうなの?」

「私に聞かないで」

 凜華に言われたから、思わず即答したけど、百宮さんが私に助けを求めるように、赤い顔になっていく。


 悩む意味が分からないんだけど、そっか、普通は女の子が恋愛対象って悩んだり困ったりすることなんだな。恋だけで悩むこといっぱいあるのに、そこからか。


「ディアの生まれ変わりなんだから、好きになってしまっても当然だよ」

 私は、凜華のこと、エストからジルへの想いより百倍大事にしたいっておもうし。そこまで熱いものが得意ではない凜華のために、熱々の牛乳に、冷たい牛乳をあわせてカフェオレを渡した。


「まって、それは、ちょっと反論したい」

 なにさ、凜華、挙手までして。凜華の横に座った。


「ジルとエストだって付き合ってたから、その理論だと私がともえに恋をしなきゃいけなくなる」

「ちょ!」

「え!?エストとジル、つきあってたの!?」

 百宮さんが、赤い顔をして叫ぶ。ちょ、ちょっと、凜華!?カフェオレをこぼしそうになって、むせた。


「あの世界娯楽が少ないじゃない?」

「凜華!」

 なんで、いま、いうかな!?

 びっくりした!アル、きづいてなかったの!?いやそこじゃなくて、なんで!

「ちょっと、これってアウティングってやつじゃないの!?」

「昔の話でしょ」

「そりゃ、今は付き合ってないけど」


 ぶつぶつ言う私の言葉を、凜華は聞きもしない。待って、娯楽で抱かれてたの初めて聞いたんだけど!?エストにメロメロじゃなかったわけ!?


「今、私はともえを好きになっていない。百宮さんが黒瀬さんを好きなのは、過去の感情に踊らされてるんじゃなくて、ちゃんと気になってるんだと思う、それを踏まえて考えてもいいよってともえは言ってるのね」


「……」


 ──今、私はともえを好きになっていない。


 無駄に傷ついている自分がすこし嫌だ。大好きっていつも言ってくれるのは、意味が違うと突き付けられた。

 皆のマグカップを台所の流しに置きに、立ち上がる。

 ふたりはまだ話している。

 流れる水を見ながら、(そうだ、大好きと何度も言われても、恋愛じゃないんだ)とあらためて理解した。


「でも、恋愛的な好きとか置いといて、結晶石だけ回収してくれればいいんだけど、アルは見たモノしか信じなかったけど、百宮さんは「理由」が大事なのね」


 凜華が言うと、百宮さんが握りこぶしを作って、コクンと頷く。

「黒瀬には、大きな魔力が宿っている。それは、結晶石に封印されていたものだと思うのだけど、結晶石は、魔力を帯びてないと開放されない魔法がかかってたと思う。つまり、結晶石に出会う前から、黒瀬は微弱でも魔族だったってこと」

「……」

「そんな黒瀬が、巨大な魔力を手に入れて、おとなしく生徒会長をしていて、あなたの目にいい子に見えてる……。さらには、記憶や魔力に関係しているオーパーツを手にしていて、それが恐ろしいと思うのは、そんなにおかしなこと?」

「……でも!アリューシャの時は……私たちの両親ごと、すべて滅ぼされたから、当然のように討伐という流れになったけれど、今はそうじゃないでしょう?黒瀬さんはすごく素敵な子だよ」


「昔だってそう言って、魔王軍に心を許したせいで何度、人間が殺されたかわからない。分かり合える相手と思えない」


 マグカップを水切りに置いて、ため息をつく。ふたりはとても真面目だな……。


「黒瀬さんがそういう人じゃないって、証拠を見つける」

「その間に、世界が滅びないといいけど」


 明日は5時に学校集合じゃなかったっけ?時計を見て、22時。バチバチに見つめ合ってるふたりを置いて、私は自分のベッドで丸くなる。私だけ、人類の存亡より、ジルである凜華の言葉が胸の中でパチパチと弾けては、刺さっている。でも、凜華だからそういう言い方をしただけかもしれない。


「夢で見たアルの旅の話だって、黒瀬さんは笑わないで聞いてくれた!」

「それはそうでしょ、だってあいつは、ディアなんだから」


 あー……凜華の口調が厳しくて、百宮さんが怖がらないか心配。


「だって百宮さん……あなた、覚えてないの?」

「なにを?」

「魔王を討伐したのよ、私たち。つまり、あなたがディアを」


「凛華!」

 思わず大きな声を出して起き上がる。凛華と百宮さんが驚く。私も驚いた。道場出たしてるからかな、声。すごく響いて、場がシンと静まり返った。


「私が、ディアを殺した?」


 百宮さんが呟いて、私と凛華は、彼女を見つめることしかできなかった。

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