第14話 翻す


 凜華と待ち合わせた、青いビルの前に向かう。

 きょろきょろ見回すと、ピンクがかった髪色をみつけた。光をひとつに集めたような、華奢な美少女が佇んでいる。凜華ってほんと、小さいのに目立つ。


「ともえ」

 人混みの中、駆け寄ると凜華が先に私の名前を呼んだ。嬉しくて、浮足立つ。


「私を抱えて!走って!!」

「え?!」


 どういうこと?!

 よくわからないけど、私はこちらに手を伸ばしてきた凜華を抱きしめて、持ち上げた。縦抱っこのほうが、走りやすいかも。


「まて!!」

 誰かの声がした。けれど凜華が私の肩を叩いて「早く!」というので振り返らず街中を走る。


「どこにいけばいいの?」

「とにかく走って!」


 ちょっとしたビルの間に入って、後ろをバタバタと数人の男性たちが通り過ぎていく。口々に「あの女」だとか「カネヅル」だとか聞こえた。

 ハアハアと息を整える。すぐには普通の呼吸にならなくて、はーはー息をしながら、抱きかかえてた凜華の胸に顔をうずめていたことに気付く。ドキドキと心臓が鳴っている。柔らかい。まるで定位置、ぴったりとかみあっていて、隙間がないみたい。

「おろして」と低い声がして、グイっと顔を押されてそちらを見ると、真っ赤な顔の凜華が私を睨んでいた。ハッとして離れると、赤い顔の凜華は、私から胸を隠すように自分を抱きしめている。あんなに!抱きしめるの、躊躇してたのは!こういうことしそうだから!!


 小さな凜華を下ろして、私は腕がバッキバキにいたい。エストの時は結構らくちんにジルを抱えてあっち行けこっちってやってた気がするのに、重さはほとんど感じないけど、基本の体力がないな~!!!


 でも、なんかちょっと、すっきりした。走るのいいな。


 早朝は無理だから、平日の夕方にも走ろうと決意を決めていた頃、冷静になったらしい凜華が、私の袖を引っ張った。

「ありがと」

 なにがあったのか問いかけるけど、「別に、なんでもない」と横を向く。

 言われて、いつもの私なら面倒だから、そっかというところだけど、凜華は青い顔で少し震えていた。それを、見逃すのは違う気がした。

「教えて、私、頼りないかもだけど」

「……」

「凜華が、こんなに震えてるから、心配だよ」

 そっと手を両手で包み込んだ。キレイに手入れされた指先が、冷たい。凜華はすこし悩んだ後、唇を開いた。


「そばに、男がいたでしょ、売人になれってしつこくされてたの」

「!?なにそれ……!?」

 凜華の口から、ぎょっとするような物騒な単語が出て、驚いた。人混みすぎて、誰かいたのもわからなかったけど。


「口からは「クラブに来ればタダで飲み食いして20,000円あげる」だったけど」

 それってナンパってやつじゃないの?凜華は可愛いから、よくあるとおもってたけど。


「お酒を飲ませる役をさせて、ターゲットに裏で「あの子をものにできる」と言って薬を売るのよ。女の子たちが気付かないで飲んだり食べたりしたら、女の子達も中毒にさせる、汚い手口。最初はふたりだと思ってたけど、5人ぐらいに囲まれて、もう、逃げられなくて」


 え、ええ、怖い…。私には見えていなかったけど、そんな人数がいたんだ。凜華は小さいし、それは。

「それは、怖かったね」

 言うと、凜華は困ったような笑顔で私を見上げた。

「ジルの時代もあった、船で働きながら移動できると装って旅行者に声をかけてきて、船に乗ったら最後、奴隷にされる……。いい人と悪い人の違いがぱっと見でわからないから、魔物退治よりタチが悪かったわ」


 そういえば、移動で船に乗ろうって、直前でアルと二人を抱えてダッシュで逃げた時があった。あれって、そういうことだったんだ。


「内容までわかってなかった」

「あなた、今回と同じく、走っただけだもんね。なんとなく、エストには、人間の汚い部分をみられたくなくて」


 口ごもる。エストなら「人間を守る理由が減ったな」と言いそう。エストに対して、ちょっと過保護なのは、エストが世界に未練がなくなるのが嫌だったのかなと思った。


「私はジルを……凜華を信頼してるから、聞かなくても良いと思ってたけど」

 それに今よりも輪をかけてずっと面倒くさがりだったし。

「ちゃんと理由を知って、凜華の不安を取り除きたいよ」

「!」

 握った手のひらが熱い。凜華を見つめるけど、こちらを見上げてくれない。本当に怖かったのかもしれない。

 小さな凜華を、思わず抱きしめたくなるけど、その前に凜華が私を見上げた。

「……なんか、ともえ、ちょっと変わった?」

 見つめ合って、凜華の瞳の色を探る。夕焼けのような赤がちらちらゆれる。自分が幼いせいでいろんな人に迷惑かけていたことに気付いたのもそうだけど、多分これ、凜華の隣に立って恥ずかしくない人になりたいから。

「今まで甘えてごめんね、守ってくれて、ありがとう。これからは、私も凜華のこと、守りたい」


 凜華のおかげで、変わっていく私を、そばで見ててほしい。


「あ、それはいいわ、甘えられた方が嬉しいから」

「!」


 凜華が、先ほどまでの青い顔から一変して、尊大な態度で言う。ななに?急に揶揄うようなカンジ。しおらしく私の手の中におさまっていた手のひらも、ささっとひっこめて、頬をツンとされた。


 もしかして怖がったのが恥ずかしくなってきたのかな、かわいい。という思いと、私の決意が翻されて、頬をツンとされた恥ずかしさで、頬をおさえて固まる。


 コホンと咳払いをする。


「それで、今日はなんの用?」

 凜華が話をそらしたがっているのが見えたので、私もそれにのる。どんなことも付き添うけど、部活を早退してきたんだから、理由ぐらい教えてほしい。明日部長にきかれるかもだしね。


「魔王の生まれ変わりを、みつけたかもしれない」


「!?」


 魔王!?!?

 なにそれ、どういうこと?!

 部長に言えなそうで、ちょっと笑い出しそうになったけど、凜華の表情があんまり真剣だったから、私はにやけそうな口を手で覆った。

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