第13話 まとはずれ
放課後、二番目の兄との約束と、凜華との約束がかぶったので、しばらく真面目に出ていた部活に参加できなくなって、部長に早退の相談をしに行った。
「ともえさんはずっと真面目に参加してるし、いいわ。でもみんなに見つからないようにね」
部長が言うほど出席率は低くなくて、皆真面目に道場へ来ているので、私だけ早退が見つかると、覇気が失われるのかなと思い、こくこくと縦に頷いた。その代わりとでもいうように、部長が「一つお願いがある」という。
「ともえさんには申し訳ないお願いなんだけど」
「出来る事ならなんでもしますよ」
「なんでも!?」
うすのろな私で出来る事なら、頑張ります。部長は言いづらそうに、赤い顔になる。なんだろう、地区大会の荷物持ちかな。
「「作法が美しい人、好きだなあ」とか「ルールに詳しい人、尊敬しちゃうな」とか、タイミングを見計らって、部の皆にいってほしいの!」
「?」
意味が分からず、首をかしげた。『わからない時は無言で見つめなさい』という凜華の声が聞こえる。
「わかるわ、そうよね、言いたくないよね、でも!みんなが戻ってきてくれたこの機会に、地区と言わず、県大会に参加するための、士気をあげたいの!」
私は、力が強いだけで、運動はやっぱりセンスなんだと思うことが多々ある。うすのろの私は結構みなさんに、手取り足取り教えてもらうことが多いから、部長はそれを利用しようということなのかな。
「人に教えることで技能向上ってやつですか……?」
部長さんは一度固まったみたいになったけど、頷く。
「うん、まあ、そ!れ!嘘つくことになるかもだけど、よろしく頼むわ」
部長が言うので、ホッとした。適度なタイミングで褒めるのは、得意だ。
「あ、でもみんな美しいし、素敵だけど、真似したい形は部長だ」
毎日休まず鍛錬している部長の努力は形に出ているもの。私もできるだけ追い付きたい。
「うっ」
「?」
「その調子で、頼むわ」
「嘘だと思われた?部長の所作は、とてもすてきだよ、尊敬しちゃう」
「わ、わかったから!顔を近づけないの!!!」
わかってもらえた。よかった。
約束があるんでしょと、部長はささっと私を追い出した。
そういえばエストの時もこんなふうに追い出されることがあった。ジルに聞いてもきっと私が理解できないと思って放置された。聞くのも面倒だから、流されるままになってしまう。面倒くさがり、極まってるな。
::::::::::::
凜華との約束の前に、二番目の兄に逢った。
「忙しいところごめんね、このあと、約束があって」
立派なスーツ姿だというのに、歩きで話をすることになっても兄はご機嫌で、最近の私のお金使いの荒さにあやまっても、「ともえがなにかに夢中になっていることが、嬉しい!カードの上限をあげようか」などと、過保護が止まらない。
甘んじてうけますが。
家族との縁が薄かったエストのことを思い出して、今こんなにも普通に親しく……いや過保護な家族たちに、あらためて有難く思う。魔族に全て消されてしまった村を見て泣くジル達は可哀想だったけど、全く心が動かなかったエストの心情を思い出して、胸が痛む。
「話しというのはな」
兄が真剣な顔をしていてどきっとする。街路樹が風で音を立てて揺れた。
「今度、お母さんが帰国するらしいんだけど、ともえはどうする?逢う?」
「え!?」
お母さんが。
「そっかあ、なつかしいね」
言いながら、それならメッセでもよかったのにとチラッと思った。
「!」
兄がすごく驚いた顔をする。
「ともえ、いいの?だって」
兄の狼狽ぶりに、キョトンとしてしまう。なんでそんなに。
「母さんの事故、ともえだけが目撃しただろ、アレが原因ってわけでもないけど、自分のせいだと落ち込んでたんじゃないかって、母さんも心配してて……しかもそのすぐあと離婚して、髪色を変えたから、自分の姿を見ると、母を思い出すから封印してたのかと……」
そう思われてたんだ!?そうか、自分的には黒髪にして、離婚した母の残したおもちゃの眼鏡をしたことは、父と兄を慰めてのことだったけど、彼らには、年の離れた妹が、心を痛めてると思ってたんだ!本当に申し訳ない……。
「まだ小学生だったともえには、上手く説明できなかったけど母さんたちのアレコレは、その、ともえには関係ないんだぞ、寂しい思いをすることもない……。髪色を戻したってことは、もう素直に、母に逢いたくなったんじゃないかって」
いや違うんだこれは、凜華がプロデュースしてくれてて。やっぱり私には、説明をしても無駄だと思われている節があるし、私も、説明が足りないようだ。自分のいままでを反省した。
「兄さん、私すごくスッキリしたでしょ?」
突然の質問に、兄は少し驚いたような顔をする。
「うん、猫背も治ってる」
「これね、大切な人が、私のために色々考えてくれたからなんだ」
「ともえ……」
「ありがとう、大事にしてくれて」
「……」
「もう寂しくないし、わかるように努力しながら、全部、受け入れるから、今まで黙ってたことを、教えてよ。私も大人の仲間入りをさせて」
兄は少し困ったようにもごもごと口元をゆがませる。やっぱり、まだ頼りないかな。
「嫁に行くのか!?」
「は!?ちがうよ!?」
ビックリして、反射で否定する。
「そっか、そっかそっか」となにか頷いて、自分の中でなにか納得させている兄。
「ごめんな今まで」
「ううん、私も説明が足りなかった。黒髪だったのはね、お父さんのコスプレで、なんとなく惰性で続けてたというか」
黒く染めても、あなたの美しさは変わらないって言ってくれる人に、甘えてたんだ。
「面倒で?全くともえは~!嬉しい気もするけど、兄さんは寂しい!」
「それは我慢してよ!」
あははと笑いあうと、今度きちんと席を設けることを約束してもらった。
兄に手を振って、凜華の元へ駆ける。愛情を貰いすぎても薄情な感じ?ううんこれはどっちかと言えば、そんな態度でも大丈夫って思ってるからかも。
自分は人のためにしていると思ってたけど、結局、皆からの愛情で見守られてる。
彼女がきっかけで、見て見ぬふりをしていた場所が、綺麗になっていく。彼女が触れた部分から、光が広がって、私の心や世界が輝いていくみたい。凜華はきっと、ともえが選んだからよって笑うだろうけど。
早く会いたい。
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