第10話 朝

 凜華が初めて家に泊まった日の朝だというのに、やっぱり起きることが出来なかった。結局空が白くなり始めた頃に眠ったし。


 前世の記憶と一緒に──凜華への、恋を自覚したこと。


 ああああ。

 凜華に整えられた前髪が風になびく。凜華は私が寝たすぐ後に起きて、美しい様子でわたしの身支度を行ってお弁当まで作って、天才。


 ってか、前世の記憶とか、色々な感情が巡って眠れないは仕方なくない?いくら私を心配してるとはいえ、凜華が、スン!っとしすぎじゃない?!

 前世の記憶がわりとセクシーでさ!!!勝手にインストールされてくの!

 もうメロメロのジルが「だめって言ってるのにぃ」ってふにゃふにゃに口を開けたとこにキスして、「だからしてる」とエストが言って──、めくるめくアレコレを全部覚えてて、凜華だって見てるハズなのに。


「記憶、刺激が強すぎない?」

「確かに未経験なのに、経験した記憶があるのは不思議ね!」

 早朝の通学路で、あっけらかんという凜華に、(凜華もまだなんだ!?)と思ってから、(いやこれは、魔物退治の話をしているのかも)と息を整える。


 私は本当にどうにかしてしまった……。


 駅前を通り過ぎると、肩のあたりで髪を正確に切りそろえた、太鳳美音ちゃんの姿を見つけた。こちらが声をかける前に、ちまちまと駆けてくる。

 一気に目が覚める気がした。


「ともえさんおはよう」

「美音ちゃん、おはよ」

 寝ぼけながらも挨拶をして、美音ちゃんの体半分ほどの大荷物に視線を送る。

「これか?これは、ふふふ、生徒会を効率化しようと思ってな!忙しい真緒さまを楽にさせるためにな」

「仲良しの子の為にいっぱい考えた証ってこと?優しいな、美音ちゃんは」

「仲良しなんてそんな!優しいのはともえさんだな!」


 凜華と同じぐらいの身長なのに、わたわたと手を振る姿は、とてもかわいらしく小さく見えて、思わず頭を撫でたくなる。


 ──凜華の好きな子。

 素直でまっすぐで、ちょっとハチャメチャで、凜華が唯一、心を乱される人。


「慣れた状況を効率化されても、逆に手間になるんじゃない?」

 腕を組んだ凜華が、ツンを盛大に発揮している。それに呼応するように、美音ちゃんも大きな声を出す予備動作。

「真緒さまはな、新しい意見を柔軟に取り入れる素晴らしいお方だ」

「物は言いようね、太鳳一人に委ねる、思考放棄の無能じゃないといいけど」

「真緒さまをバカにするな!」


 内容はともかく、ポメラニアンの子犬がきゃんきゃんと言い合っているようで、微笑ましい気持ちになるけど、凜華は、(こんないやみいうつもりじゃないのに~!)って顔してる。気付かないのが美音ちゃんのよさだけど、凜華を見ていれば、わかることなのにどうしてみてあげないのかな。


「美音ちゃん、はりきっているところ、引き留めてごめんね」

 思わず二人の間に割って入った。

「騒いですまない!じゃあ、凜華!ともえさんに迷惑かけるなよ」

 そう言って、足早に学校へ駆けていく美音ちゃんの背中を、見送った。


「なによ」

「そうだよね、普段から凜華に迷惑かけてるのは、私なのに」

「そっ、そっちじゃなくて!迷惑なんて思ってない、むしろ助けられてて……」

 美音ちゃんの後姿を見ている凜華は、私に向きもせず、言った。じっと見つめると視線に気づいたのか、長いまつげをぱちぱちさせて、私を見上げた。


 凜華が、私の視線に気づいてくれるの、好きだ。

「おもってないからね!?」

「ありがと」

 お礼を言うと、凜華はまた前を向いて、美音ちゃんの姿がもう見えないことに明らかにがっかりと肩を落とした。


「そうだ、凜華がうちの家で必要なもの、言って、全部買っとくから」


 凜華のためにお金を使うことを決めた私は提案してみる。凜華は、美音ちゃんが心酔する「真緒さま♡」の件について話したそうにしているし、あの黒髪美人、誰かに似ている気もする。でもあえて、話題をそらした。また眠気がおそってきたし。


 凜華は、気持ちを切り替えるように髪を整えた。


「ともえ、エストの時からそう。後で大変なんだから、使うものは吟味してから!」


 凜華は、前世の私にまでダメ出しをする。エストさんは私とは違うタイプの面倒くさがりで、もっと豪胆だった。買い物も「ここからここまで!」をするタイプ。私選ぶのがよくわからないから聞いちゃって、凜華の手を煩わせないで購入しとけばよかったのかな。


「ごめんね、記憶が戻って初めての朝なのに、私全然変わらなくて」

「いつもと一緒よ」


 たしかにそーだけど。


「いつもと一緒が、いいの!」

 腕にしがみつく、笑顔がかわいい。恋を自覚してるせいで、いつもと一緒の好意に、溺れそう。でも凜華は、美音ちゃんが好きだから。そこだけは、きちんとしていなければ。


 エストさんは──力持ちだったから荷物もって、どこへでも登ってた。死ぬ場所がわかるから、自分はともかく、ジルだけは守っていた。シェルパみたいに。そういえば、ヒマラヤ山脈の案内人がシェルパと思ってたんだけど、昨日、眠れなかったから検索したら、そういう民族なんだって。

 いま、魔物が襲ってきたらこの小さな命を守らなきゃ。自分より、大事だから。



「ともえ!?」

「あ?!え、はい!!」

 眠りから覚めて、凜華を見る。私より高い位置にいて、手を私の頭に載せている。凜華ずいぶん、大きくなって。


「おろして!」

「!!」


 凜華を無意識に抱きしめて、持ち上げていたことに気付いた。胸が頭に乗っていて、心臓がバクバク跳ね上がる。そっと下ろす。

 むうと膨れた凜華が、上目遣いにこちらを見ている。

「エストも急に持ち上げてびっくりしたけど!なに!?どういうきもちなの?」


 ジル──凜華にとっては突然で驚いちゃうみたいだし、過去のエストも、きづいてなかったかもなんだけど、今の私なら、理由がわかる。


 ──愛しさが、あふれちゃうんだよ。

 

 夜はあんなに抱きしめることに怖がっていたのに、寝ぼけている朝は危険だ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る