第11話 夕日

 記憶が戻ってから、数日経ったある日。

 ハッと目を覚ますと、凜華が私の髪をクシでといていた。

「おはよう、子猫ちゃん」

 あきれたっぷりの声。多分、もう起きる時間を30分ぐらい過ぎている声だなと、気付く。これはエストの記憶じゃなくて、与猶ともえの記憶だ。そんな差異も、慣れてきた。

「おはお……ます、おかあさん……」

「誰が母だ」


 うちの家に、母がいないことは凜華は知っている。だから、私のこんな冗談、本来なら少し気を遣う所なのかもしれないけれど、凜華はさらに一周まわって、気遣う方が悪いと思うような子だ。可愛い。


「起きたなら服を着て。4月とは言えさすがにキャミ一枚とか、風邪をひく」

「はあい」

 のそのそと制服を着ようとして、日曜日だったことを思い出す。


「日曜日じゃん」

「買い物の約束!」


 あっという顔をして、約束すら忘れていたことを悟られたが、想定内だったらしく、凜華はため息をついただけで朝ご飯の支度へ向かった。

「私だけなら、寝ててもいいけど今日はサトミさんもいるから」

 サトミさんとは、サロンで一緒にニットを購入してくれたスタイリストさんだ。面倒見が良くて、一緒に買い物にいくのは三回目。


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 合流直後に、ざっくりとしたベージュ色のニットにターコイズ色のロングボトムをあわせて、その場で着替えさせられた。


 自分では絶対に買わない色とりどりの衣装を購入して、──一週間分、プチプラとはいえ、ショップバックで両手が埋まった。

 凜華が初お泊りをして、中学の時のジャージを着てることがバレたので、ルームウエアもそろえることになり、はじめてのお店にいった。中学のジャージも多分こっそり着るけどね。

 短パンタイプのモコモコウェアをみつけて、凜華の為にこっそりカゴに入れた。


「あれ?可愛い系好き?」

 サトミさんがオレンジの唇を少しすぼめて、「それならぁ」と可愛い系統の服を探し出すので、自分ではないと言いづらくてあわあわする。

「かわいい系は似合わないです」

「そんなことないよ~。夏服はそっちで攻めよっか。あ」

 ハッと目を開いたと思ったら、サイズを見て、ニコニコというよりニヤニヤな顔で凜華をチラッと見て、「内緒にしておきたいのかな?」と小声で言うので、凜華用ってことを、気付かれたみたいだ。コクコクと縦に頷いた。

「なんで内緒なの~?」

 だって泊ることが嬉しいみたいで恥ずかしい。無言で立ち尽くす。


「ともえちゃんはピンクを着せたいのかあ、凜華ちゃんは紫テーマだけど、それもきゃわ」

 慌てて紫をカゴに入れた。「この色好きなのよ」って笑う凜華が見たい。

「凜華ちゃんは、ともえちゃんに着せたいお洋服しか着せないんだし、ともえちゃんも見たい凜華ちゃんの格好をリクしていいと思うんだけど」


 サトミさんはそう言って、ピンクのモコモコウェアをカゴにいれる。

「私が好きなものは、凜華の笑顔なので」

 言いながら、紫のものに変更した。

「苦手な色を「似合ってない」って恥ずかしい顔してるのも可愛くない!?」

 たしかに上目遣いにこっちを睨む凜華を想像したら、とんでもなく可愛かった。ハッとしてサトミさんを見ると、嬉しそうだ。

「どういう関係なのかなって、思ってたけど、色んな顔が見たいって、つまり~」

「親友です」

 サトミさんがどんな勘違いをしたか、わかったけど、こちらが一方的に好きなだけで、凜華には好きな人がいる。


「ねえ!サトミさん、このあわせかたってどうしたらいいですか」

 凜華が後ろにいて、ハッとする。サトミさんがささっと凜華の元へ行くので、私の頬は自動的に真っ赤になっていく。


 いまの、聞かれてなかった?


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 ふたりの素敵オシャレさんに圧倒された一日が終わり、帰宅後の洗顔。

 ソバカスが消えてきた気がして、「実はそばかすじゃなくて汚れだったのかなー」と自虐すると「面倒くさがりなともえが、毎晩きちんとお手入れしているからよ」と、荷物が多いからとついて来てくれた凜華は、褒めることも忘れない。


 すごいな、人を育てることに向いてるんじゃない?


 凜華はキョロっと辺りを見回して、「この前ちゃんと見れなかったのよね!」と枕元のプラネタリウムを見つけ、つけたけど、まだ明るい室内では、星を見ることはできなかった。ふりかえると凜華が、夕日に照らされて輝いていた。


「綺麗だよ」

「そうね、この部屋、白い壁だし」

 凜華にいったのに、プラネタリウムのことだと思った凜華は頷く。まあまあ恥ずかしいセリフだから、否定はしなかった。


「今度また泊りに来ていい?エストに抱かれて眠ることを思いだしたら、ちょっと寂しくて……なーんて!」

 抱かれて、の意味は、まごうことなくただの抱っこなのだろうけど、私のよこしまなエスト記憶は、R18を示していて、動揺しまくってしまう。

「今晩でも」

「……っ、急ね」

「日曜だし泊ってくれたら、月曜の朝、家に来る手間が減るでしょ」

 うそぶくと、凜華が噴き出した。


「今のあなた、ちょっと自信ありげでよかったわよ」

「え!?どのへん!?」

「今晩でも、ってとこ」


 私は、意味不明なことを言った気がしたのに、凜華にはお気に召したみたいでなにより。


「いままでの私は、相手の全部を褒めるだけで会話した気になっていたけど、人の話を聞くだけに徹してたら、自信というか気持ちを伝えられる余裕がうまれた気がする」


 内面は変えない、なんて言ってたのに。さすが凜華プロデュース。


「だから凜華、私に話すなって言ってたんだね。ありがと」

 うれしくて言ったのに、笑顔だった凜華の表情が少し曇った。

「……それはあなたがむやみやたらに口説くからよ」

「?」

「サトミさんと、なんか嬉しそうだったけど、彼女みたいな大人を素敵って思うの?」


 くどっ???

 まさか、サトミさんに嫉妬?と、とまどっていると、凜華は立ち上がり、私のそばに来ると、肩辺りに顔をうずめた。心臓が、とまるかと思った。と、同時にバクバク鳴って、エストなら、ここで何か一言……ううん、たぶんなにも言わないで、抱きしめて離さない気がする。


 凜華は私のなにげない言葉に口説かれていると思うんだ……。美音ちゃんを、好きなのに。妙にソワっとして、凜華を見ると、凜華もどこか、赤い顔をしていた気がした。髪も、頬も瞳も夕焼けに溶けていきそうなほど輪郭が曖昧になっていて、わたしの願望が見せる、幻覚かもしれないと思った。


 好きを自覚してから、踏み込まないつもりでいた。

 いいのかな、凜華に触れても……。頬に手を伸ばして、肌には、申し訳ない気がして、髪にそっと触れた。


「帰る!」


 凜華は音を立ててバタバタどたどた帰って行った。

 呆然としているうちに、凜華が施錠した音で目を覚ました。夕日が見せた、幻かもしれない。

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