第9話 とばり
白湯を作っていると、凜華が私のベッドに転がって、台所で動揺した。
「寝るの?」
白湯を手に声をかけると、答えもせず、いそいそと立ち上がって白湯を受け取る凜華に、私は立ち尽くしたままだ。
「そういえばプラネタリウムって、まさか私が中学の時の誕プレの?」
笑顔の凜華が振り向く。星が好きだと言ったら、凜華がくれたもの。縦に頷くと、凜華は嬉しそうに「あとでつけてね」と笑った。はじめてのお泊りだから、はしゃいでるのかな。
──もしも、そのプレゼントに対して、凜華が私に特別な想いを抱いていて……私が、見逃していたとしたら?
なに考えてるの!慌てて思考を消した。
凜華はお客様用布団を自分で用意して、私のベッドの脇にひいた。
「今日の話し合いは終わり?」
「記憶がたくさんあって精査しきれないから、一度、眠りましょう」
「なんで、気のすむまでしよーよ」
「なによ」
「なにが?」
「あなた、こころここにあらずなのに」
凜華に言われ、私は首をかしげた。違う、違うんだ。
抱きしめたい感情と戦ってて、心ここにあらずなの!!ごめんね。
「えーっと、ほら、色々考えながら話してるから!さすがにファンタジーな世界線は気になるよ、魔物?に報復して歩いていて、土地を取り返してたって家に帰れなかったからちょうど良い死出の旅だったし」
凜華がわざわざ、ひいたばかりの布団から、私の横に座り直して、私を睨むように腕にしがみ付いた。どきんとする。触れている部分があったかくて柔らかくて、このまま、肩を抱きしめて……。そんなの、できるわけないのに。
「過去を想い出したら、さみしいと思ったの」
「……」
凜華がスンとして見えたのは、私が過去の記憶に傷ついていた場合どうするか、考えてのことだったんだ。それで、妙にはしゃいで……。さあっと血の気が引いた。エストみたいに、ひとりにしたら、死ぬかもとか心配されてたのか!
「飛躍しすぎ!いや、ごめん、心配してくれたのに、ぜんぜん考えもしなかった。エストの記憶は、エストのモノで私じゃないから」
「そう、ならよかった……!」
花が咲くような笑顔。凜華も、ジルの記憶のせいで、心配してくれたんだろう。自分のよこしまな感情を脇に追いやる。彼女は、すごく純真だ。ひどく申し訳ない気持ちで顔を覆う。
「どうして凜華はそんなに優しいの」
「私が優しいからじゃない」
あれ、ツンが発動してる。どうして。少し考える……。性格がいいからじゃなくて、私にだけ特別って、こと?……。もう。
「私に優しくしてくれて、ありがと」
「どういたしまして」
沈黙が心地よい気がして、黙った。凜華も、同じ気持ちだといいな。まだつかまっている手の甲に、ポンと優しく触れてから、白湯をひとくち飲む。
暖かなお湯を飲むことも、難しい旅路だった。乾いた木を集めて、ジルが魔法で火を灯す。彼女を抱きかかえ、寒さから身を守る。エストは気付いてなかったけど、ジルの暖かさに守られていたのは、
アリューシャが焚き火に照らされた様子でこちらを見て笑うので、下を見ると、ジルがすやすやと眠っていた。羽のように軽い彼女を抱きしめて、私たちも寝ようとアルに言う。満天の星空の下、野宿をする。魔王を倒すための休息だ。
「ねえ」
思いだした記憶を話そうと声をかけると、凜華は私の肩にもたれてすっかり眠っていた。
「!!!」
色んな感情が湧き出そうになるけど、とりあえず手に持ったマグカップをベッドのサイドテーブルに、凜華を起こさないよう、変な角度で置いた。
私のよれよれジャージを着てる凜華は色々、はみ出てる気がしたけどそれは見ないふりをして、抱きかかえようと、みえ……あー、あー……えー?触るの難しいな。
漫画や小説だとここでかっこよく決めたりするんだろうけど、風邪をひかないようどうにか……片思いの相手にキュンとするシチュエーションをいくつか思いだす。
待って、親友なのにどうして片思い前提の話を。
……。
私は、遠い宇宙からいろんな角度で、だんだんと今の自分をズームではなく至近距離で見ているような感覚に陥る。宇宙の果ての私から見たら、今の私って。
どう考えても。
──。
わかった。いっかい認めよう。私は凜華が好き。エストの時よりずっと、この子を大事にしたい。エストのジルへの想いが愛だとしたら、それよりずっとずっと大事で、それならこれは、愛で恋だ。それは絶対に負けない。
(片思いしてる)
認めたら、動けると思ったのに、さっきよりも心臓が早く動いて立ち止まる。
眠るのが惜しい。けどたぶん、凜華に怒られそうで、どうにかしなきゃ。
意を決して、肩を抱いて、胸におさめたい欲求と戦いながら、もちあげる。
羽のよう!すごい!クルクル回れそう!!
お ち つ け。
体温とか、柔らかさとかがダイレクトで、目を開いてないと歩けないのに、目を開けると、結構大きな胸とか、真っ白な足とか、柔らかな髪とか、すやすや眠る長いまつげが頬に作る影とか、少し開いた赤い唇が光って見えて、私の胸にストンとおさまって、すやすや眠る姿は本当に無防備で……目を閉じていないとあぶない。心臓が爆発しそう。このまま、自分のベッドに入れてしまいたくなる。
私はこんな純真な子に、なんて感情を。
──理性を総動員させて、お客様用布団に凜華を無事に入れることが出来た。
HPが全部なくなった気がした。
凜華の為のきちんとした布団を一式そろえようかな。うちの家族から送られてくる通帳に増え続ける現金という名の愛を、凜華の為に使うのは、正しい気がした。
凜華が見たがったプラネタリウムをつけて、部屋の明かりを消し、私も一段離れたベッドに横になる。凜華が目を覚ましたら満天の星空の下眠っているような錯覚に陥るかもしれない。
エストはジルを抱きしめて眠ったけれど、私が凜華を抱きしめて眠る日は、こないだろう。だって凜華には、好きな人がいるから。火照った腕に残った感覚に、申し訳ない気がして、丸くなった。
──「いいな、私もディアを抱きしめて眠ってみたい」
過去の記憶がふと、蘇る。
そう言ったのは、ジルとエストの様子を見ていたアルだ。
「ディアもこの世界にいるのかな」
アルの恋人の名を、呼んでみる。
でも、あまり考えたくなくて目を閉じた。
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