第16話 整理整頓
凜華と初めて話をしたのは、厳しい先生に私の髪を黒く染められ、シミがついた新品の制服を、水道で洗っていた時だ。
タオルを貸してくれながら、真っ赤になって「抗議にいこう」と叫んだ凜華に、「先生も仕事だから」と言うと、呆れた凜華が私に対してしばし怒った後、ハっとして、「一番傷ついているのはあなたなのに」と反省するように呟いた。
「黒く染まったぐらいで、あなたの内面の美しさは消えない」
凜華の、赤いというより少しピンクがかった髪が夕日に溶けて、たくさん開いたピアスが、キラキラと閃光を放っていた。幻想的で、心が躍った。
「内面って!まだ知り合って数分」
思わず笑い出すと、凜華も照れて笑った。思い返してみれば、この時に心を奪われたのは、確か。
凜華の強さには憧れたけど、染めるって手段を教えてくれた先生には感謝した。はじめて、周囲に溶け込んだ気がしたから。
黒髪で帰ってきた時の家族の反応はすごかった。カチコミじゃ!という父の腰にしがみ付いて「お父さんと同じ髪色になったから」と言って……。そう、母の事故のあと、なんやかんやあって両親は離婚して、母が残していった伊達眼鏡をかけて、「母と父が、私で完成」とか言って、父が号泣して大変だった。
最近、兄から聞いた話によると、なるほど、このあたりで、皆が私の事を誤解したようだ……。健気な妹ちゃんが爆誕。
家族の笑顔の役割を得た気がして、ずっと黒髪のまま。家族が溺愛して、心配してくれて、そして私は高校から、だらだらしたくてひとり暮らしを始め、生来の面倒くさがり屋に拍車がかかり、ぼさぼさになっていくわけだけど……。
いま、髪色を戻したのは、凜華の隣に立ちたいから。
今までの自分って、面倒くさくない方向、水は低い方に流れる……だっけ、役割をするのはとても簡単で、思考パターンも単純。「自分の為」となるととたんに真っ白になってしまう。そんな感じで生きて来たのに、今回は、面倒でも頑張ってる。凜華のため。自分のため。
それから──、凜華と仲良くしたら、彼女が、隣に住む太鳳美音ちゃんのことを好きなコトなんて、すぐに気付いた。
美音ちゃんはストレートの髪を肩で綺麗に切りそろえた才女で、クルクル表情の変わるイイコ。凜華は多分、頭のいい子が恋愛対象なんだろうな。でも、美音ちゃんの前だと、いわゆるツンという感じで、ふたりは生まれた時から出会うと喧嘩しているらしい。やさしい凜華が、大好きな美音ちゃんにだけ、整合性のない様子になることが、理解できなくて、
「恋って、そういうものなの?」
なんて思わず言って、凜華を怒らせたけど、凜華は「絶対に違う」と認めない。今ならわかるし、なんならいままで揶揄ってきたのも申し訳なくなっている。
(金平糖は渡せたのかな?思いを込めたって、言葉で伝えなければ、恋が、バレるわけでもないのに)
ぼんやりと尾行している三人をみた後、凜華のつむじをみた。
──魔王をみつけた。
凜華がそういうんだからきっとそうなんだろう。
私は彼女を全面的に信じる。
けれど、魔王の生まれ変わりと、直接かかわろうとするのって、危険じゃないのかな。
生徒会長とは、一年の頃に一度だけお話したことがあるけど、理知的で素直そうな人だ。私のことなんて忘れているだろうけど、彼女が推し進めてた校則改定の票集めを手伝ったりした。おかげで今、髪色を自由にできている。
もしも彼女が、魔王の力を得たとして、世界征服とか侵略戦争をする意味が分からないんだよな。良いことに使いそうなぐらい、純朴な感じ。
──アルと幸せになるために、転生したんじゃない?
恋愛脳の私は、そう思うけど、凜華に言ったら怒られそうだな。
目の前にチカチカと星座が回る。急に走ったりしたから、貧血かな。
前を行く凜華、その目線は美音ちゃんにある。抱きしめて歩いていたエストとジルの日々を思い出す。ジルが進む方向を見ていても、エストへの大好きが漏れ出していて、エストは心地よい気持ちになって、ニヤニヤして、赤くなったジルに殴られたりしたんだけど。
今は、エストの頃よりずっと凜華が大事なのに、美音ちゃんの背中を見つめる凜華を眺めているだけ。夕暮れの赤が映える、出会った日よりずっと綺麗になっている凜華に、好きの意味が勝手に置き換わってしまった私は、「親友」という「役割」から離れた気がして、触れることに罪悪感がともなう。あの日のように、「内面が美しい」って言ってもらえる自信がなかった。
凜華の大好きが漏れているのは、美音ちゃんで、私じゃない事が、腹立たしかった。私を見て、なんて、考えるようになると思ってもみなかった。
胸が痛い。
その夜は、悲恋の夢を見た。
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