第6話 論


 腕組みをした凜華が、校舎裏のベンチに座った私を見下ろす。身長は私のほうが30cmも高いのに、凜華のほうが大きく見える。凜華のプロデュースで髪色を戻してから、初めて過ごした学校生活の午前中、きっと色々失敗したんだろう。やたら荷物持ちを頼まれたんだけど、筋力無くて全く持てなかったし。


 私はググっと息をのんでから、頭を下げた。


「ごめんなさい!」

 私が謝る前に、凜華が頭を下げた。びっくりして、立ち上がって凜華をみた。

「だんだん冷静になってきたんだけど、私が思っていた数倍、とにかくあなたって目立つのね。理由があって、髪を染めてたのだったら、先に謝りたくて」

 私は、慌てて首を横に振る。


「そんな、黒に染めてたのは、兄妹全員母と同じ髪色で、仲間外れの父を喜ばせたかったの。本当は染めるの面倒だったけど、一度やり始めたら結構気楽で!」

「え。ええ……?お父様思いなのね……」


 凜華がホッとしたように微笑んだ。ふたりでベンチに座る。凜華は勝手なように見えて、本当にやさしい。


「それより、凜華の思い描く通りにできてた?」


 やっぱり髪型を変えたくらいで、世界がすごく変わるなんてことなかった。まだまだむちむちに太ってるし。


「ともえ。登下校で聞いた悲鳴、それから、教室での小清水さんの態度、あれは、あなたの素敵さに驚いていたんだよ、だから、あなたってもしかして、目立たないように世を忍ぶ仮の姿をしていたのかと……!」


 なんて突飛な考えだ!

「面倒でずぼらなだけだよ!」

「でも!」

 凜華は、私に渡すはずのお弁当をグッと抱きしめた。

「どうしよう、これ以上美しくなったら、大変かもしれない」


 凜華の心配に呆れてしまう。それよりも、そのお昼は凜華が用意してくれたダイエットメニューだ。何時に起きてるんだろ?すごい。自分ひとりだったらとっくに飽きてた。まだ一日目だけど。

「それ、がんばって作ってくれたんでしょ?たべたい」

「……っ」

 おねがいして、凜華のごはんを貰う。豆腐ハンバーグが美味しすぎてびっくりした。

「すごい!才能に溢れすぎてる」

「ほめ過ぎ……おだててもなにもでないわよ」

 困ったように微笑む凜華の横で、モグモグ食べすすめる。けっこう噛み応えがあって、お腹がいっぱいになってきた気がする。たぶんご飯を食べないから、お菓子とかを食べちゃって、そしてあの恐ろしい体重になっていのかも……。


「気楽といってたってことは、自分が目立つことは知っていたのね?」

「……凜華だって、美しいと言われて居心地悪いこととかない?」

「ない。だって綺麗にしてるから」

「わあ」

 さすが!と噴き出して、女王様のような顔をしていた凜華も一緒に笑った。


「母が事故に遭った時の話って言ったっけ」

 凜華が、ふるふると首を振る。

「……、父の為もあるんだけど、母が事故に遭った時、それまで周りで色んな声がしてたのに、誰も助けてくれなくて」

 カーブミラーに、自分と母しか映ってなかったのが、本当に怖かった。

「……」

 あ、ちょっと重たかったかな。もう少し明るい伝え方があったかも。

「えっと、母は軽傷だよ、大丈夫。……えっと、でもね、髪を黒く染めたことがキッカケで、好奇の目が消えて、楽になったの。贅沢な悩みだと言われるかもしれないけど、自分の性格では、息苦しかったことに気付いたというか」


 説明を聞いてもらうのが申し訳ない気がして、早口で言うと、黙り込む凜華の髪がなびく。

「私が、ともえをいたずらにスポットライトの中央に押し出したのかな」

 どうしよう、悲しませてる。

「プロデュースなんて言い出した時はびっくりしたけど、つまり」


 表情が見えないから、綺麗に整えられた指先に、少しだけ触れる。

「……っ」

 言葉を出さず、凜華は私をまじまじと見た。


 凜華と私、性格は違うのに、居心地がよかったから一緒にいるだけだけど、 私がずぼらで面倒くさがっていたせいで、親友が、自分の美を引き合いに出されて、けなされて、自分がそばにいるせいだと、傷つけていたんじゃないかな……。


「私が凜華を傷つけていたことに、ようやく気付いたから。だから、私は、私のできる範囲で、凜華の笑顔がみたくて、やったんだよ」


 ハッとした凜華の顔に、思わず笑みがこぼれる。凜華は、自分が好きでやってる善意を、気付かれると、どうしたらいいかわからなくなる子。

「じゃあ私がそばにいる、あなたが大変な時、絶対そばを離れないから」

「頼もしいな、凜華!」


 おだててもなにもでないというけど、すでにいっぱい貰ってる。本当に大事にされてるんだから、凜華のとなりにふさわしい私にならなきゃ…。


「ともえは愛されて育ったのね」

 たしかに家族には、すごく愛されてる……けど。

「凜華にも愛されてるよね」

「!!!」

 凜華がぎゅっと顔をしかめる。凜華は、太鳳美音ちゃんが好きなんだ。長く片思いしている。この愛は親友の愛。


「ちょっと待って、近いし、その話かたはなに」

「え、話し方は変わってないと思うんだけど」


「……あれ?そうね。ともえって人のいいところを見つけて褒める子だから。でも。なんか……。あ、そうか、今までは髪で目が隠れてたから。たしかに話をする時ちゃんとこっちを見てたわ。真っすぐ、見て話すから……」


 むうっと頬を赤らめて、凜華は私をグイーーーッと腕いっぱいに私を押しやった。なに、なに、ネコが飼い主にコレやってる画像、見た事ある。もしかして、怒ってる?全然わからない。


「とりあえず!対策を練るまで今日は口を開かないで!」

 な、なん……って暴論。


 でもイイコの私は、わけもわからないまま、午後からは一言も話さなかった。これも、凜華の笑顔の為になるなら。

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