第7話 光
よれた着心地のいいキャミに中学の時のジャージを着て、前髪をバンダナであげて、八個の化粧品を皮膚に塗りたくって、美顔ローラーを顔にコロコロ。この流れにも、慣れてきた気がする。
鏡の中、目元のほくろの辺りにコロコロしながら、凜華の言葉を思い出した。
『この泣きほくろが見える側に座って黙ってじっと見つめて!』
お昼休みの校舎裏で行われた、凜華との作戦会議を思い出す。会議というか、凜華の「与猶ともえプレゼン」のよう。
「これからは孤高の存在になるの」
「孤高?!」さっきそばにいると言ったばかりなのに。
「さみしいな、凜華は、そばにいてくれるよね?」
少し不安に思って、顔を覗き込むと凜華は頷いた。
「う」
「う?」
「上とか下とか決めつける人ではなく、あなた自身を見て、あなたも尊敬できる人だけがそばにいる状態を、目指しましょう」
頼もしくて、嬉しくなってしまう。でも、上とか下とか……そんなふうに見る人と付き合わなければいいだけの話じゃないと思ったんだけど、「それを、初見で見破れるの?めんどうでしょ」
──凜華のほうが私の面倒くさがりを熟知している。
「それでも迷ったら、ひとつだけ、ともえがしたいことを決めてみて。1個ずつ消化していけばいい」
やっぱり大掃除のやりかたじゃない?おしゃべり禁止で、この日は台所、この日はクローゼットみたいな……。
とりあえずそんな感じで今のところ、学校生活は順調に進んでいる気がする。
喋ると”うすのろ”が露見して、あっち行けこっちいけ荷物もってと言われて、いろんなことを頼まれるので、やはり喋らないのは正解なのかも。
目立つのは苦手だけど、凜華の横にいても、凜華を傷つけないような人になりたい。
時計が22時を表示した瞬間、スマホのアラームが鳴った。「ねろ」の文字。
「そうそう、シンデレラタイム……」
設定されたんだった。凜華の言うとおりに横になる。ジャージを布団の中で脱いで、ベッドから落とす。は~、開放感!一人暮らし最高。
中学の時、凜華に貰った誕生日プレゼントのミニプラネタリウムを付けた。ほの青く光る。手のひらにプロジェクターの明かりをぶつける。
反射するだけで、星はつかめない。
::::::::::
それから、あっという間に春休みが来て、そうこうしているうちに、二年生に進級。また凜華と同じクラスになれて、ホッとした。隣の席に座った。
朝のHRが始まる直前、辺りが白い光に包まれた。
その刹那。頭の中に、色んな記憶が流れ込んできた。「化け物」と罵る男性の姿。雪の中で凍える、私。──私だけど、少し違う。温かな毛布で抱きしめてくれるピンク色の髪の少女。
泣いた日も笑った日も、彼女の両親が死んだ日も。彼女と、共に戦い、ともに眠り、生きた。どんな試練があっても苦労をおくびにも出さない朗らかな彼女と結ばれ、抱いた。彼女と出会わなかった日々は闇、彼女は、私の人生を照らす、たった一つの光だった。
記憶が巡り、金色の髪の銀の鎧を着た少女の、心が壊れるような叫び声を聞いた気がした。
ハッと目覚めると、ほんの数秒しか、経ってないようだった。ざわざわとした教室の中。
「エスト」
名前を呼ばれ、そちらに振り向く。
「ジル……?」
私も、彼女の名前を呟いた。抱きしめた肌の感覚が鮮明に残っている気がしてぞくっとした。
凜華が、私を見ていた。
「そっか、なるほどねえ」
凜華はあっさりとそういう。教室はまだざわついていて、全員が光を感じたようだった。私は現状を飲み込めず、凜華のあっさりとした態度に「どうして……!」と問いかけてしまう。
「前世でせっくすまでした仲だから、あなたといてこんなに和むんだなって」
「セッ……!」
言葉をすべて発することが出来ず、私は机に突っ伏した。
前世と決めつけていいのか、生まれ変わりなんてものがあるのか、グルグルと思考が躍る。生きてから死ぬまでの記憶が、今まで生きてきた時間の数倍、時々ぼんやりとはしているけれど、鮮明に確かに。
私たちが同じ時間に生きていた過去は、真実だった。
「ねえ、私たち、魔王を倒す勇者一行だったよね」
私が思わず言うと、ジル……だった凜華が綺麗な指先をそろえて私に耳打ちをする仕草をする。身を寄せると、いつもより少し緊張した。
「そうだけど、こんな話、教室でしていいと思えないから、今夜、あなたの家に泊まってもいい?」
ドキンと心臓が鳴った。
愛し合っていたという記憶が思いだされた日に!?
「ふたりでプラネタリウムでも見るの?」
思わず出た言葉がそれで、私は自分に驚く。
「バカ」
凜華に冷静に言われ、(本当にそう)と思った。自分でもなんでそんなことを言ったのか、わからなかった。
そして。
もしかしてこれ、素直にお話できないやつでは……。
少し考えたけど決定するのは怖い気がして、これ以上、自分の口から、自分では思ってもみないような変な言葉が飛び出ないよう、祈った。
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