第5話 教室
教室にたどり着いた私は、一瞬、教室が静まり返った気がして足を止めた。
自分より身長が高い子も、数人しかいないので、見上げるしぐさはいつも通りなのだけど、こんなふうに全員に見上げられたことはない。いたたまれない気持ちになった。逃げて隠れたい。思わずカバンを胸に抱えた。
「堂々として」
凜華の声。何度目の注意かわからない。私は天井に頭をあてるぐらいの気持ちで、背筋を伸ばした。鎖骨に光を集めるように、だっけ?
席に着くと、辺りがざわつく。
……。やはり、金髪は驚くのだろうか。うちの校風は、前述の生徒会長のおかげで緩やかなものになっていて、みんな好きな髪色をして、好きな格好をしているけど、かくれるのが趣味みたいな地味な”でくの坊”が急に金髪に戻したら、何があったのか驚くのも無理ない。
「あの」
後ろの席の、小清水さんが話しかけてきた。
小清水さんは、ツインテールの髪をふわふわとさせていて、いつも丁寧にプリントを畳んで帰るような、小さい可愛い子だ。ちょっとポメラニアンぽい。
「
名前を問われて、「?」となる。!!!なるほど!!!私だとわからないんだ!!!前髪と眼鏡でほとんど顔が隠れてたものね。そりゃ知らない人が教室に入ってきたらビビるよね。席に座ったから、わかったんだ。復唱しよう。
「
前のように前髪をぱさぱさと中央に戻す。視界が髪で埋もれているほうがホッとする。が、サロンクオリティーのカット力で、サラサラと元の分け目位置に戻っていく。猫背でしゅんとなるが、隣にいた凜華に背中をツンとされて、真っ赤になって背筋を伸ばした。
「ええ!」
ガタ!っと小清水さんが立ち上がる。小清水さんは弓道部で、月に一度ぐらい朝練のまま袴で授業を受けるような元気な人。授業中、「でかい人が前にいるからわかりません」と結構ご迷惑をかけている。プリントを渡す時ですら目を合わせたこともない。
「えっと……違ったかな」
もしかして、と思ってハッとする。
「やっぱり大きい私が前だと、授業がみえない?席替えしようか」
問いかけるようにそっと手をのばすと、ストンと着席して、「はい」と小清水さんは小さな返事をした。いつもの小清水さんだ。プリントを渡すときも、「はい」とは言ってくれる。
「席はこのままで、いえ、この席が良いです」
いいんだ?実は私のほうが交換してほしかったんだけど、仕方ない。だって後ろに小さな子がいると、背筋を伸ばすことが出来ないから。でもせっかく凜華が隣の席だから、交換すると寂しいかも。
「あの、ともえさんって呼んでもいい?」
突然の申し出に、驚く。同級生で、苗字読みはよそよそしいとは思ってたんだ。赤い顔をして、前のめりに聞いてくる。緊張してる?もしかして、普段目が合わなかったのも緊張してたのかも!きっかけがないと話せないよね、わかるよ~~!!!
ということは、この髪色がきっかけになってくれた?すごい。
うれしくなって凜華を見ると、凜華は頬杖でこちらを見て、空いてる方の手で「つづけて」というように手を払った。う、まつ毛なっが。足組むのサマになっていいな。
「うん、いいよ。さん付けもやめて」
「
小清水さんが、話しを挟むように急に叫ぶ。
「千佳」
なんか、この様子を凜華にマジマジとみられているのが恥ずかしくて、小さな声で呟いた。こんなに急に距離を詰めていいもの?あとで教えてよね、凜華。ああ、でも内面はプロデュースに入ってないんだっけ?わーん。
「ともえさん~~!」
手を前で組んで、嬉しそうにしている。あれ、私のほうは呼称つき。高校に入ってから凜華以外と話したことが無かったから、急に仲良くなるって、不思議な気持ち。
「ともえ、そろそろ授業はじまるよ」
(友達出来たかも!)と、うきうきした気持ちで凜華に向きなおる。
「脚閉じて、前むいて」
凜華は長いまつげの影を頬に落として、前を向いている。私は自分のスカートの短さを思い出して、時計を見てあわてて前を向いた。後ろで小清水さんがなにか言った気がしたけど、「あとでお話の続きをしようね」と小さく手を振ると小清水さんは頷き、机に突っ伏してしまった。一限目から寝るのかな……。隠れ蓑になるとはいえ、堂々としたものだ。
凜華が頬杖をついて、こちらをじっと見た。
「対応力ある」
「?」
意味が分からなかったので、あとで聞こうと思った。
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