第4話 登校

「きゃああ」


 悲鳴が上がった。ビクッとして飛び上がる。なにかあったの!?

 早朝、通学路。学校の生徒たちが大勢いる中、私は凜華といつも通り、歩いていた。


 そちらを見るけれど、なにも起こってない。女の子がふたり固まってこちらを見ているので、もしかして背面になにかあるのかもと思って後ろを見たけど、街路樹があるだけだった。


「ともえ、きょろきょろしない」

 凜華に怒られて、背筋を正す。

「鎖骨に光を集める感じで」

「うい」


 私をプロデュースすると言い出した凜華は、今朝はいつも通りより少し早くから私を起こし、丁寧にソバカスを消して、昨日の私のように綺麗目に整えてくれた。ちなみに合鍵を渡してある。起きれないので独り暮らしを始めた頃から、凛華が世話を焼いてくれて、お迎えから始まり、今では身支度まで……。絶対面倒くさいと思うのに朝から元気で溌剌で楽しそうで、だんだん目が覚めていく。太陽なのかな?この部屋は西日しか当たらないんだけど。本当に頭が上がらない。


「そーだ、土日に、服を見に行くからそれまでに3kg痩せておいて」

 ベッドの降り口に小さい体重計を仕込まれていてあっさり乗って、今の体重にふたりで「ぎゃっ」と恐怖で叫んだ。凜華が怒るでもなく真顔で「ごはん、作るから」と言ったので本気でヤバいんだ。うえええ……。


 プロデュースは昨日だけのことではなく、まだまだ続くようだ。


 私個人の中身を変えるというわけではなくて、外見を変えることで、周りの意識を変化させる、という…???凜華は頭がいいけれど、私は頭が悪いので、言ってることの半分もよくわからないが、外見の美をとことん追求!らしい。

 内面も、本当はよくなりたい。弱虫ででくの坊な私は、強く気高い凜華の横にいて、本当に良いんだろうかと、思ってしまうから。


 カーブミラーに金髪の自分が映ってドキッとした。慣れない。


 風に髪がなびく。染めたばかりなのに、サラサラとして、サロンで染めたおかげかなと、予約を譲って──ではないな、予約を待機していてくれた感謝を込めて、凜華を見つめた。凜華がこちらを見てから、私の腕を抱き締めた。うわ。別に前からしてることなのに、妙に驚く。なに、その一回みたのは、なに?

 そういえば、凜華は私の髪色を一度しか見ていないはずなのによく覚えていたなと思う。髪が伸びてもきっと、ぷりんにはならないだろう。



『黒く染まったぐらいで、あなたの内面の美しさは消えない』


 初めてあった時、凛華はそういってくれた。なにを持って、あんなふうに断言してくれたんだろ、私は、いいかげんでずぼらで、辻褄合わせでなんとかかんとか切り抜けてるような人間なのにな。金色になっただけで、私の何かが変わるのかな。


「きゃああ」

 また悲鳴が上がった。恐ろしいな。虫でもいるのかな?怖い。


「だから、きょろきょろしないで、堂々としてて」

 腕を組んだままの凜華が、私を見上げる。

「だって凜華、虫がいるみたいなんだ、刺されたらやだなと思って」

「いないし。ともえって怖いものが多い」

 凜華の返事はそっけない。


 風が強い日だ。自分史上、一番短くしたスカートを少し下げる。虫に刺されたらもだけど、階段でパンツが丸見えも怖い。


「いま、ニコッとして」

「え」

「早く」


 凜華に腕をひかれながら言われて、私はニコッとした。あんまりやったことがないから、唇はひきつる。いつまで?いつまで?腕にしがみつく凜華の柔らかさにちょっと気が取られる。可愛い。


「きゃあああ!!!!!」

 ひときわ大きな悲鳴が上がって、ビクッとした。見ると、別の高校の制服を着た女の子が驚いたようにこちらを見ている。後ろを振り向くが、なにもない。なにもないというか、なぜかうちの高校の生徒たちが数名、後ろについていて驚いた。


「よっし!」

 凜華がガッツポーズをして私を見上げる。

「あの女たち、もう一度こっちにぶつかってくるような度胸なかったみたいね」

 にやりと笑って嬉しそうに私の腕を振る凜華がめずらしくはしゃいでいて、とても可愛い。


「っていうか、おぼえてない?あの子、あなたにぶつかってきた子よ」

 溌溂とした笑顔でそういうが、キョトンとしてしまう。説明を受けて、ストレス発散の子だと聞いて思いだした。凜華を美人って言った子!


「いちど見ただけの子なんて、覚えているものなの」


 私は凜華と頭の出来が違うから、自分では理解できないなにかが起こっているようで、もしも可視化できたなら、クエスチョンマークが頭の上に出ている事だろう。

「あなたって、そういうとこ、ほんっと!」

 褒められたのかけなされたのかわからない音の響きで、嬉しそうに髪をなびかせて、凜華が笑った。かわいい。


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