第3話 変身

 全面ガラス張りの外壁からみえる外はすっかり真っ暗になっていて、背筋を伸ばせと言われたので猫背から、ピシッと立つと、顎やら膝を直された。

 制服のブレザーではなくざっくりしたニットを渡された。施工(?)されている間、凜華とスタイリストのお姉さん(本格的だ!)が、購入してくれたそうだ。


 先ほどまでつけていたケープを剥ぐと、制服のシャツ一枚で、少し肌寒かったので、素直に羽織る。


 プラチナブロンドの髪はショート。眉も整えられてる。あんなにあったそばかすも、赤ら顔もどこかに消えているのに、右目の下のホクロだけはきちんと表示されている。タレ目が強調されているようだけど、いつもよりずっと瞳が大きく見えた。

 鏡に映る姿は、樹木、ではなく──母親を思い出した。

「わお、首が長いからショートが似合うね、ここに分け目ができるから──」

 専門的な会話がなされてるけど、つまり、ずぼらな私用に、洗い髪を分け目中心に乾かすだけでなんとかなる髪型らしい。

 でも、あの、気付いたんだけど、もしかして、皆、朝、支度前になんかしてるの?!?


 それから、スカートの位置を直されて、寸胴の体がなぜかすらっと見える。


「胸が大きいから、ジャケットをサイズ通りに着ると肩幅のラインで体が見えちゃうのよ。ニットの緩やかな曲線で、スッキリとした視覚効果を狙って」

「やっぱダイエット必要?」

「うーん、まあ高1でしょ、背が高いからまずは健康体重に。メニューわたす」

「ありがとうございます」


 大きな丸いイヤリングをしたスタイリストのお姉さんと凜華が、なんか怖いこと言ってる。

「このメガネは度が入ってないけど」

 凜華が、丸眼鏡を店員さんから渡される。

「唯一のオシャレが!」

 凜華がギュッとにらんでくるので、長年の相棒に手を振るが、「捨てるわけないでしょ」と磨いてから、可愛らしい眼鏡ケースに入れて返してくれた。おお、相棒、キミも磨かれたな……。


 凜華は、どう思ってる?やってみたけど、ダメって感じ?ずっとけわしい顔してるけど。


 もういちど鏡を見る。まるで自分ではないみたいだ。うう。

「おどおどしない」

 店員さんが言う。けど、もともとの性格がすぐには、変わらない。

「外見が伴えば、精神もそれにつられると思うから」

 つまり今までは黒髪に精神がつられてたってこと?黒髪黒目に申し訳ないな。うちの生徒会長みたいに凛とした黒髪美人だっているんだから、ただ私が面倒くさがりなだけだとおもうんだけど。


 鏡を見ると、やっぱり、母親に似てる。大好きだった、ふざけて一緒に買った眼鏡。そのすぐあとに、私の目の前で事故に遭ったお母さん──……。目をそらす。


「こんな化粧、明日からできないよ」

 泣き言を言うと、凜華がハアとため息を吐いた。

「コンシーラーとパウダーだけよ、朝の支度のついでに、私がやる。髪と眉とまつげを整えたから、目元がはっきりと出たってだけで、そこまできちんと化粧をしたわけじゃない」

「そうなの?」

「そうなの!」

 シーリングライトもゴミをとったら明るくなるもんね……。凜華の嬉しそうな顔に、無駄にときめいてる場合じゃないんだけどやっぱ嬉しそうでかわいい。


 それからこれ、と凜華はずらっと化粧品を渡してくる。

「いちばん端から順番に、お風呂上がりにつけて」

「えッ」

 めんど……8番まであるじゃないか……。顔に出ていたのか、凜華はなだめるように本来なら、コットンに……みたいなアレコレも省略した、とにかく順番通りにすればいいだけだという。その代わりに、美顔ローラーとやらを渡された。気が向いた時に顔に当てろと説明をうける。

 さすがのサロンクオリティー、店員さんがパッチテストをしてくれて、綺麗になっていく皮膚におののく。なにが入ってるんだ……。


「全部買うよ、またあさってくるの面倒だし」

「え?!」


 テストの結果が48時間後と聞いた私がそう言うと、自分で買えと言っておいて、凜華が声を上げた。

「だって、必要なんでしょ」


 たぶん使い切る前に飽きる。

 でもさ、これ、たぶんすごい計画してたよね?これ、昨日今日、決めたアレじゃないよね?スタッフさんも、総出じゃないか。

 凜華、いつから私のために、心を痛めてたの?ごめんね。

 スタイリストさんをチラッと見ると、コクンと頷いて、正解を知る。凜華は、説明を省きすぎる。


 凜華がしばらく黙って、驚いたままだったけれど、ニコッと笑顔になった。


「うれしい!自分が選んだものを、そんな即決されるなんて!楽しんでみてよ、ともえはそういうの得意だと思うけど」

「かいかぶりすぎ」

「だって、人のいいところを見つけてほめるじゃない?それってなんにでも適応できないかな、この化粧品のいいとこ見つけて、私に教えてよ」


「凜華ってほんと面倒見がいいなあ」

 思わず呟くと、「そういうとこ!」と凜華は叫んだけどどっちがだ。兄から預かったカードでお会計をすます。最初は大金だと思ったけど、初回割引とか、凜華からの紹介ってことでバシバシ値引きされて、高校生には高いけど、食費を少し我慢すれば……!くらいになって、びびった。外食を控えよう。


「私はほめるの好きだけど、嘘を言ってるわけじゃないから」

 カードが戻ってくるのを待つ間、言うと凜華の頬が染まった。凜華が、プンと怒って、太鳳美音ちゃんに見せる時のような顔をした。

「凜華を信頼してるんだよ」

「あなたって、そういう、私を信じすぎるとこある」

「だって凜華は正しいもの。私にとって、太陽光みたいなものだよ」


 私はシーリングライトだけど。


「その広げた手は、光合成でもしてるつもり?まだ、髪色を元に戻しただけよ」

 言われて、私はぎゅっと眉を寄せた。もとにって。けっこう加工してるし。ダイエットもしなきゃだし。


「さてここからが本番!!」


 えーーーーーーーー。やっぱまだ満足してなかったあああ!


 猫背の私の姿が、夜のガラス窓に、所在なさげにうつった。

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