第27話 騎士団

「リーナちゃん、ありがとう!」


 今日の浄化作業を終えた私は、討伐帰りの騎士たちの怪我を診ていた。


 さすがオルレアンの騎士だけあって、軽傷の人が多い。重症の人を先に治癒して、今は軽傷の人を診ている。


「リーナ、疲れてない?」

「うん、大丈夫だよ。ありがとう」


 私の隣で聖魔法を受け渡しながら、アパタイトが心配をしてくれて、可愛い。


 エクトルさんは執務室に戻って、今日の報告書を作成しているらしい。


 今朝のこともあり、どんな顔をしていいのかわからなかったから、少し安心してしまった。


「ほら、お前も診てもらえ!」

「俺は大丈夫ですよ……」


 列が途切れると、オーウェンがユリスさんに引きずられてやって来た。


「オーウェン!? どこか怪我したの?」


 私は慌てて立ち上がり、彼に駆け寄った。


 腕から血を流すオーウェンに、私は青ざめた。


「こんな怪我、大したことないですよ」


 歓迎会ぶりのオーウェンの飄々とした態度はいつも通りなのに、やけによそよそしく感じた。


「大したことあるだろ! ったく、無茶しやがって。治癒の薬は少ないんだから、リーナちゃんに診てもらえ!」


 ユリスさんが呆れたようにオーウェンに怒った。


 そういえば、オルレアンに聖女はいなかった。治癒の薬とは聖女が作った物のことだろうか。


「オーウェン、見せて」


 アパタイトと鼻を合わせ、聖魔法の力を追加で貰う。


 オーウェンは、仕方なさそうに腕を突き出した。


「実は昔、怪我をしたオーウェンを治せなくて悔しかったんだ」


 オーウェンの腕の血は止まり、傷口が塞がっていく。


 まだ王都に行く前、オーウェンは剣の稽古でよくボロボロになっていた。私はそのたびに包帯を巻いてあげたものだ。


「……知っていますよ。お嬢が陰で泣いていたこと。その力で隣国のオルレアンを守っているというのに、それでも自分の無力さを嘆いていたこと」


 オーウェンは目を閉じて、昔を懐かしむように言った。


「私も幼かったのよ……」


 泣いていたことをオーウェンに知られていたなんて、恥ずかしい。私は言い訳するように言った。


「お嬢は目の前で起こる全てを助けようと無茶していましたから……。まあ、それは今も変わらないですが」

「悪かったわね」


 意地悪く言うオーウェンに、私は頬を膨らませた。


 昔話のおかげで、いつもの関係が戻ってきたようで嬉しい。


「……そんなお嬢だから、俺はあなたを守れるように強くなったんです」

「オーウェン?」


 治った腕の方の手で、オーウェンが私の左手を取った。


 薬指に納まる指輪を指でこすりながら、オーウェンの表情がなぜか辛そうに見えた。


「オーウェン、まだどこか痛い?」

「お嬢……」


 ぐっ、と私の手を掴むオーウェンの力が強くなるのを感じたとき。


「あ、団長」


 少し離れたところでユリスさんの声が聞こえた。


 とっさにオーウェンの手から逃れようとすると、私の身体がふわりと宙に浮いた。


「オーウェン!?」


 彼に抱き上げられたのだと気付いたころには、エクトルさんが目の前にいた。


「……私の妻に何をしている?」


 怖い顔のエクトルさんに説明しようとする前に、オーウェンが口を開いた。


「アデリーナ様は自身の体調には無頓着で、よくぶっ続けで浄化をするので、見張ってあげてくださいね? 団長」


 オーウェンはそう言うと、自身の腕からエクトルさんへと私を受け渡した。


「あ、ああ……」

「じゃ、俺も妻の元へ帰ります」


 オーウェンはエクトルさんに一礼すると、私の方は振り向きもせず、行ってしまった。


「リーナ、確かに顔が青い。また時間を忘れて浄化していたのか?」


 心配そうに覗き込むエクトルさんにハッとする。


「いえ、あの、今朝のことを考えていたら午前中、集中できなかったので、つい午後に力を入れてしまって……」

「無茶をしたと」

「う……はい」


 優しく私を責めるエクトルさんに、私は素直に頷くしかなかった。


「しかし、さすが元君の従者だ。悔しいが、言われなければ気付かなかった」

「元……」


 エクトルさんの言葉に、改めてオーウェンはもう私の側にいないんだということを自覚した。


 数日前まで、田舎で一緒に暮らそうと言っていたのに。お互いの環境が一変してしまった。


 オーウェンは、まだ復讐なんて考えているのだろうか。


 そんなことを考えこんでいれば、エクトルさんが顔を赤らめて私を覗き込んだ。


 どうしたんだろう? と見つめ返す。


「今朝の、私の発言のせいで集中できなかったのだろう? ……意識してくれていると期待していいのだろうか?」


 エクトルさんの言葉に私の顔がボッと熱くなる。


 そんな私を見たエクトルさんは、幸せそうに目を細めると、私の額にキスをした。


「オーウェンの代わりに、私が君を一生守るから」


 その幸せそうな笑顔を、私も守りたいと思った。


「団長~、皆が見てますよ?」


 気付けば、真横にユリスさんがにやにやとしながら立っていた。


 私たちはハッとして、周りを見る。


 アパタイトの後ろから覗き込むように、すっかり元気になった騎士たちがこちらを見ていた。


「おい、お前たち!」


 私を地面に下ろしたエクトルさんが彼らに近寄って行くと、騎士たちは散り散りに逃げて行った。


「まったく」


 アパタイトを撫でながら、呆れた顔で立つエクトルさん。


「ねえリーナちゃん、団長、表情が和らいだと思わない?」


 隣で一緒に見ていたユリスさんが私に耳打ちをした。


「そうですね」


 エクトルさんは、出会った時から優しくて、穏やかな人だった。でも、他人を寄せつけず、一人で荷物を背負う覚悟みたいなものもあった。


「リーナちゃんのおかげだよ。ありがとう」


 ユリスさんは嬉しそうに笑って、私にお礼を言った。


 本当にそうなら、私は嬉しい。


 エクトルさんが私に少しでも荷物を預けてくれ、生きる気になってくれたのだとしたら。


 あの綺麗なホリゾンブルーの瞳がもう曇ることがありませんように、と私は祈った。

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