第26話 本当の気持ち

「うえええええ!?」


 エクトルさんとは今日の治療を終えた後、一緒に朝食を食べて、別れた。


 私は聖堂にやって来て、今日も浄化をする。


「……うええええええ!?」


 集中できない。


 今朝のことが頭に浮かんでは消え、私の顔は熱くなる。


(エクトルさんが、私を好き!?)


 突然の告白には驚いた。でも、エクトルさんの瞳は真剣で。私はただ、彼のそのホリゾンブルーの瞳に心を奪われ、ずっとふわふわとしていた。朝食では、彼の甘い視線や声色に落ち着かなくて、何を食べたか覚えていない。


「えええええ!?」


 浄化に集中しなくてはいけないのに、頭の中が先ほどの出来事で堂々巡りになる。


「……何してるんですか」


 床に突っ伏していると、後ろからミアの呆れた声がした。


 振り返ると、赤ん坊を紐でおんぶしたミアがバスケットを手に聖堂の入り口に立っていた。


「ミア、どうしたの!?」

「……リーナは食事を摂るのも忘れて浄化をするだろうからって」


 ミアはバスケットに入ったサンドイッチを見せながら言った。気付けば、昼食の時間になっていたらしい。


「……オーウェンね」


 私の言葉に、ミアが頷く。


「昨日からオーウェンと同じ寮にいるのよね? 大丈夫?」


 私は立ち上がり、聖堂のベンチに腰掛け、ミアに隣を促した。


「まあ……寝るときは別なので。あの人に限って間違いなんて起こりませんから安心してください」

「うん?」


 ミアは私の隣に座ると、バスケットを差し出した。


 オーウェンのことは信頼している。ただ、ミアはオーウェンが苦手そうだったので、共同生活なんて大丈夫か心配していたのだけど。


(あれ? ミアはオーウェンのこと、信用してる?)


 いつの間にか距離が縮まったのだろうか。


「ミア、私、バカお……ヘンリー殿下ならまだしも、オーウェンのことは信じているから。そうじゃなくて、ミアは大丈夫なのかなって」

「……ああ」


 ミアは無表情なまま考えると、頷いた。


「リーナがあの人を気にしてたなら、他の人と結婚なんてしませんよね」

「??」


 ミアが何を言いたいのか、先ほどからよくわからない。


「ああ、でも契約結婚なんでしたっけ」


 オーウェンにはミアにも伝えておくようにお願いしていた。


「……リーナ、何でそんな顔をしているんですか?」

「えっ!?」


 ミアに言われて、私は自分の顔が真っ赤なことに気付いた。


「あの、ね……」


 私は、今朝エクトルさんに告白されたことをミアに話した。


「ああ。エクトル殿下がリーナを好きなのは一目瞭然です。なのになぜ契約結婚なのか疑問でした」

「それ……は――」


 エクトルさんが瘴気に蝕まれ、短命だったことをミアには言えない。


 彼は、私とアパタイトの力を受け入れ、ようやく未来を見てくれるようになったのだ。


 そのことを私は嬉しいと思う。


「で? あなたはどうなんです?」

「え?」

「エクトル殿下のこと、どう思っているんですか?」


 ミアの問いに、一瞬戸惑った。


「好き……だと思う」


 気味悪いと婚約破棄された私なんかを好きだと言ってくれたエクトルさん。

 

 優しくて、一人で何でも背負って、放っておけない人。

 

 自分を死ぬ運命だと決めつけていた彼が、生きる気になってくれたのなら、私は支えてあげたい。


「……あの人は、言葉にしない時点で負けてますよね」

「え?」


 自分の気持ちを整理していると、ミアが呟いた。聞き取れなくて聞き返せば、はぐらかされてしまった。


「食べてください」


 ぐい、とバスケットを押すミアに、私の目も美味しそうな中身に行く。


「これ、どうしたの?」

「……暇だったし」

「ミアが作ったの?」


 そっぽを向くミアにお礼を言って、私はサンドイッチにありついた。


「おい……しいっ!!」


 食べた瞬間、目を輝かせた私に、ミアが疑いの目を向ける。


「は? 私が作ったものなんて、大聖女様の口に合うわけないでしょ?」

「へ?」


 ミアが少し拗ねて言ったので、私はぽかんとする。


「え、本当に美味しいよ? 私、掃除は得意だけど、料理は苦手で……。だからミアのこと尊敬する!」

「は? 王太子の婚約者で大聖女のあなたが何で掃除や料理をするのよ」


 ミアが呆れた声で言ったが、エルノー侯爵家の家訓は「自分のことは自分で」。バカ王子の婚約者になってからも、神殿に寝泊まりしていたため、身の回りのことは自分でしていた。料理だけは神殿で出される神官たちと同じものを出してもらっていた。質素だけど、十分だった。


「だから、こんなおしゃれで具沢山なサンドイッチ、久しぶりで嬉しい!!」


 小さい頃、国境沿いへ浄化に行くとき、シェフが持たせてくれたなあ、と懐かしく思いながら、ミアに説明した。


 するとミアは、表情はそのまま、口元だけ緩めて言った。


「こんなのでよければ、また持って来ますよ。どうせ暇だし……」

「ありがとう!!」


 ちょっとだけど、笑ってくれたミア。それが嬉しくて、私はにまにましてしまう。


「別に。あの人にも言われてたし……」

「オーウェン? ねえ、オーウェンどうしてる?」


 ミアに聞こうとしたところで、赤ん坊が泣きだしてしまった。


「あ、引き留めてごめんね。私も仕事するわ」


 赤ん坊をあやすミアに私はそう言うと、バスケットを掲げた。


「後でまたいただくね」

「あ……あの」


 別れようと挨拶をすると、ミアに呼び止められた。


「この子の名前……リーナが付けてくれませんか?」

「……え!? 私?」


 ミアから意外なお願いをされ、私の口があんぐりと開く。


「……大聖女様の加護にあやかりたくて……」

「ああ! うん、私で良ければ!」


 少し顔を赤くさせ、ミアが俯いて言った。その姿が可愛くて、私にそんな大切なことをお願いしてくれたのが嬉しくて、私は二つ返事で引き受けた。


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