第25話 伝わる気持ち

「アパタイトお願い」

「うん、いくよ」


 エクトルは二度目である目の前の光景を微笑ましく見つめていた。


 鼻を突き合わせるアパタイトとリーナが愛らしく、愛おしい。


 それが自分のためなのだから、なおさらだ。


「エクトルさん、触れますね」


 リーナは一言断ると、エクトルの右肩に触れた。


 アパタイトから聖魔法の力を受け取ったリーナが、自らの浄化の力を織り交ぜながらエクトルに注ぐ。


 その温かな光を感じながら、エクトルは静かに目を閉じた。


 リーナの力をもう欠片も疑っていないエクトルは、その光が自分の中へ落ちていくのを感じると、目を開けてお礼を言った。


「お礼は全部治してからで」


 リーナはふふ、と笑って答えた。


「うーん、まだ薄く残っていますね。あと一回やれば完全に消えるかな」


 肩の部分だけ肌を露わにして椅子に座るエクトルをじっと観察してリーナが言った。


「二回?!」


 驚くエクトルに、リーナは申し訳無さそうに答えた。


「すぐに治してあげたいんですけど、やっぱり瘴気にやられて時間が経っているので……それは濃い部分ほど回数を重ねそうです。何度もやるとエクトルさんの身体に負担もかけそうだし……、そうですね、この国を浄化出来る一ヶ月より少しだけ早く完治させられそうかな?」


 たった二回で、という意味だったのに、リーナは時間がかかることを謝罪した。


(オルレアンの浄化と同時進行で、そんなに早く? しかも彼女は自分でそれを見立ててしまえる……。相当な力の持ち主なんじゃないか……?)


 その力に驚くエクトルに、リーナが首を傾げて彼を見ていた。


「あ、ああすまない。違うんだ。治るとさえ思っていなかったのに、そんなに早く出来るものかと驚いて……」

「ああ! アパタイトのおかげですね!」


 リーナは嬉しそうにアパタイトを撫でた。アパタイトも嬉しそうに目を細めてリーナにその身を委ねていた。


 エクトルは、自分の力を誇示しないリーナをいじらしく、眩しく思った。


「どうしてラヴァルは君を手放したんだろう……そんなに凄い力なのに。王都では大切にされていたんだろう? それなのに今は騎士団暮らしですまない……」


 申し訳無さそうにするエクトルに、リーナは首を傾げた。


「いえ! 王都の神殿よりここのほうが快適です!」

「は?」


 リーナは、決して気を使っているわけではないようだった。


「それは……」


 どういうことだろう、とエクトルはリーナにラヴァル時代の話を聞いた。


 彼女からは、神殿で無償で働いていたこと、三日三晩神殿の冷たい床で寝泊まりすることもざらだったことを聞いた。


「聖女になんて仕打ちを……」


 エクトルはリーナの話に言葉を失った。


 騎士団に聖女以外の女性を入れる訳にいかず、リーナには侍女をつけることも出来ていなかった。しかしリーナは、「自分のことは自分で出来る」と、あっけらかんと笑って言った。


 実際、昨日の夜は一人で湯浴みをし、今朝も身なりを自身で整えて来た。王太子妃であったはずなのに、考えられないことである。


 しかも、今着ているのは、昨日用意させたドレスではなく、動きやすい簡素なワンピース。


「君にはもっとドレスを贈るべきだったな……甲斐性が無い夫ですまない……」

「えっ?! 私は普段から動きやすいワンピースを好んで着ていますので。むしろ、汚してしまうので、これくらいの方がいいんです」


 リーナは頬をかきながら、恥ずかしそうに言った。


「それに……契約妻に無駄なお金は使わないでください。このワンピースのお金も、お給料を貰ったらお支払いしますね」

「それは、君への謝礼に含まれているからいいんだ!」


 エクトルは慌ててリーナに言い含めた。リーナは、「そうですか?」と申し訳無さそうにしながらも、お礼を言った。


 ホッと安堵したエクトルは考え込む。


(昨日、私の気持ちをリーナに伝えたはず……)


 未だに契約の妻だと自分のことを語るリーナに、エクトルは二人のズレを感じた。


「リーナ、その……君は昨日、私を幸せにしてくれると言った。覚えてる?」


 エクトルはシャツを整えながら、アパタイトとじゃれるリーナに確認をする。


「はい! 私がエクトルさんの身体を治して、幸せになれるお手伝いをします!」


 リーナはガッツポーズをしてエクトルに答えた。


(ああ……。そういうことか)


 リーナの返事に、エクトルは察した。


(リーナを手放さない、と伝えたのも、彼女はそれが聖女としての役割りだと思っているのだろう)


 アパタイトと楽しそうに話すリーナの側まで歩いていく。


「リーナ」

「エクトルさん?」


 アパタイトの身体に手ををつき、リーナを自身と挟み込む。


(彼女はヘンリー王太子に婚約破棄されたばかりだ。その傷も癒えていないだろう……)


 エクトルは右手でリーナの頬に触れた。


 びくりとリーナの身体が揺れるのを感じながら、唇が弧を描いた。


「大切にする……」

「? はい?」


 決意表明のように呟くと、エクトルは身を固くしたリーナを安心させるように微笑んだ。


「君が許してくれるなら、契約じゃなくて、本当の夫婦になりたい」

「え……」


 エクトルの真剣な申し出に、リーナは驚きで瞳を揺らした。


(これは、きちんと伝えないと)


 お互いのずれを認識したエクトルは、リーナに直球でいくことにした。


 昨日までは考えられない、自分の行動と考えにエクトルは心の中で苦笑した。しかし、リーナのおかげで、急に目の前に道が広がったようで、高揚感もあった。


「リーナのことを好きになってしまったんだ。だから、君と本当の夫婦になりたい」


 目の前で驚いているリーナに微笑むと、エクトルは彼女の頬に添えていた手をするりと耳に移動させた。


 くすぐったさで、びくりとさせたリーナの顔に自身の顔を近付ける。


「昨日、これからも一緒に生きていきたい、って伝えただろ?」

「!」


 リーナはようやくその意味を理解したようで、顔を真っ赤にさせた。


 その表情に満足したエクトルは、そっとリーナの額にキスをした。


 

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