第24話 歓迎会

「お待たせ、二人とも」


 騎士団の食堂にはすでにオーウェンとミアがいた。


「あ、リーナちゃんだ!」

「リーナちゃーん!」


 国境線から一緒に来ていた騎士たちもいて、私を歓迎してくれていた。

 

 出払っている騎士以外は集結しているらしく、初めましてな騎士たちもいて騒がしい。


 テーブルにはずらりと美味しそうな御馳走が並んでいる。


「……合格おめでとう、オーウェン」


 オーウェンの所まで行って、声をかけた。昨日ぶりの気まずさに、私はまともに彼の顔が見られない。


 オーウェンからの返事は無く、彼から不意に手を掴まれた。


「……本当に結婚したんですね」


 私の左手を取り、オーウェンは指輪をじっと見て言った。


「う、うん……」

「おめでとうございます」


 昨日は反対していたオーウェンがあっさりと言った。


(契約結婚だってこと、わかってるよね?)


 騎士団の人たちがいる手前、口には出せずに、オーウェンを見ていると、ユリスさんに「リーナちゃんはこっち」と連れていかれる。


 上座のエクトルさんの隣に座らせられると、グラスを持ったユリスさんが高らかに言った。


「え~、何と、今日、我が騎士団の団長が、ここにいるリーナちゃんと結婚されました!!」

「な、ユリス!」


 すぐにエクトルさんが止めようとしたけど、遅かった。突然の発表に、騎士たちはざわめいたが、すぐに祝福モードになった。


「団長、おめでとうございます!」

「リーナちゃんがお相手なんて!」


 エクトルさんを助けたことを知っている騎士たちは、運命だと喜んだ。何も知らない騎士たちにもあっという間に話は回り、もうエクトルさんが制止できないほど祝福モードになっていた。


 中には泣いて喜ぶ騎士もいて、それを無下にすることはできない。


「おい、ユリス、私は時期が来たらリーナ殿を解放するつもりで……」

「団長、それ、必要ないですよ?」

「何?」

「リーナちゃんの力は団長も目の当たりにしましたよね? きっとその身体も治してくれます。だから、リーナちゃんを手放しちゃダメですよ?」


 抗議をしたエクトルさんに、ユリスさんが何やらボソボソと言った。エクトルさんはそんな彼の顔を凝視すると、顔を赤くした。


(どうしたんだろう?)


 今は皆祝福してくれているけど、そのうち、もっと黒く染まっていくこの髪を気味悪く思うだろう。そうしたら、きっとエクトルさんに相応しくないと言われるかもしれない。


「リーナ、エクトルのお嫁さん、嬉しいなあ〜」


 騎士に連れられて、アパタイトが鼻を鳴らしながらやって来た。


「アパタイト、遅かったね?」

「うん! お風呂に入れてもらってた〜」


 嬉しそうに話すアパタイトの毛皮は確かに石鹸の良い香りがした。


「アニエス、悪いやつだった。リーナなら僕、歓迎! ずっと一緒だね!」

(アニエス……エクトルさんの元婚約者だろうか?)

「アパタイト!」


 知らない女の人の名前に考え込むと、エクトルさんが慌てて止めに入った。


「リーナ殿、すまない……その……」

「大丈夫ですよ」


 エクトルさんの表情から、その名前が元婚約者だということを決定づけた。


(アパタイトがそこまで言うなんて……)


 エクトルさんが深く傷付いただろうことを思うと、私も胸が痛んだ。


「エクトルさんは、これから生きて幸せになるんですよ。私が約束します」


 エクトルさんの手を握り、私は微笑んでみせた。


「君が……私を幸せにしてくれるのか……?」

(うん?)


 エクトルさんの身体の瘴気を浄化すれば、きっと彼は前に進める。死を覚悟することも無く、好きな人と幸せになれる。私は、その道筋を作ってあげたい。


「はい!」


 エクトルさんが幸せになれるお手伝いをします、という意味を込めて、私は笑顔で彼の手を握る力を強めた。


「それは……期待してもいいのだろうか?」

(お、前向きな発言!)


 いつも後ろ向きなエクトルさんの表情に、希望が差した気がした。


「もちろんです!」


 力いっぱい答えた私の手からするりとエクトルさんは抜け出すと、その手を私の頬に添えた。


「私が……君を手放せなくなっても?」


 真剣なホリゾンブルーの瞳が私を覗き込む。


 もし身体が治っても、聖魔法を使えばエクトルさんの身体はまた蝕まれる。


(心配なんだな)


 私がこの国を完全に浄化すれば、魔物は入って来られない。エクトルさんがその身を穢す必要も無くなる。それでも万が一の時は、駆けつけるつもりだ。


「大丈夫ですよ!」


 私はエクトルさんを安心させるよう、満面の笑みで答えた。


「…………そうか……」


 エクトルさんはなぜか私の返事に、顔を赤らめた。


「お熱い!!」

「団長、見せつけないでくださいよ〜!」


 飲み食いして騒いでいたはずの騎士たちが、いつの間にか私たちを見守っていて、そんな野次が飛んできた。


 見つめ合っていた私とエクトルさんは、我に返り、お互い顔が真っ赤になった。


「リーナちゃん、団長のこと、一生、よろしくね?」

「リーナ、ずっと一緒だよ!」


 ユリスさん、アパタイトが改まって私に声をかけた。


 私はそんな二人に戸惑いながらも、どうしたものかと返事に困る。


(それは、聖女として? 妻、として……?)


 顔を赤くし、頭をかいていたエクトルさんも私に向き直って言った。


「リーナ、君が希望をくれるなら、私はこれからも君と一緒に生きていきたい」


 急に呼び捨てで呼ばれ、胸が跳ねた。


「え、と……、契約結婚……、ですよね?」


 事情を知っているはずの三人までおかしな空気になっているので、私は確認をした。


「ごめん、もう君を手放すなんて、できない……」


 エクトルさんはホリゾンブルーの瞳に熱を宿すと、私の髪を掬い取り、唇を落とした。


 食堂中に騎士たちの歓声があがるのを、私は他人事のように聞いていた。

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