第23話 夫婦
「は~、緊張した!」
「リーナ殿、お疲れ」
「リーナ、お疲れ~!」
次の日、私はエクトルさんと一緒に皇帝陛下に謁見した。久しぶりに着たドレスの重みで肩が凝る。
エクトルさんに似た陛下は穏やかな方で、私を歓迎してくれた。
私はその場でエクトルさんと婚姻の書類にサインし、すぐに夫婦となった。
魔物が沈静するまでは騎士団も忙しいため、結婚式は落ち着いてから挙げることになった。
(皇弟殿下の結婚式をしないわけにはいかないものね)
「そうだリーナ殿、これを」
エクトルさんに手を取られ、私の薬指に指輪がはめられる。
「形だけだ。我慢して欲しい」
ホリゾンブルーの小さな石が控えめについたお揃いの指輪を見せながら、エクトルさんが苦笑した。
ユリスさんから愛人の話は嘘だと聞いたはずなのに、彼はまだそんなことを言っていた。
「……エクトルさん、もしかして、まだ自分が早くに死ぬと思ってます?」
私はジト目でエクトルさんを見た。彼は返事をせずに、静かに笑った。
(あ~、もう!!)
彼の諦めモードに、私のやる気に火が付く。
「よし! アパタイト、やるわよ~!」
「? うん、リーナ、張り切ってるねえ!」
意気込む私にアパタイトが嬉しそうに返事をした。エクトルさんは困ったように笑っていた。
(治るってまだ信じていないわね?! アパタイトと私が絶対に治して、心から笑わせてみせるんだから!)
「結婚おめでとうございます、団長」
心の中で意気込んでいると、ユリスさんが馬車と一緒に待っていた。
「リーナちゃんも騎士団に行くでしょ? 今日から同じ部屋?」
「「なっ……」」
ユリスさんがニコニコととんでもないことを言うので、私とエクトルさんの声が重なった。
「彼女には別室を用意する。ユリス、説明しただろう」
エクトルさんは、私たちが契約結婚だということをユリスさんだけには話したらしい。
それなのに「そうでしたっけ」とユリスさんはわざととぼけて、からかっている。
「あ、それとオーウェンは今私の所にいるから。ミアちゃんと喧嘩したんだって?」
オーウェンは昨日出て行ったきり、帰って来なかった。
(ユリスさんの所にいたのか)
「今日の入団試験が終わったら、ミアちゃんの所に帰すから。安心するよう伝えておいて?」
気遣うユリスさんに、私はとりあえず頷いた。
「ん? 今日? 入団試験?!」
「そうだよ。オーウェンはきっと合格するから、ミアちゃんと既婚寮に入れるよ」
驚く私にユリスさんがにこにこと説明をした。
「……なんだ、本当に愛人じゃなかったんだな」
「団長、だから言ったでしょ?」
「しかし二人の空気は……」
「それ、主従関係のやつです。私と団長の物と一緒のやつですよ」
「あ~、もう、行きますよ! 二人とも!」
目の前で繰り広げられる会話に恥ずかしくて耐えられなくなり、私は叫んだ。
元はといえば、私がそんな嘘をついたのが悪いのだ。わかっている。もう、からかわないで欲しい。
ふと、昨日の真剣なオーウェンの顔が浮かんで、顔が熱くなった。
あの時、赤ん坊が泣かなかったら。オーウェンを突き飛ばしていなかったら。
(私はオーウェンとキス……していたのかな?)
私が聖女として利用されることをオーウェンは心配していた。それ以上でも、それ以下でもない。
それなのに、昨日のことを思い返すと心臓がうるさい。
オーウェンとはずっと一緒にいたのに、時々知らない男の人のように感じる。
考え事をしているうちに、馬車が騎士団へと辿り着いた。
「ここでいいの?」
「はい!」
エクトルさんは入団試験の準備があるため、入り口で別れた。夕食の約束をして。
私は着替えた後、ユリスさんに騎士団の敷地内にある聖堂へと案内してもらった。
小さいながらも、立派な聖女像と美しいステンドグラス。そして、|寝られる≪・・・・≫だけのスペース。
ここは騎士が討伐前に祈りを捧げる場所らしい。
ユリスさんとも別れ、私は聖堂を見回す。ラヴァルでは私がだだっ広い聖堂を掃除していたが、ここは手入れが行き届いている。この国にはいないのに、聖女に無事を願う。オルレアンの昔からの習慣らしい。
ラヴァルでは考えられないことだ。掃除の手間が省けた私は、聖女像の前で跪き、手を前に組んで、祈りを捧げる。
祈りは清浄な場所で。お母様から学んだ心得だ。
じわじわと帝国の穢れを浄化していく。やはり、中心である帝都でじっくり集中すれば一か月で終わりそうだ。
「リーナちゃん!?」
気付けば時間が経っていた。
ユリスさんの声で我に返ると、エクトルさんと並んで入口に立っていた。
「もしかして、あれからずっと……?」
まさかね~という顔のユリスさんに、私もにっこりとだけ返す。
久しぶりに集中して浄化したため、時間が経つのも感じなかった。それに、するすると浄化が出来る。三日三晩かけることもあったラヴァルとは違い、私の力が届きやすい。
どういうことだろう、と考え込んでいると、エクトルさんにふわりと抱き上げられてしまった。
「あ、歩けます!?」
突然のことに、私は顔を赤くしてエクトルさんに抗議した。
「あの姿勢のままでは足が痺れただろう」
動じないエクトルさんは穏やかに笑って言った。そして、顔が近い。
確かに、足がじんじんとしている。夢中で気付かなかったが。
「明日からは無茶をしないように」
言い聞かせるようにエクトルさんが優しい声色で言った。
私は真っ赤な顔を見られないよう、俯いて頷いた。
「あ、そうだ、オーウェン、合格したよ。今からオーウェンとミアちゃんとリーナちゃんの歓迎会するから」
「へっ?」
何故かにやにやするユリスさんは、嬉しそうに言った。
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