第22話 条件は契約結婚

 バカ王子に婚約破棄された時も、国外追放を命じられた時だって、呆れはしたけど、驚かなかった。


「…………はい?」


 私は驚きで固まり、もう一度エクトルさんに聞き返してしまった。


「……君はこの国では貴重な聖女だ。皇族に迎え入れたいというのが陛下のお考えだ」

「はい」


 今の説明で腑に落ちる。


(ラヴァルでも聖女だからバカ王子の婚約者になったのよね)


 聖女は希少だ。だから考えることはどこの国でも同じなのだとわかる。わかったけど、もう侯爵令嬢でも何でもないのに、政略的なことに巻き込まれるのに辟易とした。


「君が、愛人でも良いからとあの男を想っているのは知っている……」


 辟易とした気持ちが顔に出ていたのだろう。エクトルさんは誤解をして言った。


「いえ、オーウェンは……」


 ユリスさんが報告する前にエクトルさんと二人きりになってしまった。愛人話も嘘だと伝えようとするも、彼は話を続けた。


「正体を偽ってまで、あの男と一緒になりたかったのだろう?」

「いえ……あの……」

「でも、この国で生きていくならば、皇命は絶対。どうか、我慢してくれないだろうか? 私が死ぬまでの我慢だから……」

「エクトルさん?」


 私の話を聞かないエクトルさんは、一人で勝手に話を進めていってしまう。


「君が治してくれた黒い染み、実は私の全身にはびこっている。聖魔法の使い手はこれが原因で短命なんだ」


 もう全てを受け入れて、諦めているエクトルさん。


 ユリスさんから聞いた婚約破棄の話を思い出す。


(この人は、もう誰も傷付かないようにしながらも、こんな風に自分を傷つけてきたんだろうか)


「陛下は、私に子供ができることを期待しているようだが、もちろん君にそんなことは強要しない。私が死んだら、あの男の元に戻れるよう手を回しておく。いわゆる、白い結婚というやつだ。どうだろうか?」


 自分の人生を諦めながらも笑うエクトルさんに、悲しくなった。


「……わかりました」


 皇命なら避けられないのだろう。でも私は――。


「ありがとう、リーナ殿。少しだけの間、我慢して欲しい」


 私の返事に安堵するエクトルさんの元まで私はローテーブルを飛び越して行った。


「でも、エクトルさんは死にません。元気になって、本当に好きな人と結婚するんです」

「リーナ……殿?」


 詰め寄る私に、エクトルさんの瞳がぱちぱちと瞬かれる。


「エクトルさんの足を治せたんだから、きっと、その身体も治せます!」


 エクトルさんには生きていくことを考えて欲しい。その身に瘴気を受ける辛さは私にもわかるから。


 そして、これが契約結婚というのなら、私と離婚した後は、エクトルさんには本当に好きな人と幸せになって欲しい。


(どうせこの国は一か月で浄化できるわ。平和になっていけば、聖女の恩恵なんて忘れられていく。ラヴァルがそうだったように)


 それでも求められるなら、私はこの国を出て行く意思が無いということを説明して、わかってもらおう。国民にも慕われる皇帝だもの。きっとわかってくれるはず。


「君にはオルレアンを浄化してもらわないといけない。私に構わなくていい」


 私の手を祈るように優しく包み込んだエクトルさんは続けた。


「どうかオルレアンを……この国の民を救って欲しい……」


 真剣なホリゾンブルーの瞳が私を囚えて離さない。


 私は包んでくれていた彼の手をぎゅっ、と握り返して言った。


「わかりました。オルレアンの民も、あなたも救います。一緒に幸せになりましょう」


 私の宣言に、エクトルさんはその綺麗な瞳を大きく見開いた。私はその少し期待を宿した瞳を、表情を、忘れられないと思った。



 今日はとりあえず騎士団の客間に泊めてもらうことになり、私はオーウェンとミアが待つ部屋に通された。


「お嬢!」


 ソファーに座っていたオーウェンが飛んで来た。


「あれ、ミア、寝ちゃったの?」

「ああ、さっきまで子供がぐずってたんで、寝かしつけてそのまま一緒に」

「そう……疲れていたのね」


 ユリスさんが用意してくれただろうゆりかごで赤ん坊はすうすうと寝ている。その横のソファーにミアも横たわっていた。


「それより……団長、何でした? さすがにお嬢を罰したりしないですよね?」

「まさか」


 ミアたちを起こさないよう、私たちはひそひそと話す。


「ミアには悪いけど、もしこの国もお嬢に危害を加えるようなら、お嬢を連れて俺は他の国に逃げますよ」


 真剣に心配してくれるオーウェン。いつだって彼は私を第一に考えてくれるのだ。


「ねえ、オーウェン、私ね、エクトルさんと結婚することにしたの」

「は!?」


 いつも飄々としているオーウェンがめずらしく驚いた顔を見せた。


「団長に脅されたんですか!?」

「ええ? 違う、違う。むしろ団長さんも被害者だから」

「どういうことです?」


 私は皇命であることをオーウェンに説明した。


「聖女じゃなかったら、こんな気味悪い女、誰も娶りたりがらないって。エクトルさんの瘴気を取り除いたら離婚する予定だし!」

「それ、団長が言ったんですか?」

「え……だって、契約結婚だって……」


 なぜかオーウェンは怒っていて、苛立ちながら私に言った。


「団長が元気になったら、余計お嬢を離さないに決まってるじゃないですか!」

「聖女の力のことを言っているの? 瘴気を浄化した後、私がこの国に留まっていれば大丈夫だから、そのことを説明すれば……」

「お嬢はあいつに同情しているだけでしょう!? 自分と同じ境遇だからって!」


 叫んだオーウェンに驚いて、私は一歩彼から引いてしまった。


 オーウェンは私の手首を掴むと、顔を近づけて言った。


「同情で結婚して、同情で団長との間に子供をもうけられるって言うんですか!?」

「こっ!?」


 オーウェンのとんでもない発言に顔が熱くなる。


 白い結婚だと説明しているのに、ここでも話を聞かない人が一人。


「ラヴァルでも、俺は復讐を遂げたらお嬢をオルレアンに逃がそうと考えていました」

「そうなの!?」


 オーウェンの考えていたことに驚かされたが、ここまで逃げられた用意周到さは、確かに前から準備していないとできないだろうと思い至る。


「でも……この国もお嬢の自由を奪うというなら……」

「オーウェン?」


 私の手首を掴んだオーウェンの手に力が入り、痛い。


「お嬢は俺の愛人ですよね……」

「いや、それもう今さらな設定だから……」


 私がラヴァルのときみたいに、オルレアンの皇族に利用されないか心配しているのだろう。


 ユリスさんにも嘘だったと伝えた。勘違いしていたけど、エクトルさんにもちゃんと伝わるだろう。


「オーウェンにも不名誉だったわよね。私の嘘のせいで迷惑かけてごめんね」


 へらりと笑えば、オーウェンに掴まれた手首を引き寄せられる。


「お嬢、今なら間に合います。本当に俺の愛人になりますか」


 必要以上に近付いたせいで、オーウェンの顔がすぐそこにあり、息がかかる。


「何、言って――」


 いつものおふざけでも、演技でもない。オーウェンの言葉に目を瞬く。


「お嬢には自由に生きて欲しいんです」


 オーウェンはさらに私に顔を近付けた。お互いの唇が触れそうな距離になる。


 ああ~~ん!!


 赤ん坊の声で我に返った私は、オーウェンを突き飛ばした。


「あれ……リーナ、戻っていたんですか」

「はは……今ね」


 赤ん坊の泣き声で起きたミアに誤魔化すように笑った。


 オーウェンは頭をかきながら、静かに部屋を出て行った。


 赤ん坊をあやすミアを眺めながら、私はその場に立ち尽くしたままだった。

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