第14話 設定は続行で
「ちょっと、オーウェン! 何やってるのよ?!」
エクトルさんと一触即発だったオーウェンを引きずり、駐屯所の外へと出てくるなり、私は彼に怒鳴った。
「だってお嬢、あの時本当のこと言おうとしたでしょ」
オーウェンの言葉に私はうぐっ、となる。
「だって……段々オーウェンが悪者になっちゃう」
エクトルさんは私に恩義を感じているのもあって、過剰に心配してくれているようだった。
「そんなの今更ですよ」
ふはっ、と笑うオーウェンに、私は増々うぐっ、となる。
元々は私のガバガバな設定が悪いのだ。嘘でした、なんて今更言い辛いけど、エクトルさんたちには正直に話した方が良いかも、と思ったのだ。
「お嬢はこの国でひっそり自由に生きたいんですよね? ……だったら、このまま俺の愛人でいましょう」
「それじゃ、またオーウェンが責められちゃうじゃない……。騎士団でやり辛くない?」
「俺は平気ですよ」
オーウェンは上目遣いの私の側まで来ると、私の頭にぽん、と自身の手を置いた。
その大きな手に、オーウェンも男の人になったんだなあ、と唐突に理解して、ますます申し訳なくなる。
「ミアが自立するまででしょ? それにお嬢はすでに聖女として目立っちゃってるんですから、これ以上は隠しといた方が良いですよ」
オーウェンの言うことに、それもそうね、と思っていると、彼が続けた。
「それに、あの団長、お嬢に気があります」
「えええ? それは無いよ!」
真剣な顔でオーウェンが冗談を言うので私は笑い飛ばした。
エクトルさんは必要以上に私に恩を感じてくれているだけだ。
「それに、エクトルさんは悪い人じゃないよ?」
「……ずいぶん肩を持ちますね?」
オーウェンが頬をぷくっと膨らませたので、私は説明する。
「エクトルさんね、聖魔法で魔物を殲滅させる代償として肌にその瘴気を取り込むみたいなの」
そこまで言って、オーウェンの目が大きく見開かれた。
彼にもわかったんだと思う。|私と一緒≪・・・・≫だということに。
私の髪は瘴気を吸って、黒くなっていく。それが気味悪いとラヴァルでは罵られてきた。でも、エクトルさんのように身体に支障をきたすことは無い。
彼はその力で国を守り、蝕む瘴気の恐怖とも闘ってきたのだろう。その孤独な彼の苦しみを思うと、胸がきゅう、となる。私の苦しみなんてちっぽけだ。ラヴァルで精一杯だった私がオルレアンも救えていたら、なんて後悔は傲慢だろう。
「だから、この国の浄化をしたい。でも私の髪の色、そのうちきっとお母さまのように真っ黒になるわ。ミアを独り立ちさせたら、ひっそりと暮らしながらこの国を浄化していこうと思うの」
「……付き合いますよ、どこまでも」
オーウェンは私の話を聞き終わると、眉尻を下げて笑った。
「オーウェンはそこまで付き合う義務は無いのよ?」
「言ったでしょ、お嬢には恩を返しきれてないって」
困ったように笑った私にオーウェンがにかっと笑う。
「まったく、オーウェンもエクトルさんも義理堅いんだから」
ふふ、と笑った私にオーウェンが変な顔をした。
「……まあ、お嬢が鈍いのはこの際良いです。俺が守ればいいだけの話なので」
「……ん?」
何気に失礼なことを言うオーウェンに私は眉を吊り上げ、首を傾げた。
「団長には気を許さないように」
「だから、エクトルさんは悪い人じゃないって!」
「それは俺が見極めます。いいですか? 男は狼だと思って……」
何故かオーウェンのお説教がくどくどと始まった。
(私みたいに気色悪い女に言い寄る人なんていないのにね)
お説教を聞き流しながら思う。
私は婚約者に何度も浮気され、挙句の果てに気味悪いと婚約破棄されたのだ。
「オーウェンのは身内の欲目だと思うのよね」
そんなことを呟けば、オーウェンのお説教が伸びてしまった。
その日は駐屯所に泊めてもらい、翌日私たちは帝都へ向かうことになった。
エクトルさんは一足早く、アパタイトに乗って帝都へ帰ることになった。フェンリルならば一日で帝都まで辿り着くのだとか。
ラヴァルで彼は潜入捜査をしていた。そこを運悪く見つかり、怪我を負ったらしい。私たちが遭遇出来て良かったと思う。
「騎士団には話を通しておくから、好きな時に来て欲しい」
「はい、ありがとうございます」
別れ際に彼がそう言って手を差し出してきたので、私も右手を出す。
「待っている……」
なぜか熱っぽいエクトルさんのホリゾンブルーの瞳に、私は頬が熱くなる。
その瞳に吸い込まれそうに見つめていると、彼の唇が私の右手にゆっくりと落ちていく。
ただの挨拶だとわかっているのに、私の顔は赤く染まってゆく。
エクトルさんの唇が私の右手に到達する――その時、オーウェンにぐいっと肩を寄せられた。
弾みでエクトルさんの手が離れる。
「駄目ですよ、団長殿? リーナは俺の女なんですから」
(え? 誰?)
急に演技を始めるオーウェンを睨むも、彼は私の肩を掴んだまま離さない。
「お前の騎士団試験、楽しみだ」
エクトルさんは笑顔をひくつかせると、アパタイトにひらりと飛び乗った。
「リーナ殿、待っている」
「は、はい!」
ポカーンとする私にエクトルさんが振り返ったので、私も慌てて返事をした。
「またね、リーナ!」
アパタイトがそう言うと、エクトルさんを乗せた彼はあっという間にその場から見えなくなった。
(はあ、あれがフェンリルの力の一つ。凄い……)
「ねえ、この茶番なんなの?」
用意できたミアが赤ん坊を抱えていつの間にか後ろに立っていた。
「え? 面白いでしょ?」
ふざけるオーウェンにミアが白い目になる。
(うん、面白くはないね)
「お~い、出発するよ~」
馬車の前でユリスさんが私たちを呼んだので、私は返事をして向かう。
「ねえ、あなたアデリーナ様のこと好きなんでしょ? なのになんで私の旦那なんて嘘……」
「そんなこと、お嬢には絶対言うなよ? 言ったら、ラヴァル王国に突き返す」
「! あなた、やっぱり知って……」
付いて来ない二人を振り返れば、ミアがオーウェンに手首を掴まれ、青い顔をしていた。
「もう! 何してるの?」
ミアからオーウェンを引き剥がし、彼女の肩を抱くと、震えていた。
「何でもないですよ」
オーウェンは飄々と言うと、先に歩き出してしまった。
「……もう。ミア、大丈夫?」
青い顔の彼女を覗き込むも、ミアは黙ったまま。
――――あ~~ん!
彼女の腕の中にいた赤ん坊が泣きだす。
「あ……」
やっと目が合ったミアの肩を撫で、私は彼女と馬車に向かった。
赤ん坊をあやす彼女の顔色は元に戻っていて、私はホッとした。
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