第15話 ユリスさん

「おかしいな……魔物が出ない」

「えっ?!」


 国境線から帝都までは馬車で六日かかるらしく、私たちは野営しながら二日を過ごした。


 ユリスさんと、帝都に戻る騎士が護衛をしてくれていた。明日からは街に入り、宿に泊まれるらしい。

 十分な備えを用意してもらったおかげで、ミアと赤ん坊も快適に移動出来ていたが、やっぱり宿の方が二人には安心だ。


 私は寝る前に必ず空気の浄化をするべく、聖女の力を使い、祈っていた。


 この国に来たばかりだし、時間が足りないため、今すぐに帝国全土というわけにはいかないが、私たちの周りくらいは浄化できる。無事に帝都に着くためにも私は浄化を続けていた。


「国境に近いほど頻発していたのに、一匹も遭遇しないなんて……」

(しまった……やりすぎた?)


 最後の野営地で火を囲みながら集まった私たちにユリスさんが溢した。


 不思議そうに眉を寄せるユリスさんに、内心ドキドキする。


(帝国の騎士がいるんだから張り切って浄化しなくて良かったかな?)


 でも安全な旅にしたいよね、と自分に言い聞かせる。


「まあ、遭遇しないなら良いじゃないですか」

「まあ……そうなんだが」


 話を終わらせようとするオーウェンの言葉に、ユリスさんは難しい顔で考え込んでいた。


「えっと……リーナちゃんはラヴァル王国の商家の子だったんだよね? 王都にいたのかな?」

「はい? そうですね」


 ユリスさんの突然の質問につい本当のことを言ってしまう。


 そもそもガバガバな設定のため、あまり突っ込まないでほしい。


「じゃあ、アデリーナちゃんのことは知ってるかな? 王太子の婚約者らしいんだけど……」


 どき――っと身体が硬直する。


「わわ、私は商家の娘ですので、お会いする機会はなかったですね! 式典に現れる彼女はベールで顔も隠していましたし」


 どもりながらも真実を織り交ぜながら私は言った。


「ん? 式典?」

「アデリーナ様は大聖女でしたので」


 首を傾げるユリスさんにオーウェンが説明をする。


「ええ?! アデリーナちゃん、大聖女になってたの?!」


 あのバカ王子の婚約者としての肩書きは知られているのに、大聖女のことまでは隣国に伝わっていないようで。


 不名誉な肩書だけが先行していて、私はがっくりと肩を落とした。


「でも、突然どうしたんですか?」


 まだ口を開けて驚いているユリスさんに質問をする。すると彼は寂しそうに笑って言った。


「うん……、彼女には昔、助けてもらったんだ。王都に行ってからどうしてるかが気がかりで……。彼女は幸せに暮らしているのかなって」

「ユリスさん……」


 ラヴァルでは疎まれてきた私を、今でも気にかけてくれている人がいることに涙が滲みそうになる。


「そうか、だからオーウェンは護衛をクビになったのか?」

「まあ、そんなところですよ」


 ユリスさんの話にオーウェンが合わせる。


「ミアちゃんは……」

「私は噂でしか彼女を知りませんでした」


 ユリスさんは残念そうに「そっか」と呟いた。


 目の前に本人がいるのに申し訳なく思っていると、ユリスさんが大変なことを口にした。


「エルノー夫妻は暗殺されたって情報をこちらでは密かに入手していたから、アデリーナちゃんは無事なのか心配していたんだ」

「え……」


 突然の情報に頭が真っ白になる。


(誰が暗殺されたですって……?)


「ラヴァルとの調印式は二年に一回。しかもラヴァルは、聖女を国から出さない。アデリーナちゃんを公式で見られる機会はラヴァルで開催されるときだけ。そのたった一回が二年前だったってわけ。でも――」


 二年前は両親が事故で他界した年だ。


 私は喪に服し、その調印式やパーティー諸々に欠席することを許され、オルレアンの皇族の方や使者とお会いすることはなかった。ぼんやりと過去を思い返す。


「団長も二年前、兄君である皇帝に付いて出席されたんだ」

「兄君……皇帝……」


 すごい情報が出て来たけど、もう頭の処理が追い付かない。


「あの方、皇弟だったんですね」


 ミアがオーウェンをちらりと見ながら言った。


 王城に出入りし、情報通のオーウェンはもちろん知っていたのだろう。


 でも今はそんなことどうでもいい。


「ああ、説明してなかったね。団長はこのオルレアン帝国、皇帝の弟君、エクトル・オルレアン様だ。まあ、だから、君たちの暮らしは団長が保証するから安心して? 特にリーナちゃんは団長の命の恩人なんだから」


 本当の私たちを知らないユリスさんが何気なく会話を続ける。


 今は全てが頭に入ってこない。


 私の、私の両親は――――。


「あの、ユリスさん、エルノー侯爵……私の――」

「お嬢!」


 立ち上がり、ふらふらとユリスさんに歩み寄った私をオーウェンが抱き寄せた。


 突然の抱擁に目の前のユリスさんが驚いて目を点にしている。


「今は、我慢してください――」


 辛そうな声色で耳元で囁いたオーウェンに目を向ける。


「オーウェン、あなたは知っていたの?」


 問い詰めるような私の瞳に、オーウェンのチョコレート色の瞳が揺れる。


「証拠が……掴めないんです。探ってはいたんですが、やばそうで……」


 ふと、元エルノー侯爵領に入ったときに言っていたオーウェンの言葉を思い出す。


 最近うろついている騎士団を調べようとしたがやめたということを。


『う~ん、探ってみようと思ったんですけど、やばそうだったんで止めたんですよね』


 何ともないように言っていたが、私に心配をかけないようにしていたのだろう。


「いつから……」


 いつからオーウェンがその事実を一人だけで抱えていたのか。私は気付けずに、彼に守られているだけだった。


「すみません、お嬢。突き止めたら俺がそいつを殺しに行ってやろうと思っていました」


 オーウェンがそんなことを考えていたなんて。


「もうオルレアンに来たんだから、そんな危ないことはやめて……」


 私は溢れる涙を見られるのが嫌で、オーウェンの胸に顔をうずめた。


 オルレアンに来た今となっては、オーウェンも真実に辿り着けないだろう。


 でも私はそれで良いと思った。


 もちろん、それが事実なら私はそいつを許せない。


 でも私たちはオルレアンで静かに生きていこうと決めてきたのだ。


 今、再びオーウェンを危ないことに巻き込んで、彼まで失うことはしたくない。


 唯一の家族とも呼べるオーウェンには生きていて欲しい。


 私はぐちゃぐちゃな感情のまま、オーウェンの胸で泣き続けた。


「え? え? ど、どうしたの?」


 意味のわからないユリスさんが狼狽えているのがわかった。


「すみません、師匠。ホームシックみたいです」


 オーウェンは上手い言い訳を告げると、私を連れて、皆の輪から外れた場所へ移動した。


「ええと……ミアちゃん大丈夫?」


 はたから見れば、旦那が愛人と人気のない所に消えていったように見えるだろう。


 でもこの時の私にはそんなことに思い至れなかった。




 


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