第13話 それなら私が

 ミアの出産の様子を外で伺っていたエクトルたちは、赤ん坊の声がして駆けつけて来ていた。

 先に出て来た医師を捕まえ、話を聞く。


「無事に元気な男の子が生まれましたよ」


 医師の言葉にエクトルとユリスは安堵した。そして続けた医師の言葉に驚いた。


「いや~、あの愛人の子が必死に支えて、むしろ旦那さんより真剣でしたよ。奥さんもあの子を求めて手を握ってもらって……」


 リーナが出産の手伝いをし、必死にミアに声をかけていたことが医師から語られていく。


「我が国では信じられませんが……ああいう愛の形もあるんですかねえ?」

(そんなわけがあるか……)


 感嘆する医師に、エクトルはふつふつと湧き上がる怒りを何とか抑える。


「旦那さんが出産後の奥さんを労って抱きしめてましたから、いたたまれなくなって出て来てしまいました」

「え?! オーウェンの奴、リーナちゃんの前で奥さんといちゃついてたの?」


 驚いて声を上げるユリスに、医師は頷くと、「何かあればお呼びください」と自室に下がって行った。


「リーナちゃん、笑顔だったけど、そんな関係辛くないのかなあ?」


 ユリスの呟きに、エクトルの顔が険しくなっていく。


「あれ、師匠?」


 廊下で話していたエクトルたちの前に、オーウェンが現れた。いつの間にか部屋から出てきていたようだった。


「あ、オーウェン、男の子だってな、おめでとう」


 怖い顔のままのエクトルを隠すようにユリスが笑顔を作り、祝辞を述べた。


「リーナちゃんも喜んでたって?」


 ユリスの言葉にオーウェンは思い出し笑いをする。


「お嬢は泣きそうなほど感動してましたね。あの人はいつも目の前のことに一生懸命だから……」


 口元を緩めたところで、オーウェンはエクトルに掴みかかられた。


「お前!」


 突然のことに目を瞬いたオーウェンだが、目の前で怒りを露にするエクトルを冷静に見据えた。


「感動だと?! 彼女はお前の行動に胸を痛めたのではないか?!」

「団長!」


 ユリスが止めようとしたが、オーウェンはますます怒らせることを言った。


「そうだとして、あなたに何の関係があるんですか?」

「貴様!!」


 オーウェンの挑発のような言葉に、エクトルはカッとなる。オーウェンのシャツを掴む手に更に力が入る。


「オーウェン!!」


 睨み合っていると、リーナが慌てて駆けつけて来た。


「どうしたんですか?!」


 リーナの慌てる表情に、エクトルは平静を取り戻す。


「リーナ殿、あなたは本当にこれで幸せなのか?」

「へっ?」


 きょとん、と返す蜂蜜色の瞳に、エクトルの胸がざわつく。


「あなたはこの男の妻になれないどころか、子供だって望めないんだぞ」

「へっ……」


 エクトルの言葉に、リーナの顔が赤く染まってゆく。


(こんな純真な彼女を……)


 リーナの表情を見、エクトルの表情が怒りで歪む。


「そんなの、生まれた子をミアの子供として届ければ問題ないですよね?」

「オーウェン?!」


 エクトルが額に青筋を浮かべるより早く、リーナがオーウェンに反応する。


「ですよね、師匠?」


 エクトルの怖い顔を無視して、オーウェンがユリスに聞く。


「そ、それはグレーだけど、うまく法をかいくぐるよな……。てか、うちの国じゃ考えられもしないことだ。両者間で納得しないと成り立たないしな……」


 ユリスは苦笑しながらも答えた。


「でも、リーナちゃんはそれでいいの?」

「えっ……ええと……」


 リーナはユリスの問いに顔を赤くして黙った。


 そして、オーウェンと何やらひそひそ話したかと思うと、なかばやけ気味に言った。


「はい! 私は二人が幸せならそれで良いですので!」

(言わされていないか……?)


 様子のおかしいリーナにエクトルは怪訝な顔をした。


「リーナ殿、無理をするな。もし辛いようなら、騎士団の寮を用意することだって出来るんだ」


 エクトルは真剣に申し出た。リーナは彼のその表情に深く考え込み、前を見据える。


 意を決したかのように口を開こうとしたとき、オーウェンがリーナの肩を抱き寄せて言った。


「愛し合う俺たちを引き離そうなんて、感心しませんよ? 団長殿」

「オーウェン?!」


 リーナは驚きで目を丸くし、彼に何か言おうとしたが、先にエクトルが口を開いた。


「……お前には妻がいるだろう」

「二人とも愛しているんですよ」

「そんなのは許されない!」

「誰に?」

「――――っ!」


 言い合うオーウェンとエクトルを見て、リーナが顔を青くしている。


 ユリスもあっけにとられ、止めるのを忘れていた。


「これは俺たちの問題です。口を出さないでください」

「彼女は私の命の恩人だ!! だから私が……お前がそんな態度なら私が――」

「エクトルさん?」


 切羽詰まったエクトルの表情を心配したリーナが声をかけた。


 エクトルはその声に反応し、ハッとする。


「私が? 何です?」


 未だ挑戦的に言葉を発するオーウェンにエクトルはぎらりと睨む。


「私がリーナ殿を幸せにする」


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