第12話 新しい命

「ミア!!」


 お医者様と一緒に部屋の一室に入ると、中はバタバタとしていた。


 タオルを持って走るお仕着せの女性。その奥のベッドではミアが大量の汗を顔に滲ませ横たわっていた。


「わ、私も何かお手伝いを……!」

「じゃあ、お湯を用意してください!」


 私に指示を出し、お医者様がミアの元へ行く。


「お、お湯ね!」


 お仕着せの女性にキッチンの場所を聞き、急いでお湯を取りに行く。


「お嬢!」


 キッチンでお湯を貰い、戻ろうとした所でオーウェンがやって来た。


「旦那より先に駆けつける愛人てどうなんですか?」


 お湯の入った桶をひょいと私から取り上げると、オーウェンが呆れた声で言った。


「あ……」


 また設定を無視してやってしまった。


「ごめん、オーウェン……」

「そもそもお嬢に無理な設定なんですよ」


 オーウェンは目を細めて笑うと、すたすたと歩き出す。


「俺、枕もとで手とか握った方がいいっすかね」

「ミアは嫌がりそうね……」


 真剣に呟くオーウェンに、おかしな状況なのに笑えてくる。


「お湯持って来ました……」

「はい、いきんで!」


 オーウェンと部屋に戻ると、まさに修羅場真っ只中だった。


「あ! 旦那さん、声かけてあげて!」


 お湯を素早く受け取ったお仕着せの女性がオーウェンの手を引き、ミアの元まで連れて行く。


 諦めた表情のオーウェンがミアの枕元に辿り着くと、彼女は視界の定まらない目で右手を宙にさまよわせた。


 その手をオーウェンが取ろうとした所でミアが言葉を溢した。


「ア……デ…………」


 その手が落ちる前に私は駆け寄り、両手で受け止めた。


「リーナ……様……」

「私はここにいるわ! ミア、頑張って!」


 私の名を呼んだミアに私は声をかける。


 彼女は私の姿を認識すると、力なく笑って涙を溢した。


「ごめ……なさ」

「ミア! 今は元気な子を産むことだけ考えるのよ! 後のことは気にしなくて良いから!」


 握りしめる手に力を入れると、ミアからも強い力が返ってきた。


「さあ、もうひと踏ん張りですよ!」


 お医者様の掛け声で、ミアの出産体制が整えられる。


 私はミアに声をかけ続け、彼女は苦しみに顔を歪ませながら頑張った。


 それから数時間後。


 おぎゃ――――。


 室内に赤ちゃんの声が響き渡った。


「元気な男の子ですよ」


 お医者様が赤ちゃんを布にくるみ、ミアに見せた。


「ミア、おめでとう」


 そう声をかけたミアの瞳には涙が溢れていた。


 ミアより少し明るめのオレンジの髪が薄く頭に生えている。


(ちっちゃい! 可愛いわ!)


 新しい生命に私はジーンと感動で泣きそうになる。


「…………私、あなたに話さないといけないことが……」


 お医者様から渡された我が子を抱えながら、ミアが覚悟を決めた目で言った。


 私はシーッと口に指をあてて言う。


「私、リーナは愛人に寛容な奥様のあなたに感謝して、あなたたちの家にメイドとしてお世話になるのよ」

「はい?」


 リーナが目を点にした。


 うん、突拍子もない設定よね。


「ここまできたら、お嬢に付き合ってもらいます」


 ミアの耳元でぼそっと呟くオーウェン。


 ミアは青ざめて後ずさりする。


「照れてるのか、ミア? 可愛い子を産んでくれてありがとう」


 ノリノリ演技を始めたオーウェンは、ミアの頭を自身の顔に埋めた。


 ラブラブ雰囲気だと勘違いしたお医者様たちが気を遣い、部屋を出て行く。


 うん。さすがオーウェン。


 三人だけになったところでオーウェンがミアからぱっと離れた。


「あ、あ、あなたねえ……」


 ミアの顔が真っ赤だ。


 突然の旦那ムーブに甘い台詞。私でも恥ずかしくて赤くなりそうだ。


「……私は、守ってもらったんですよね」


 はあ、と大きな溜息を吐いたミアが確信をついた。察しが良くて助かる。


「オーウェンがそうした方が良いって」

「で? どうしてアデリーナ様が愛人という状況に?」

「あ、私のことはリーナって呼ぶのよ」


 呆れたミアに説明をする。


 うう、その顔、オーウェンと同じだわ。



「……リーナって意外と抜けてるのね」


 ここまでの話を聞いたミアが盛大な溜息と共に呆れた顔をした。


 リーナ呼びも守ってくれ、くだけた物言いも距離が近くなって嬉しい。


 でも、オーウェンが二人になったみたいで私はびびる。


「ご、ごめんね? 本物の旦那さんを呼び寄せるまでだから。それまでは責任持ってミアを守るから」

「あなたにはそんな義務ないでしょうに……」

「それがお嬢ですから」


 少し悲しそうなミアにオーウェンが付け足す。


「そうよね……。この数日だけでもあなたという人がわかった……」


 ミアは俯いた後、真っ直ぐに私を見た。


「リーナ、この子に父親はいません。私一人で育てます」

「えっ――」


 ミアの言葉に驚き、それってどういう意味か問いただそうとした。


「まあまあ、ここじゃなんだし、落ち着いてからにしません?」


 オーウェンが間に割って入った。


「……それもそうね。ミア、今はゆっくり休んで」


 出産を終えたばかりのミアを気遣えなかったと反省をする。


「ねえ、あなた、知ってるの?」


 部屋を出ようとオーウェンと扉に差しかかった所でミアが投げかけた。


「……さあ? ただ、ここでは誰が聞いているかわかりませんから」


 オーウェンは意味ありげに笑うと、ミアに背を向けた。


 ミアはまた青い顔をしていたので、ゆっくり休むように声をかけて部屋を出た。


(というか、オーウェンは何か知ってるわね)


 彼が情報収集に長けていたのは知っている。


 廊下に出ると、先に出たはずのオーウェンがいつの間にかいない。


「お前!」


 叫び声に驚き、横を見れば、少し先の壁に押し付けられているオーウェン。


 何故かエクトルさんが怒っていた。

 

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