第2話 平和なラヴァル

「あ、お嬢! あのバカ王子、いつものでした?」


 ヘンリー殿下と別れ、王城を出た私をオーウェンが出迎える。


 チョコレート色の髪とその色の丸い目で彼は苦笑していた。


 オーウェンは私が大聖女として王都に来るとき、護衛として付いてきてくれた頼もしい相棒。


 自分のことは自分で、がモットーの我が家では使用人も少なく、もちろん私にメイドなんていない。エルノー侯爵領が王家に返還された時、使用人たちも散り散りに他のお屋敷へ再就職したと聞いた。


 私に付いてくれていたオーウェンは今も私の元へ残り続けてくれている。


「オーウェン、朗報よ。あなた、祖国へ帰れるわ」

「はあ?」


 私の言葉にオーウェンが訝しげな顔をした。



「はあああ?! 国外追放?! 王様は何してんだよ?」

「オーウェン、口が悪いわよ……。陛下も了承済だそうよ」


 神殿への帰り道すがら、わたしは先ほどの話をオーウェンにした。


「婚約破棄は大賛成だけど! 国外追放って、友好国だからって勝手にいいんですかね?」

「ヘンリー様は何も考えてなさそうだけど、オルレアン帝国は移民も受け入れる大らかな国だから大丈夫でしょ」


 呆れて話すオーウェンに私も小さく溜息を吐いて答えた。


 冤罪だけど、国の犯罪者を隣国から送られるオルレアン帝国もいい迷惑だと思う。


「お嬢、でもオルレアン帝国は最近魔物が頻繁に出るって噂ですよ。アホ王子、お嬢のこと殺そうとしてません?」


 ヘンリー様のことをバカだのアホだの言いたい放題なオーウェンが神妙な顔で言った。


「まあ偽物と言われたけど、お母さま譲りのこの力と、オーウェンがいれば何とかなるでしょ……って、一緒に来てくれるよね?!」


 そこまで言って不安になった私はオーウェンの顔を覗き込む。


 彼は心配する私の顔を見るなり吹き出した。


「あったりまえじゃないですか! お嬢は俺の命の恩人なんですから! どこまでもついていきますよ! それが祖国じゃなかろうと!」


 にかっと笑うオーウェンに私は安堵した。


 オーウェンは私が幼い頃、魔物から助けた孤児だった。


 オルレアン帝国との国境にあったエルノー侯爵領。母の力でラヴァル王国は魔物の脅威から守られていた。


 隣国のオルレアン帝国に聖女はいないそうだが、魔物にも負けない軍事力で他国をも寄せ付けない強い国。


 大昔、ラヴァルとオルレアンは戦争をしていたそうだが、今では友好国だ。国力のあるオルレアンに逆らえるだけの力が我が国には無いと言うのが正しいのか…………。


 そんなオルレアンでも国境沿いまで手が回っていない時があり、オーウェンのように魔物に襲われている民がいた。


 私と母はこっそりとその手助けをしていた。オルレアンの国境沿いの騎士たちとも仲良くなった。


 ラヴァル王国は平和に胡坐をかき、我が領に騎士を配置してはいなかった。我が国の騎士団は王族を守るためだけにある。


 それを良いことに、うちも好き勝手していたので、そのことに関しては良い。


 オルレアンの現状を目の当たりにした私は、魔物の脅威をすっかり忘れている自国を、大事な人がいるこの国を、守っていかねばと幼心に強く思ったのを覚えている。


 オーウェンは恩返しとしてうちで働きたいと言った。


 隣国の民だったが、孤児ということもあり、当時仲良くなったオルレアンの騎士たちにも黙認してもらい、オーウェンは私付きの護衛として引き取られた。


 同い年だったオーウェンとは姉弟のように育った。私と王都に来るまでは騎士たちに稽古をつけてもらっていたようで、めきめきと強くなっていた。


 私は、10歳で聖女の力に目覚めるほど強い力を持っていた。陛下もそのことは知らない。


 王都に来るまでは、オルレアン側、国境沿いの土地にこっそりと聖女の力を使っていた。

 ――オーウェンのような子がまた現れないようにと。


 母の国の役割をヘンリー様との婚約で引き継いだ。


 私が領を離れる時、「オルレアンの地はお母さんに任せなさい」と母は笑っていた。


 母が亡くなり、今はどうなっているのだろうか。


 とりあえず、オルレアンに行くならその場を通る。この目で確かめれば良い、と思っていた時だった。


「見て……気味の悪い」


 ひそひそとこちらを見ながら囁く街の人の声が耳に届いた。


「――んだと!」

「オーウェン、いいから!」


 その人たちに突撃しそうな勢いの彼を急いで止めた。


「でもお嬢! その髪の色はこの国を守っているせいなのに……!」


 私のために怒ってくれるオーウェンを宥めるように私は笑顔を作った。


 ヘンリー様にも気味悪いと言われたこのダークブロンドの髪色は、瘴気を吸っているからだ。


 お母様もそうだった。私が生まれた時にはすでに黒髪だったが、昔はブロンドだったそうだ。


 この国でこんな色が混じった髪の人はお年寄りぐらいしかいない。くすんだ茶色のような、黒も混じりつつあるダークブロンドの私の髪はヘンリー様を始め、貴族からも街の人からも気味悪がられた。


 私は10歳で力に目覚め、それをこっそり使いはじめた。ただ、力が強いせいか、髪はブロンドのまま留まっていた。私の髪が徐々に変化したのは、王都に移ってから。


 ヘンリー様は変わっていく私の髪色を気味悪がった。一度説明をしようとしたが拒否されたので、私も諦めた。陛下は母の聖女の力を知っていたので、「あいつも大人になればわかる」と仰っていたが、彼が変わることはなかった。


「あいつら! 誰のおかげで平和に暮らせていると……!」

「まあまあ、こんな国ともお別れなんだし」


 まだ怒ってくれているオーウェンを諭す。


 母の母、それまた昔から血を継いできた大聖女には、魔物の瘴気を浄化する力がある。


 浄化によって国に魔物は立ち入れず、それらによって持ち込まれる病気も蔓延する心配は無い。空気が浄化されることにより初めて、聖魔法、いわゆる治癒の奇跡を聖女たちは使えるのだ。


(ヘンリー様はともかく、陛下だってご存じのはずなのに……)


 改めて、国外追放される意味がわからない。


「化け物! あっちいけ!」


 考え込んでいた所でどこかから石が飛んできた。


「っぶねーなあ」


 オーウェンがすかさず石を払ってくれる。


「あ、ありがと、オーウェン」


 さすがオーウェン、と思っていると彼は怖い顔をしていた。


「平和ボケのくそ国民が。あの王子にしてこの国民ありだな」

「オーウェン、また口が悪いわよ。まあ、必要とされていないなら、とっとと退散しましょ」


 街の人たちを殺してしまいそうな目つきのオーウェンを引きずり、私たちはようやく神殿の入口まで辿り着いた。


 神殿に入ろうとしたすれ違いざまに一人の女の子とぶつかった。


「大丈夫……? ――――っ?!」


 その子に声をかけようとして私は驚いた。


 大きなお腹を抱えながらその子は苦しそうにその場に座り込んでしまったからだ。

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