第3話 謎の少女

 オレンジブラウンの肩までの髪で顔が隠れるその子に慌てて近寄った。


「大丈夫?」


 顔にかかった彼女の髪を避け、ハンカチで汗ばむ彼女の額を拭った。


「あれ、君、城でメイドをしていた子だよね? 辞めてからはそこのパン屋で働いてなかった?」


 オーウェンは神殿から出ない私のために、情報収集に長けていた。


 オーウェンの言葉にその子の身体が強張るのがわかった。


「大丈夫。私たち、そこの神殿の者だから。休んで行ったら?」


 安心させるようにその子に言うと、彼女は小さく息を吐くと気を失った。


 私はオーウェンにその子を神殿に運びこませた。


 幸い、私の婚約破棄も国外追放もまだ伝わっておらず、大聖女の権限で彼女を聖女に見せることが出来た。



「お嬢、早くこの国を出ないと噂はあっという間に広まりますよ」


 穏やかな表情で眠る彼女のベッドサイドに座る私に、オーウェンが入口を見張りながら言った。


「……わかってる。この子を無事に家に送り届けてからね……」


 オーウェンにそう言うと、私は彼女に目を落とした。


 私よりも年下そうな女の子。働き者なのか、手が荒れている。


「こんな身体でギリギリまで働いていたのかしら? 旦那さんは何をしているのかしら」


 彼女の手を握り、彼女を見つめた。


 聖女の治癒の奇跡のおかげで顔色は良い。


「はあ……お嬢は困った人を拾う天才ですね」


 オーウェンは溜息を吐きながらも嬉しそうに笑うと、「ちょっと出てきます」と言って部屋を出て行った。


「ん……」

「あ、気分はどう?」


 そのすぐあと、彼女が目を覚ましたので私はホッとする。


「?!」

「あ、すぐに起きない方がいいわ! あなた、神殿の前で倒れたのよ。覚えてる?」


 慌てて上半身を起こした彼女の背中に枕を差し込みながら優しく語りかける。


 彼女は記憶を取り戻すように頭を抱えると、私をじっと見て言った。


「あなたが助けてくれたんですね? ありがとうございました。でも私、もう行かないと……」

「ちょ、ちょ、ちょっと待って! まだ休んだ方がいいわ!」


 お礼と共にベッドから片足を床に下ろした彼女。私は慌てて止める。


「助けてくれたことにはお礼を言います。治療費だってお支払いします。でも、私のことは放っておいてください!」


 まるで野良猫が牙をむくように警戒心をみせる彼女。


「お金ならいいから。ねえ、まだ安静にしていた方がいいわよ?」

「放っておいてよ! あなた何なんですか?!」


 落ち着かせるように声をかけたのに、彼女は増々興奮して言った。


「自己紹介が遅れてごめんね。私、アデリーナ・エルノーよ」

「アデリーナ……・エルノー…………様?!」


 名乗った瞬間、彼女のオレンジ色の瞳が揺れた。


 神殿からあまり出ないし、国の式典には髪と顔を隠すローブで出席するので国民は私の顔を知らない。ただ、大聖女であるアデリーナの名前だけは知っている。


(逆に驚かせちゃったかな。まだ国外追放は知られてないし、安心してもらうには一番だよね)


 そう思ったのに、彼女は自身を抱きしめるようにして震えた。


「? ねえ、どうし――」


 言いかけた所で神殿の外が騒がしいのに気付いた。


 そっと部屋の窓から外を見ると、王国の騎士たちが大勢入口を固めていた。


(?! 国外追放なら大人しく従うのに、そこまでする?!)


 自分に向けられた兵だと思った私はごくりと息を飲んだ。しかし、彼らから発せられたのは思いもよらない言葉だった。


「ここで妊婦を匿っているだろう! すぐさま引き渡せ!」


 その叫びに私は彼女の方へ向き直る。


「ねえ、あなた一体――――」


 言いかけて、すぐに彼女に駆け寄る。


 ベッドから抜け出ようとしていた彼女が床に倒れこんでいたからだ。


「大丈夫?!」

「……私のことは放っておいて…………見つかったら王太子の婚約者でもただじゃ済みませんよ」

「そっち?!」


 彼女の言葉におもわず声を上げた。


(驚いていたのは大聖女だからじゃないのか)


 バカ王子の婚約者としての認識よりも大聖女としてが良かったなあ、と思いつつオーウェンが、彼女がお城で働いていたと言っていたことを思い出す。


 私はなるほどな、と思いつつ、笑って言った。


「それならさっき、婚約破棄されたから大丈夫よ!」

「えっ」


 驚きで彼女の瞳が大きく見開かれたのと同時にドアがノックされる。


 私は彼女を隠すように抱きしめ身構える。


「お嬢、逃げますよ」


 こそっと言いながら、床下から突然オーウェンが現れた。


「オーウェン?! あなた一体どこから……」

「お嬢に何かあった時のために、神殿内に隠し通路くらい作ってますよ」


 あっけにとられる私に、オーウェンはウィンクしてみせた。


(はあ、流石というか抜かりないというか……)


「お嬢、早く!」


 感心する私にオーウェンが急かす。


「あ、でも、あの騎士たちはこの子の……」

「わかってますよ」


 オーウェンはしたり顔で床から這い出ると、私が抱きしめていた彼女を横抱きにした。


「よっと」

「?!」

「お嬢はこの子を助けたい、ってことでオーケー?」

「うん!」


 私の意図を汲んでくれたオーウェンに私は思いっきり笑顔になった。


 そしてオーウェンの作った抜け道へと降りる。


 道はオーウェンが彼女を抱えても通れるくらいの広さで、改めて「いつの間に……」と驚いた。


 続けて床下へとそっとおろされた彼女を私もサポートする。続いて素早く降りて来たオーウェンに再び彼女が抱きかかえられる。


「は、離して……! 私は……」


 まだ抵抗を見せる彼女にオーウェンが悪い顔で言った。


「大人しくお嬢に助けられてください、ミアさん?」


 その瞬間、彼女の口からひゅっ、と息が漏れた。


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