第1話 何度目かの裏切り

「アデリーナ、俺はやっと真実の愛を見つけたんだ」


 この国唯一の王位継承者で私の婚約者、ヘンリー・ラヴァル様が言った。


 ――また・・なの!?


 プラチナブロンドの長めの髪をシルクのリボンで結び、オパールグリーンの綺麗な瞳をだらしなく緩める婚約者に目を向ける。


「お前のような陰気な女と違って、愛らしいだろうハンナは」


 そう言って肩を抱き寄せた隣の令嬢は、ハンナ・フルニエ。


 伯爵家のご令嬢で、ミルキーブロンドのゆるやかな髪をハーフアップにし、カメリア色の愛らしい瞳を潤ませ、隣のヘンリー様を見ている。


(確かにヘンリー様の好み・・ど真ん中ね)


 見慣れた光景に私は小さく息を吐き、二人を眺めた。


「しかし、この婚約は王家が定めたものでは……」


 目の前でハンナと抱き合うヘンリー様に、私は淡々と返す。


「いくら俺様に捨てられたくないからと、見苦しいぞ! アデリーナ!」

(はい?)


 眉を寄せ、右手をビシィ、と差し出す彼に、私の笑顔もひくつく。


「空気の浄化? はっ、そんな嘘くさい能力で俺の婚約者の座に収まりやがって! エルノー侯爵も上手くやったものだ」

「……殿下……」


 亡き父を侮辱され、さすがに私の瞳にも怒りが灯る。


「なっ……! 何だ?!」


 びくりと身体を縮こませ、ハンナの腕に縋り寄るヘンリー様。


(はあ、情けない……この方が次期国王なんて、この国は大丈夫かしら)

「偽聖女のあなたじゃなくて、本物の聖女の私が殿下の婚約者にふさわしいと国王陛下もお認めになったのですわ」

「えっ?」


 くすくすと笑いながら前に出たハンナを思わず見た。


 このどうしようもない婚約者がこんなことを言い出すのは、初めてではなかった。


 彼は、その美貌と権力で色んなご令嬢に手を出してきた。あろうことか、王族も出席する貴族令嬢たちのデビュタントで、好みの若くて可愛い子に目を付けては部屋に連れ込んでいたのである。


 この国の成人は16歳。彼は16歳の時から毎年その所業を繰り返し、今年で4人目。


 婚約者の私が成人していなかったこともあり、一時の気の迷いだろうと、二人目の令嬢までは陛下が手切れ金を渡す形で収められていた。しかし、ついに昨年、「今後こんなことがあればお前を王にはしない」とお怒りになり、ヘンリー殿下も厳しい謹慎を受けた、と聞いた。


 聞いた、というのは、陛下直々に、私に謝罪へ来られたからだ。肝心のバカ王子が謝ることは無かったけど。


 私はヘンリー様の婚約者になった12歳の頃から親元を離れ、王都の神殿で暮らしていた。


 前大聖女である母の力を受け継いだ私は、国に請われ、ヘンリー様の婚約者になった。そして、王妃になるべくの勉強と、聖女の仕事をこの王都でやってきた。


 ヘンリー様に一切の愛情は無いけど、お母さま譲りのこの力に誇りを持っていたし、国のためにと頑張っていたのに。


 国王陛下も認めてくださっていたと思っていた。


 だからこそ、何度もご令嬢に手を出すバカ王子が婚約者でも我慢してきたというのに。


(陛下も二度とそんなことはさせないと仰っていたのに……)


 優しい表情と、申し訳なさそうに私に謝る陛下の顔が浮かび、悲しくなった。


 私が成人した年に、両親は事故で他界した。領地が王家に戻っても、エルノー侯爵家の娘であること、ヘンリー殿下の婚約者であることは変わらなかった。陛下がそのように取り計らってくれたのだ。


 バカ王子は好きになれないけど、この方が義父になるのならば、この国を守っていきたいと思った。それに、息子であるヘンリー様も変わるかもしれないと淡い期待を抱いた。


 両親を亡くした私にとって、まだ家族という存在を与えてくれる唯一の心の支えだった。


「何だ、そんなに俺様と結婚したかったのか。お前なんて愛人でもごめんだね。その汚らしい髪の色……おぞましい」


 ヘンリー様は蔑む目で私を見下ろした。


「やだ、ヘンリー様っ! この偽聖女じゃなくても愛人なんて持っちゃ嫌ですっ!」


 うるる、とハンナがヘンリー様の腕にしがみつくと、彼はだらしない表情で口元を緩めた。


「ハンナ、俺には君だけだよ。俺の運命。君が大聖女だったことさえも」

「は?!」


 私はヘンリー様の言葉に目を見開いた。

 

 大聖女の地位は国王陛下に賜った、私の称号。


「当たり前だろう。ハンナが治癒の奇跡で国に貢献している間、お前は何をしていた!」


 ギロリと私を睨むヘンリー様。


(いや、あなた王太子のくせに私の仕事も知らないの?)


 呆れたところで今度はハンナが勝ち誇った顔で言った。


「あなたはお役御免……それどころか長年大聖女の地位に居座り私欲を貪った犯罪者ですわねえ」

(私欲も何も、私、お給金も貰ってないんですけど?!)


 今度はハンナの言葉に開いた口が塞がらない。


 私の大聖女としての仕事は、この国の民のためとして、次期王妃の仕事として、お給金を貰っていなかった。


 神殿に部屋をもらっていたし、豪華とはいかずとも普通に食事も出たし、生活には困らなかった。聖女のローブもあるし、ドレスを着ることも無い。


 それはそれは質素に暮らしていた。


(それよりも……)


 私は目の前のハンナを見た。


 聖女のローブではなく、煌びやかなドレスをまとっている。


 ヘンリー様の瞳に合わせたオパールグリーンの生地に、眩しいくらい金糸の刺繍が施されている。


(景気がいいのはそちらでは……?)


 ハンナは最近聖女として働き始めた。


 この国では治癒の奇跡を持って生まれる者がいる。貴族の女性に多く、デビュタントを迎える16歳で聖女となるのだ。


 聖女の数は多くなく、国から大切に扱われるのは知っている。それでも大聖女になるのは聞いたことが無い。しかも聖女になったばかりのハンナが。


(ハンナも間違いなく今年のデビュタントでヘンリー様に目をつけられたんだろうけど……)


 いつもと違う様子に私は二人の出方を待った。


 婚約破棄は別にいい。むしろ喜んで! だ。


 でも、私の仕事を軽んじる二人の発言に嫌な予感しかしない。


「アデリーナ! 婚約破棄とは別に、お前には大聖女を語った罪でオルレアン帝国へ国外追放とする!!」


 意気揚々と命を下したヘンリー様に、私はまたしても開いた口が塞がらなかった。

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