捨てられ聖女の私が本当の幸せに気付くまで

海空里和

プロローグ

「団長、本当に行かれるのですか?」

「ああ。最近魔物が頻発するのには何かありそうだ。アパタイトも隣国がきな臭いと言っているし」


 ブルーグレーの髪の青年は、美しいホリゾンブルーの瞳を隣にいるフェンリルへと向けた。

 人間一人を乗せられるほど大きな体に銀色の美しい毛並みのそれは、青年に寄り添うようにして立っている。


「アパタイト様が付いているのは安心ですが……」


 えんじ色の騎士服に身を包んだ部下は不安そうに青年を見る。


「それにエルノー侯爵家が国境から去っても警備を配置していなかったのに、最近ラヴァルの騎士団がうろついているのも気になる」

「あの子ももう立派な淑女になっているんですかねえ」

「お前は口を開くとその子のことばかりだな」


 昔に想いを馳せる部下に青年が笑みを漏らす。


「だって団長! この国はあの子に世話になりました。自国へバレれば命の危険だってあったのに……」

「そのようだな。当時国境の警備にあたっていた騎士たちが揃って私に報告していたな。ラヴァルは聖女を独占して国外へ出さないことで有名だから俺も驚いた……」

「あの子、王太子の婚約者になるって言ってましたから、隣国も変わりますかね」

「そうだな……」


 楽しそうに話す部下とは逆に青年は難しい顔になる。


(ラヴァルの王太子に良い噂は聞かない。それに、あの王は我が国に従うフリをしているが、油断ならない)


「団長?」


 心配そうに覗き込む部下に青年はハッとする。


「ああ、話の途中で考え込んですまない」

「いえ。団長、くれぐれも無理はしないでくださいよ。ただでさえ貴方の身体はボロボロに蝕まれているんですから」

「ああ。アパタイトもいるから大丈夫さ」


 むう、と口を尖らせる部下に、青年はフェンリルを撫でながら微笑んだ。撫でられたアパタイトは透き通る海色の瞳を細め、青年に頬をすり寄せた。


「ついでに、その子のことも何かわかったらお願いしまーす」

「お前は……私を心配しているんじゃなかったのか?」


 ふふ、と苦笑いする青年に部下は熱弁する。


「あの子が王都へ行ってしまった後も、エルノー侯爵夫人が我が国境沿いの地域に聖女の力を使ってくれていました。ただ、あんなことがあって、情報も入らず気になっていたんです」

「そうか……まあ、わかればお前に伝えるが、期待はするなよ」


 言い終わり、しょぼんとする部下に、青年はやれやれと息を吐いて言った。

 瞬間、部下の顔がぱあ、と明るくなる。


(エルノー侯爵一家は我が国の恩人……しかし王都へ行った娘が変わらない保証はない。ラヴァルの考えに染まってしまっているかもしれない。女とはそういうものだ……)


「団長、お気をつけて!!」

「お前もラヴァルの騎士に見つからないよう、早く行け」


 部下は敬礼をするとその場を静かに去ろうするが、青年に呼び止められる。


「まてユリス、その子の名は何だったか?」


 呼び止められたユリスは呆れながらも笑顔で答える。


「王族のくせに、隣国王太子の婚約者なんて興味ないですかね、うちの団長は」

「…………」


 その通りなので黙る青年にユリスは、にかっと笑って言った。


「その子の名前はアデリーナですよ。皇弟殿下」


 嫌味っぽい部下の言葉に、青年は苦い顔をすると、アパタイトに飛び乗り、その場を後にした。


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