81 アンデッドの群れ 01 状況確認

 騎士団本部の一室。バートたちはエルマーに同行して状況を確認しようとしている。ただ闇雲に動いても、事態は解決するどころかさらに悪化することになりかねない。まずは正しく情報を把握はあくすることが必要だ。

 バートたちもここにいるのは、エルマーが依頼したからだ。強力な冒険者であるバートたちにも事態の収拾に協力してほしいと。特にホリーの存在がある。ホリーは聖女なのだと彼らは確信しているが、彼女は神官としてはまだ一人前の神官よりは少し上の神聖魔法を使える程度だ。だが彼女は現段階でも極めて強力な浄化の炎を使用できる。浄化の炎は死者の肉体と魂を炎で清め焼き尽くす神聖魔法だが、実体を持っているタイプのアンデッドに対しては攻撃魔法と同等以上の効果がある。広範囲の死体多数に対して浄化の炎を使えるホリーは、神官としても対アンデッドでは切り札になりうるのだ。それだけではなく、ホリーの周囲の味方は実力以上の力を発揮できるという聖女としての力もある。そしてドワーフのニクラスも強力な神官戦士であり、バートやシャルリーヌたちもそれぞれ極めて強力な戦士や魔法使いだ。エルマーが彼らを戦力として期待するのも当然だ。

 部屋にはエルマー指揮下の騎士の幹部級の者たちがおり、オーブリーたち先の戦いでホリーの護衛を命じられた者たちもいる。



「報告します。街で大量のアンデッドが発生している模様です。騎士団が対処に動いていますが、次々に新手のアンデッドが発生し、発生源をつかむことができていない模様です」


「アンデッドの種類は?」


「ゾンビやスケルトンといったものが主なようですが、より上級のものも発生しているとのことです。先の攻城戦で討ち取った妖魔共の死体が多数アンデッド化しているとの報告も受けていますが、街中の墓地からも大量にアンデッドが発生しているとのことです。街の外に駐留していた軍勢は妖魔共の死体から大発生したアンデッドと交戦中です。焼却した妖魔共の灰からも、そう数は多くはないもののアンデッドが発生している模様です」


「焼却した灰からもか……」



 ゾンビとは肉がまだ残っているアンデッドで、死んだ時期によってはその肉も腐乱していることもある。スケルトンは肉がなくなって骨だけになったアンデッドだ。焼却された死体からアンデッドが発生することは滅多めったにないのだが、浮遊する灰のようなアンデッドや実体を持たないタイプのアンデッドが発生することもまれにある。

 先の包囲戦で、街に籠城ろうじょうしていた騎士団は攻め寄せた妖魔共を数千ほど討ち取った。包囲が解かれたことでその死体がアンデッドにならないように焼却も始めていた。この事態の前からすでにアンデッドは発生し始めており、その討伐もしていたのだが。だがこんな急激に大量のアンデッドが発生することなどまずない。だがごく希にこのような事態も発生することは歴史上記録はある。



「墓地からもアンデッドが発生しているのか?」


「はっ。そのように報告を受けています」


「それほどにこの街の神官たちは腐敗しているというのか……とむらわれたはずの死体がアンデッドになるなど……」


「さすがに全員の神官が腐っているとは思えないわ。アンデッドには死体を強制的に新たなアンデッドにするものもいるわ。これだけの規模でアンデッドが発生しているのなら、まずそんな種類の強力なアンデッドが発生して、事態を拡大していると見るべきじゃないかしら」


「私もシャルリーヌの考えに同意する。このような事態、原因となるものが存在していると考えるのが自然だ」


「私もその意見に同意します。こんな事態、普通には発生しません」


「なるほど」



 墓地からアンデッドが発生することは滅多めったにない。ことに大規模に発生することはまずない。今回の事態は異常だ。きちんととむらわれたはずの墓地にほうむられた死体がアンデッドになるなど、あってはならないことなのだ。エルマーはそのことに憤りを見せたが、賢者でもあるシャルリーヌとバートの言葉に落ち着きを取り戻す。騎士団所属の賢者も彼女らの言葉に同意する。実際このような大規模なアンデッドが発生する事態には原因があると考える方が自然だ。

 弔われた遺体がアンデッドになることも、原因さえあればありうることだ。火葬かそうすれば遺体がアンデッド化することはそうそうないのだが、火葬には大量の燃料が必要となるため、大陸のこの地域ではあまり行われていない。一般の人々は土葬どそうで弔われるのが普通だ。多数の死体を集めてまとめて焼くことは、人類が同胞の死体を弔う時は疫病えきびょうの大流行や戦争などで大量の死体が発生した時くらいにしか行われない。魔族や妖魔の死体をまとめて焼くことは行われるが。

 浄化の炎で弔われた者については、アンデッド化した実例は確認されていない。だが浄化の炎を使ってもらうには神殿に多額の寄進きしんをする必要があるのが普通で、そうしてもらえる者はごく限られている。



「ネクロマンサーの線も考えられるけど、これほどの規模ではちょっと考えにくいわね。もしネクロマンサーなら最上級の術者ということになるけれど、事態が発生するまでそれらしき徴候ちょうこうは見られなかったようだから、その可能性は低いと思うわ」


「はい。それほどの死霊術しれいじゅつを行使するためには、街規模の大規模な魔方陣などが必要になるはずです。そのようなものはこの街にはなかったはずです」


「だが一概いちがいに否定するわけにもいかないだろう」


「はっ。いかにも」


「そうね」



 ネクロマンサーとはアンデッドを作り出して使役しえきする死霊術を行使する者を言う。死霊術は人類からも魔族からも邪法扱いされ、討伐対象になることもある。それでもアンデッドを使役することができれば強大な戦力になると、ネクロマンサーと呼ばれる邪法使いも存在するのだ。究極的にはネクロマンサー自身が強大な力を持つアンデッドになり、永遠にこの世界に存在することを目論もくろむ者もいる。人間の統治者がそれらネクロマンサーの力に魅入みいられ、援助することもある。なお魔族にもネクロマンサーはいるが、魔族からすればそれらは例外なく討伐対象だ。

 報告している騎士の歯切れが悪くなる。



「それと……」


「どうした?」


「アンデッドに殺された者がその場で新たなアンデッドになっているとのことです。普通のゾンビやスケルトンに殺された者も」


「……確かに普通の事態ではないようだ」


「やはりアンデッドを作りだしているものがこの街に存在していると考えるべきだろう。強大なアンデッドか、ネクロマンサーか、それとも別の原因があるのかはわからないが」


「はっ。原因を突き止めるためにも、調査隊を複数編制して調査と捜索をさせましょう」



 人類や魔族の死体に不浄の魔力が宿ってアンデッドが発生するにしても、普通は死んでから数日はかかるものだ。殺された死体がそのままアンデッドになることは自然にはまず起こらない。上級のアンデッドには殺した相手をアンデッドにしてしまうものもいるが、それは特定の種類のアンデッドに殺された場合だけのはずだ。



「街の住人の避難はどうなっている? 領主代理と騎士団が既に動き始めてはいるだろうが」


「住人は近くの神殿や騎士団詰め所に避難しようとしており、騎士団も避難の誘導と防衛をしています。神殿の神官戦士たちと冒険者たちも独自に住人を守るべく動いているようです。ただ事態が事態ですから街は混乱状態です」


「うむ。早急に元凶を発見し、対処しなければならない」


「ですがこの街所属の騎士団は民を守るという意識が乏しい者が多いようです。民を邪魔者扱いしている者も見られるとか」


「それも問題だが、その者たちの意識改革は今後の課題だろう」



 街の住人の保護も騎士団の義務だ。ただそれも所属によって意識に差があるようで、帝国直属の騎士団は住人を守ることを主眼に置いているのに対し、元々この街に所属していた騎士団の者たちはアンデッドを倒すことに主眼を置いて、逃げる住人を邪魔者扱いしている者もいる。街所属の騎士団にも支配階層側の者として民に対して傲慢ごうまんに振る舞う者たちもいるのだ。



「ですが、奇妙なことが報告されています」


「奇妙なこと?」


「はい。アンデッドたちは見境みさかいなく人を襲うのではなく、襲う相手を選んでいる様子が見られると。それでアンデッドの数の割には被害は少ないようです。襲われない者に対してはアンデッドは邪魔ならどけようとするだけで手は出さないと」


「……どういうことだ?」


「不明です。兵たちにも攻撃される者もいれば攻撃されない者もいると。この街所属の兵には襲われる者の割合が高く、命を落としてアンデッド化してしまう者もいるようです。帝国直属の兵たちも攻撃すればアンデッドも応戦して来るそうですが」


「不可解だな……」


「ああ。アンデッドは基本的に見境みさかいなく生者を襲うものだ。一部には生ける者全般に対する憎しみには飲まれていないアンデッドもいるようだが」


「元凶がアンデッドたちを操っているとして、襲われる側に何か条件があるのかしらね?」



 それは確かに奇妙なことだ。まれに高度な知能を持っていたり特定の者だけを恨んでいたりして、生者全般に対する憎しみには飲まれていないアンデッドも存在する。だが大量のアンデッドが一様いちようにそのような行動をするのは奇妙と言うしかない。何かに操られているのならばそれもありうるのだが、これだけの規模でそれを行うのは尋常じんじょうなことではない。



「エルマー殿。我々はどう動けばいい? おそらくこの事態には核となる存在がいると思う。我々はその存在を探し、打倒するために動くべきと考えるが」


「エルマーさんたちは街の人たちを守るために動く必要があるからな。そういった行動は冒険者の俺たち向きだ」


「私たちだけで元凶を捜索して対処するのは難しいでしょうから、騎士団でも調査隊を編制してもらって、あなたたちと私たちでマジックアイテムで情報共有できるようにするべきと思うわ」


「この街の冒険者たちの協力も得られたら心強いけど、僕たちはこの街に来たばかりでどんな人たちがいるのか知らないし、この事態に彼らも混乱しているかもしれない」


「そうだね。この街にも有名な冒険者グループがいると噂は聞いてるけど、会ったことはないしね」


「彼らも独自に動いておるかもしれぬがな」


「そうですな……では、そのようにお願いしたい。オーブリー。お前たちはバート殿たちに同行し、ホリー様をお守りせよ」


「はっ!」



 エルマーもバートたちの言葉に理があると認めた。騎士団はまず街の住人を守るために動かなければならない。普通の冒険者ならばこれほどの事態に独自に行動するのは危険だが、バートたちなら大丈夫だと信頼できる。だが万が一のこともあると、先の戦いでホリーの護衛につけたオーブリーたちを再度その任に命じたが、それはバートたちも異論はない。ホリーはなんとしても守らなければならないのだから。



「私も神官としてアンデッドになってしまった人たちを眠らせてあげたいです。ですが私はまだ自分自身の身を守ることはできません。どうかバートさんも皆さんも、私を守ってください」


「わかっている。君は我々で守る」


「ホリーも頼りにしているよ!」


「うむ。嬢ちゃんの浄化の力は切り札にもなりうるはずじゃ」


「そうだね。僕たちはホリーにアンデッドが近づかないように動こう」



 ホリーとしても、直接に戦う経験はなく守ってもらえるなら安心できるのが本音だ。今回はホリーも神官としてアンデッドになってしまった者たちを眠りにつかせてやらなければならないのだから。彼女もアンデッド相手ならば戦うことにも抵抗はない。アンデッドは眠りにつかせてやるのが彼らのためなのだから。



「聖女をお守りするのは騎士のほまれです! 命に替えてもホリー様をお守りします!」


「命に替えられても困るのですが……皆さんにも無事でいてほしいですし……」


「ホリーはあなたたちが死んでも悲しむのよ。それに今は殺された人もアンデッドになるって言ってたでしょう?」


「あんたたちが死んだら、あんたたちもアンデッドになっちまうかもしれない。あんたたちも死なないようにしてくれ。もちろん俺たちもな」


「はっ! 軽率なことを言い、申し訳ございません!」



 エルマーやオーブリーたちはホリーの優しさに感動し、ますますこの少女を守らなければならないと決意を新たにする。ホリーは聖女と敬われることに戸惑とまどっているのであるが。

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